もしも村上春樹がラスピリにハマっていたら

「私レイドは嫌い。だって1週間も20人と息を合わせてゲームをするなんて窮屈だわ」

パッソア・オレンジを2口ほど飲み彼女は呟いた。

「だいたい根本から間違ってると思うの。ゲームって本来自分のペースで
 楽しむ娯楽でしょ。そのコンテンツに他人の都合が邪魔してくるのはおかしいわ。仕事で人間関係に疲れてゲームでも同じく疲れるのだから。レイド好きはマゾよ」

僕は頷き、「なるほどね」とだけ言った。
勿論納得などしていない。
ただ僕に「同調」以外の選択肢はなかった。

何故ならこの老練なBARでラストピリオドの話など
サイゼリアでSaaSカンパニーの未来を語るくらい滑稽な姿に
違いない。だから僕はこの話を無駄に掘り下げたくはなかった。

「ラスピリにはギルバトもPvPもあるのだから、
 無理にレイドをしなくても良いんじゃないかな」
「ところで」

話を変えようと、無理やり付けた接続詞を
彼女は遮った。

「じゃあ教えてくれないかしら。レイド以外に繁栄してる
 コンテンツがラスピリにあると言うのなら。
 ギルバトはナッセンスよ。30分から15分に短縮されて以降
 テコ入れなんて皆無なのだから。」

酒の肴のナッツを頬張り彼女は言った。
彼女の目つきはtwitterのアニメアイコンからは想像できないくらい
鋭かった。これならアイコンは栗山千明にした方が良さそうだ。
(別に僕が栗山千明好きというわけではない)

そんな提案を心の奥底に留め、
僕は「そうだね。」とだけ呟いた。

僕は女性特有のこの会話構成が苦手だ。
いや大嫌いと言った方が正しいのかもしれない。
相手の主張を遮るのみならず、次に発する言葉を
見通して先の話まで否定をする。

まるで会話をする気力全部をズタズタにされた感覚に襲われる。

僕は別の話題にすり替えるのは無理と悟った。
どう返すのが当たり障りがないかだけ考えていた。

「時間に縛られるレイドをするのは三流ギルドに
 所属しているからなのでは。」

思ってもいない方角からの声に僕は驚きを隠せなかった。

声がした方向を勢いよく見るとそこには白髭を生やした老人
(いやおじ様と言った方が上品さが伝わるかもしれない)
綺麗にフォーマルベストを着こなした店主がそこにいた。

「こちらはサービスのチョコレートでございます」

まるで先ほどの言葉の機嫌とりと言わんばかりに、
高級チョコレートが4つ置かれた皿を彼女の前にサーブした。

「どういうことかしら。」

彼女はそのチョコレートに目もくれず、
同じく鋭い目つきで店主を睨みつけた。

聴いたことがあるようで無い店内のジャズが
大きく聞こえるほどの沈黙が4秒ほど続く。

「上位に行けば行くほど、時間に縛られず
 レイドができるということです。」

店主は生き物を触るように柔らかくメガネを拭いた。

「上位ギルドになればなるほど、
 メンバーの空いている時間をヒアリングして、
 それに従ってシフトを組みレイドを行なっていくものです。
 つまりその時間以外はレイドのことなど気にしなくていいのです。
 あとは最後にフィニッシュするタイミングだけ連携するだけでいいので、
 貴方のいう『窮屈な時間』は抑えられると思います。」

か細く、ただ真っ直ぐと発せられたその言葉に
思わず彼女の顔が強張る。

「チョコレートで世界をもっと笑顔に」
というキャッチコピーの商品をどこかで見たが、
その言葉を作った人は今この状況を見ても同じキャッチコピーを
掲げられるのだろうか。

「それでもなお、レイドは窮屈と感じるならば、
 貴方はソーシャルゲーム自体向いていないのかもしれません。」

僕が思っても絶対言えないことを店主は痛快の如く
彼女に刺しだした。

「知ってるわよ、そんなこと。」

若干声を荒げて、彼女は言う。
店主が来る前には8割くらい残っていたであろうパッソア・オレンジは空になっていた。

「追加のお飲み物は?」

それに気づいた店主はニコリとした顔で彼女に語りかけた。

「結構です。この気持ちをお酒に溶かすにはいくらあっても足らないわ。」

そう言って彼女は千円札を何枚かカウンターに残し店内を出た。

✴︎✴︎✴︎

彼女のグラスを片付けながら、店主は言う。

「最近、ああいう子が多いと感じます。
 本来人との繋がりに楽しみを見出してソーシャルゲームを始めていたのに
 いつしかその繋がりを唾棄(だき)する者が。」

「はは・・」と愛想笑いをした僕に、店主は申し訳なさそうに続けた。

「私が言うのも恐縮ですが・・彼女追わなくても良いのですか?ゲーム仲間なのでしょう。」

僕は飲み干したグラスに残った溶けかけの氷を見つめながら答えた。

「大丈夫ですよ。正直僕も彼女の愚痴にはうんざりしていたところでしたので。恐らくもう会うこともありませんし彼女もいつか『この件』も『僕自身』も忘れることでしょう。無理して好きなゲームの愚痴を聞くのは違う。僕も貴方の言葉に救われました。」

そういうと、店主はニコリと笑い、
彼女の前にサーブしたチョコレートを僕の方に寄せてくれた。

「仰る通りですが一つ忠告しますと忘れるのを待ってはいけません。
 柵は忘れるものではなく断ち切るものですから」

店主はどこかで聞いたような言葉を残し、カウンターの奥の方に消えていった。

夜も深い街の中へ溶けていった彼女を思いながら僕はチョコレートを静かに頬張った。

周回していたはずのスマホの画面は、彼女のSNSのプロフィール画面へ移動されていた。

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