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OKOLIFEのサービスサファリ

はじめまして!京都の大学院でデザインリサーチを学んでいる林と申します。このたび、編集者の瀬下翔太さん経由で、広く現代のお香文化を探求するデザインリサーチのご依頼をいただきました。これから連載エッセイの形式でリサーチプロセスを発信していきます。今回はその連載第1回となります、どうぞよろしくお願いします。

連載:デザインリサーチャー、お香を焚く
デザインリサーチャー・林佑樹さんが、毎月10本のオリジナルお香が届くサービス「OKOLIFE」をはじめとする香雅堂のサービスに触れながら、現代のライフスタイルにあったお香のありかたを探索する連載です。エッセイ形式で調査の経過をお届けしていきます。
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第1回:OKOLIFEのサービスサファリ

お香を焚くってなんだろう

はじめに簡単な予備調査として、香雅堂のスタッフのみなさんへのヒアリングをおこないました。お話を聞くなかで、香雅堂が現代のお香やその文化について抱いている課題意識や、どのような未来を見据えているかが少しずつ見えてきました。

なかでも印象的だったのは、お香はどのようなシーンで活用されているか、また、新規のお客様とつながるためにはどうすればよいかという問いです。たとえば、消費者はお線香に対して仏壇に供えるもの、”死”のイメージを持つものだと捉えているかもしれません。それがお香を焚いたことがない人にとって障壁になっているかもしれません。

こうした問いに応えるためには、現代のお香文化がどのような文脈のなかにあるか理解する必要があるでしょう。

香雅堂の商品のなかには、まさにお仏壇に供えるためのお線香もありますが、OKOLIFEをはじめとして、カジュアルな生活シーンに落とし込まれたお香がいくつもあります。こうした商品は、使うことでなにか具体的な機能が発揮されたり、生活が改善されたりするようなサービスではありません。

しかし、癒やしが与えられたり、いま・ここ以外の場所へ思いを馳せたり、自分自身の気分や空間の質を変えたりする機能があるのではないでしょうか。それは言ってみれば、ユーザー個人の文脈に依存する体験ではないでしょうか。

OKOLIFEのギフトセットを焚いてみる

そこで最初の調査として、実際に香雅堂のお香を自宅で使用し、そのときの心情や使用感などをありのまま記録するサービスサファリと呼ばれる手法を採用してみることにしました。

さっそく、香雅堂からサンプルをモリモリ送っていただきました。

どうしようもない机ですが、ご了承ください

いただいたサンプルのうち、今回はOKOLIFEのギフトセットが自分に届いたつもりでサービスを体験し、記録していきます。

今回いただいたのは11月のお香「初時雨」です

知らなかったので少し調べてみたのですが、初時雨というのは俳句の季語らしく「時雨が降ったら冬の支度の合図」という意味だそう。自分は日々、天気は雨(雪)が降るか否かしか気にしていないのですが、そんなことを少し知っているだけで「今年も早いものでもう12月か」(執筆時点)なんて思えるわけですね。

水色のパッケージがかわいいですね。言葉もそうですが、お香にグラフィカルなイメージが付与されているところは、結構好きなポイントです。自分はコンテクストを補ってコンテンツを楽しむタイプな気がします。内容物は次のとおりでした。

・季節のお香10本
・リーフレット兼台紙
・お香立て
・ライター

先ほどのパッケージをスライドさせて、中を見てみます。まずお香が一本一本分かれて入っているのが特徴的です。スリーブを外すと、なかにはお香が実際に入ってるケースが出てきます。プラスチックの筒状の容器には、和紙のようなテクスチャが張り付けられています。ユーザビリティとしては、取り出すときに若干迷いがあったものの「スローな消費」というコンセプトには合っていそう。

ここではたと気がつきます。本当に10本しか入ってないんだ、と。

ちなみに、私がふだん使っているお香は東急ハンズや無印良品で買えるもので、おそらく30~50本くらいは入っていたはず。また以前Twitterで見かけてAmazonで購入した、香りに定評のある実用的なお香は、重さから推定するに540本ほど入っていました。

焚く頻度としては、よく焚いていたときでも週に2本くらいでしょうか。そのため、いま部屋にお香が無限にある……。そんなにあってどうするのでしょうか……。

調査者として構えているからかもしれませんが、早くも自分にとって当たり前の消費行動が揺らぎます。季語からパッケージから、OKOLIFEを通じて立ち止まりが発生してきました。お香って、そういうものかもしれませんね。まだ焚いていないのに。

同時についてくるリーフレットには、お香の炊き方や今回使用されている香木の紹介、産地、季語について書かれています。おっと、先ほど自分で調べた話は、リーフレットにもありました……! やっぱり、季語ってグッときますね。

そして、このリーフレットを台の下に敷くと、ウェブサイトに載ってある写真のようになりました。素敵な台の完成です。準備ができたので、付属のライターで火をつけていきます。やっと焚ける。

お香に火をつける
お香を立てる

よいしょ……、と。なんか、すごく……渋い! おそらく、火をつけたときの自分とお香の距離が近すぎて、少し刺激が強かったのかもしれません。それにしても、自分が普段使っているお香と比べて、うまく言い表せない違和感があります……。

もしかして、いままで自分が選んでいたお香って、現代にチューニングされすぎているのかも?

そもそも、自分の鼻炎気味の鼻にも疑いがでてきます。そういえば、自分は鼻腔が敏感なほうでもあったような。そのうえ、たばこも吸います。『美味しんぼ』のなかで、若い板前が1本たばこを吸っていただけで、海原雄山に激高され、美食倶楽部を追われるシーンが思い出されます。私なんかがお香のリサーチをやっていて大丈夫なのでしょうか。

……なんてことを考えるのも、このお香がなにか自分に問うてくるものがあるからです。本来の体験は達成できているのだろうか、そんな不安に駆られます。

いまの私に起こっていることを整理してみます。ある程度高い価格帯で、厚みのあるコンテクストが用意された、言わば高度なサービスを体験している。そして、そんなサービスと自分は釣り合っているのか……? そんな葛藤が生まれているわけです。目の前のお香が、私に挑戦してきているような。

「闘争」としてのサービス

この葛藤って『「闘争」としてのサービス』みたいじゃないか。

──山内裕『「闘争」としてのサービス』のなかでは、サービスの本質的価値を高めるためには、「闘争」のような緊張感を伴うやり取りによって、顧客を価値共創に巻き込むことが重要だと説明しています。
その例として、鮨屋やフレンチなどの高級なサービスにおいて、一見すると顧客が否定されるようなシチュエーションがあげられています。こうしたサービスでは、顧客にも知識や経験が求められ、それらが一体となって価値が高まるのです。
反対に、ファストフードのように顧客が匿名化されていて、主客が明確なサービスでは価値が低くなることがあるとして、「顧客満足」の違和感を解き明かそうとします。

この『「闘争」としてのサービス』のなかで私が興味を惹かれた点は、「注文は少なからず自己表現」だというところです。

たとえば、モスバーガーのようなファーストフードであっても多少の緊張が生じるシーンがあって、それは注文をおこなうときだというのです。スターバックスは現代的なチェーン店でありながら、初見だとサイズ表記に困惑したり、反対によく知っている人ならカップにメッセージを書いてもらえたりと、「注文」という行為をうまく利用しています。

では、家で焚くお香の場合、どのように顧客の自己表現を促しうるのでしょうか。そんな問いが生まれてきます。

いま・ここを超える時間

──お香との、あるいは自らとの「闘争」をしていると、今回はギフトプランであるにもかかわらず、サンプルとしていただいたため、いわゆる贈ってくれた人がいないことに気がつきます。誰が贈ってくれたのかによっても、お香を焚いている間になにを感じるか、考えるかは変わっていきそうです。

より実際に近いほうがいいと考えると、次はオンラインで友達と話しながら同じお香を使ってみたり、親しい人と映画を見るなどして過ごし、その後にお香を使いつつインタビューしたり、いつものライフスタイルに近い方法で調査をしてみてもおもしろいかもしれません。

お香を焚いていると、だんだんと個人的な内省にも思考が及びます。この調査をしっかりかたちにするところまでやりきりたいな、いまなら修士研究が少し止まってもいいからポートフォリオに載せられるくらい頑張れたらいいな……。気づけばそんなふうに、いま・ここ以外の場所のことを考えていました。

一度部屋を離れると

気づいたことをメモしたり、録音装置に向けて喋ったりしていると、だいたい半分くらい燃えてきました。ここで一度、鼻をかみます。そして用事で部屋を少し出て、5分もしないうちに部屋に戻ります。

すると、先ほどとは世界が変わったように、鮮烈かつ優しい香りに迎えられて驚きました。やっぱり私の鼻がおかしいのか。いや、どちらかというと、香りとの距離感が適切になったというほうが正しいような。焚き始めはピーキーすぎて、私には無理なのでしょうか。さまざまな問いや謎を残したまま、最初の1本が焚き終わりました。これが私のOKOLIFE初体験です。

はじめてのサービスサファリのインサイトとキーフレーズ
・スローな消費を体現する10本入りのパッケージ
・香りの視覚的イメージ
・情報を開示しコンテクストに引き込む役割を持つリーフレット
・商品自体が持つ「闘争性」
・闘争性はお香を焚く時間が内省や立ち止まりを促すこととも関係しそう
・家で焚くお香が促す自己表現はどのようにサービスに寄与するか
・ギフトセットを送ってくれた人の存在はどのようにサービスに寄与するか

執筆を通じて深まる理解

この文章を書くなかで、ますます強く実感したのは、家でお香を焚くことの闘争度合いが高いということです。先の書籍では、実店舗における体験が多く取り上げられていたように思いますが、自宅に届くモノやサービスであっても、緊張感のあるやり取りが生まれるところは興味深いです。

私がお香を使うようになったきっかけは、部屋を安く、手軽に良い感じにできるというカジュアルな理由でしたが、そこで取りこぼしていたかもしれない厚みのあるものの手触りを少しは感じられたように思います。

じつは、この記事を書いたことで調査のインサイトや次への流れが勝手にまとまっていったことも非常に興味深い体験でした。というわけで、次回も書いていきたいと思います。引き続きよろしくお願いします!

林 佑樹(はやし・ゆうき)
徳島県徳島市出身。京都工芸繊維大学大学院デザイン学専攻博士前期課程岡田栄造・水野大二郎研究室在籍。Food Shaping the Futureをはじめ、さまざまなデザインリサーチのプロジェクトに参加している。

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