*試し読み:誘惑★オフィスLOVER2―プロローグ10―

* * *

和佳ちゃんと北澤さんがピックアップしてくれたドレスを順番に試着することになったのだけど・・・。

鏡の前には、ドレスアップしているものの伏し目がちで所在なく立っている、私の姿が。

相沢美月「せっかく用意してくれたのに、ごめん。やっぱり、慣れないことするものじゃないね」

佐伯和佳子「そんなこと・・・」

北澤臣「自分には似合うはずない」

相沢美月「えっ?」

北澤臣「そう思っていないか?」

穏やかだけど鋭い声が届く。

振り返ると、少し後ろにいた北澤さんが近づいて来る。

北澤臣「着慣れていないのが問題じゃない」

相沢美月「・・・自信、ないです」

北澤臣「でも今着ているドレス、君は一目見た時から気に入っていたんじゃないのか? 他のドレスを試着してる時も、視線が注がれていた」

相沢美月「っ!」

北澤臣「鏡の前に立っている君は、ひどく寂しそうだ。それはきっと、好きだと思った洋服を着こなせていないと思ってるから」

相沢美月(すごい、なんでそんなことまで・・・)

北澤臣「さあ、魔法の仕上げだ」

北澤さんは、私の髪を結んでいたゴムをスッと抜いて、優しく、でもバランスを考えるようにほぐしてくれる。

ごく近くに北澤さんの整った顔が寄せられて、恥ずかしさに顔が熱くなっていると、伸びてきた手に、ゆっくりとメガネを外される

相沢美月「あの・・・!」

佐伯和佳子「美月、コンタクト持って来た?」

相沢美月「うん、バッグの中に・・・」

北澤臣「もう一度、鏡の中の自分を見るんだ。ファッションは、ただ着飾れば完成する訳じゃない。その時の内面を、恥ずかしいくらい映し出してしまう。君自身で確認すればいい、本心は何を思っているのか。そして、どうなりたいのか」

ぼやける視界の中で、北澤さんの言葉たちが心に届いて、なんとも言えない優しさで染み込む。

ケースを差し出てくれる和佳ちゃんに、お礼を言って、滅多につけることのないコンタクトをつけて、何度か瞬き、深呼吸をして、身体をゆっくり鏡に向き直らせる。

北澤臣「どう思う?」

相沢美月「・・・やっぱり、着慣れません。でも、なんだか胸がフワフワしてます。このドレスに似合う表情を、したいって思います」

北澤臣「そう、それで十分。ほら・・・今の君になら、このドレスはぴったりだ」

ぎこちない笑みを浮かべると、北澤さんも笑顔で頷く。

和佳ちゃんは笑顔を弾けさせて、私の足元に、シンプルだけど上品な靴を置いてくれる。

鏡の前に立つのは、数分前と変わらない自分。だけど変身に躊躇する、つまらない意地は消えていた。

相沢美月(似合わないのなら、このドレスに似合う自分になればいい。今日が、最初の一歩を踏み出す時だとしたら・・・)

高鳴る鼓動は、未来への期待に満ちていた。