右も左もわからなくて
昨晩は久々に、真面目にお酒を飲んだ。
真面目にお酒を飲む、とは、気を許す仲間とこじんまり、じっくりと飲む、というのが僕の中の定義だ。いつも宅飲み一人500円で飲む貧乏学生も、たまにはちょっとだけ背伸びをしてみたいので、今回はちゃんとお店に行った。近くの焼き鳥屋。美味しい食べ物に、大切な友人との会話。そりゃお酒もすすむわけで、そりゃ苦手な日本酒も美味しく感じるわけで。
仲のいい友と話が弾めば、必ずと言っていいほど話が恋愛のテーマにたどり着く。今好きな人がだれで、どんな人で、どうして好きなのか。みんなして100%の情報開示はしないけど、ちょっと匂わせるくらいの話をして、聞き手は相手の恋愛話を聞いているだけで胸がキュンキュンする。それがまた、いいお酒のつまみになる。
会いたいなー。
ついそのような言葉も出てしまう。おそるべしアルコールの力。でもそのアルコールのおかげで人間の素直さが戻るのなら、僕は彼がそんなに嫌いではない。素直な人間の方が、かわいい。でも普段は素直になれない人ばかりで、まあ僕もそうなのだけれども。
これだからお酒は憎めない。
***
恋愛の話は、過去にもそのベクトルが向く。昔の恋愛の話も、必ずと言っていいほどお酒の場には出てくる。飲みの場のたびに反省会が始まる。誰かを傷つけてしまった恋愛だったなら、なおさらそうなる。
あのときどうしてそんなことを。
そう言ったって仕方がないのに、そう言うしかないからこれまた仕方がない。時計の針は戻らない。でも、別に針を戻せたとしても、わざわざ戻そうとも思わない。一生僕は心に、その相手を傷つけてしまった後悔を抱えて、生きていく。
若かった。
いやたしかに今でも十分に若いのだが、あのときはあまりにも若すぎた。その出来事から1年しか経っていないけれど、そのときは本当に若すぎた。経験もなくて、全て手探りで。誰かを傷つけてしまうという経験は通過儀礼なのかもしれないが、だとしてもそんなプロセスをわざわざ歩みたい人なんていない。
右も左もわからぬ僕は、心を許すということを履き違えていた。
心を許したら、なんでも思ったことを言えばいいと思っていた。そうして腹を割って何かを言うことが、愛する者へのベストな態度だと思っていた。ただそうすればいいと思って何でもかんでも思ったことをまっすぐに彼女に伝えた。
そう、僕の言葉が武器になりうることも自分で気がつかずに。
使い方もちゃんと知らないから、とりあえず振り回した。そしたら、相手は傷つき、横たわった。
親しき仲にも礼儀あり。
そんなシンプルなことにも関わらず、僕はそれができなかった。どうしてだろうか。とりあえず、素直になるということを履き違えていた。
会う人の数だけ、僕には顔がある。そう、八方美人みたいなものだ。だから、僕の本音なんて普段は誰にも言わない。気を許した人だけに、本音を言う。彼女はその内の一人で、貴重な本音を言える相手であった。だから、存分に本音を語ったし、伝えた。でも、そこには礼儀がなくって、ただ言葉を振りかざして、だから相手が傷ついた。いくら謝ったとしても、彼女の傷跡は消えることがないだろう。いくら謝ったとしても、僕の後悔は晴れないだろう。
そう。そうやって抱えて、生きていく。
***
そんなひどいことをしたのが1年ほど前。
そしてサヨナラをしたのが、半年ほど前。
時は進んで、お互いに次のステージに行こうと言う時期で、そんな僕には今、好きな人がいる。相手にもきっと、好きな人がいる。
それはそれで、別にいいんだけどさ。
僕はまた好きな人を傷つけてしまわないか、心配である。
2020.2.11
おけいこさん
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