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【小説】テレワークに恋して

 在宅勤務サイコウ!!テレワーク最高ー!

 政府の緊急事態宣言により、在宅勤務を言い渡されたのは二週間前。あれから時間が経ち、少しずつペースにも慣れてきた。休みの日さえも外にお出かけできないことが辛いけど、私は在宅勤務が好きだ。

 だって、まず出勤しなくていいでしょう?女の朝は忙しい。早起きして、顔洗ってメイクして髪も巻いて、とにかく準備に時間がかかる。それをしなくていいだけで気分が晴れる。その分遅く起きれるし、出勤時間がないからもっとゆっくりできる。あー、もう最高。

 もちろん、勤務時間がきたらパソコンを開いて、やるべきことはやっている。でもヒールだって履かなくていいし、ストッキングだって必要なし!窮屈なジャケットも要らなければ、服のシワを気にすることもない。ひどい時はパジャマで1日過ごしちゃうけど、誰も文句は言わない。仕事はしっかりやっているもの。

 なにより在宅勤務で一番の楽しみは週に二回、憧れの棚橋先輩を独り占めできることだ。
 先輩は私の三つ年上、今年三十歳になるチームのリーダーで社内のエース。身長も高ければ顔もイケメン。学生時代はサッカー部だったというのは同期のマナミから仕入れた情報だけど、スーツの上からでも分かる引き締まった筋肉を見ていればそれもうなずける。お尻が良いのよ、キュッとしてて!あぁ、思い出しただけでドキドキしてきた。スーツのセンスもバッチリ。周りが普通のスーツばかりの中、先輩だけは、少しラインが入っていたりネクタイが可愛かったり。ランチにカレーうどんを食べに行ってもシミ一つ残さない先輩。ニンニクたっぷりで有名のラーメンを食べに行っても先輩だけは臭くない。棚橋先輩はとにかく良い匂いがする。ああ、あの匂いを嗅ぎたい。

 残念ながら匂いはかげないけれど、先輩とはこの在宅勤務の間にテレビ会議をすることになっている。しかも二人きり。オフィスの中では考えられないけれど、これはチャンス。リーダーである先輩へ業務の進捗報告と相談という建前だけど、私にとってはもはやカフェでデートだ。

 今日はその4回目。最初はカメラを接続するのに手間取っちゃったり、かわいく見える角度が分からなくてイマイチだったけど、もう大丈夫。

 女優ライトは週末のうちにネットで買っておいたから照明はOK。気合を入れすぎず、なおかつ緩すぎない部屋着感のあるカジュアルウェアも用意した。ポイントは、オフィスでは着られないくらいちょっと胸元が開いているところ。直接は見えないけれど、チラ見えするくらいが良いのは分かってる。読み終えた雑誌を積んで、パソコンも少し高めにセットすれば完璧。お互い机に向き合っているのに、身長差が再現されて、守ってあげたい感も出ちゃうはずー!

 準備はオッケー。飲み物も可愛いコップに入れて用意した。普段は飲まないけれど、ハーブティーなんて入れてまさにカフェ気分。私は先に指定されたサイトにアクセスして先輩を待った。この時のポイントは、ちょっと斜め上を眺めながら口をすぼめる感じ。

 斜め良し、口をすぼめようとしたところで先輩がやってきた。

 「お疲れさまです!」

 元気よし。順調なスタート。それにしても先輩!なんなんですか、そのもこもこしたパーカーは! あぁ、かわいすぎる。普段スーツでビシッと決めているのに、家の中ではそんなに可愛い系になってしまうなんて。カッコイイとカワイイのハイブリット。まさかのイケメン二刀流。これは私の中のエンゼルスが黙っちゃいませんよ。ん?先輩はサッカーだから、レアルとか?まぁ良いよ、そんなこと。とにかく素敵すぎる!

 「おぉ、元気そうで良かった。室内ばかりで気を病んでないか?」
 「はい!大丈夫です。先輩とお話できたらいくらでも頑張れますから!」

 気を遣ってくれた先輩。なんて優しいのだろう。いつもはピッシリ髪型を決めているけれど、在宅勤務中はワックスも付けていないのだろう。リラックスしていて、カフェを想定していたけれどなんだか先輩の家で二人きりな気分。やだ、先輩まだお昼ですよ!!

 幸せに包まれながら、業務報告をする。資料の共有もできるし、本当に二人きりで同じテーブルを挟んで話しているみたい。パソコンの下に雑誌を積んだおかげで先輩は私よりも背が高く見えるし、時折こちらに向ける視線に心を奪われてしまう。なんでだろう、いつもより先輩が私のことを見つめている気がするのは気のせい?もしかして、先輩もこのミーティング楽しみなのかな。それだったら嬉しいけど!

 「うん、いいんじゃないか。ちゃんと仕事してるみたいだな」
 「もちろんですよー。ランチに行けないのが残念だけど、それ以外は変わりません」

 ランチの話題を出して、今度出勤になった時に一緒に行くことを想像させる作戦。さぁ先輩、行きましょう!コンビニ奥にある、あのスープカレー屋さんへ!

 「そうだな。次出勤できた時に飯でも行くか。スープカレーとか」

 キター!!シンパシー。これは運命、ベートーベン。間違いない。私のこれからの人生は歓喜の歌に満ち満ちているよ。

 「行きましょう!絶対に行きましょうね!スープカレー!」
 「分かった分かった。そろそろ時間だけど、何か他にあるか?」

 先輩、わたし、先輩のことが。と言ってしまいたいところだけど、ダメダメ。告白は直接目を見てするって決めてるんだ。それにまだ自粛期間は予定だと二週間近くある。まだ伸びるかもしれないし。付き合ったのに会えないなんてしんどいもの。大丈夫、このミーティングを重ねながら気持ちを寝かせておけば、会えるようになった時にはお互いの愛も熟成されているはず。そう、カレーのように!!

 「いえ、大丈夫です!」
 「そうか、じゃあ、俺からいいか?」

 うそー!まさかの先輩から!?そんな、もう、その時は仕方ないけど、ちょと待って気持ちが整理できない。あー、なんて言われるのかな。すごいストレートに来るかな、それともちょっと曲げてくるかな。もうやだー、受け止め切れるかな。やっぱり、今日はすごいわたしのこと見てる!あぁ、もう恥ずかしい!先輩早く言って!!

 「お前さ」
 「はい」

 パソコンの上についているカメラを先輩だと思ってしっかり見つめる。ちゃんと、受け止めないと。先輩の気持ち!

 「眉毛くらい書いてこいよ?在宅とはいえ。」

 あ、メイク忘れてた。

【fin.】


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気が滅入る在宅勤務や外出自粛の中にも、楽しいこと面白いことは見つけられるはず。大変だけど、少しずつ頑張って乗り切れればと思います。

大久保忠尚

いただいたサポートは取材や今後の作品のために使いたいと思います。あと、フラペチーノが飲みたいです。