Clubhouseに憧れて
いぇーい!招待してもらえたよー!
followしてね♡
見慣れない画面とともに女の子がツイートしている。なんだこれ。
その名はclubhouse。
なんだよ、クラブハウスって。
付けられたハッシュタグを辿っていくと、新しいサービスらしい。
繋がり合いながら、音声でやりとりができるそうだ。よく仕組みは分からないものの、どうやらすぐに登録はできず、招待されないと参加ができないようだ。
招待制のSNS。懐かしい、大学時代に流行っていたオレンジ色の画面を思い出す。あれが初めてのSNSだったかもしれない。当時はわけもわからず日記を書き、足跡をチェックし、コミュニティに参加していた。
あの頃からもう10年近く経つ。あぁ、大人になった。
しかし、あのSNSも誰に招待されたんだっけ?それすらも思い出せない。
きっとこのclubhouseもそんなものだろう。
いずれ誰かに招待される。
周りでやっている人もそんなに見かけない。いわゆるアーリーアダプターと言われる層がはしゃいでいるだけだ。
そう思っていた。
※
次の日。
ツイートを何気なく見ていると、またもclubhouseの文字を見かけた。昨日は1人しか発信していなかったのに、今日はそれなりに登録し始めているらしい。
登録だけじゃない。すでに感想の投稿や解説までし始める投稿も出てきている。
それを見てなんとなく実態がつかめてきた。なるほど。
どうやらフォローしていると、その人の話が聞ける仕組みらしい。フォローし合っていればお互いに会話ができる、とか。どうなんだろう、正直分からないけど。
すでに港区女子とか女子大生に群がる集団がいるとかいないとか。どこにでも特定のステータスを先取りし、誇りたがる人たちはいるみたいだ。招待枠は一人2つまで。フリマサイトでも売られているらしい。ひと枠7千円以上が相場のようだ。そんな価値があるなんて。
まぁ焦ることはない。大丈夫。
それにいま招待されたところで仕事中だ。何もできないじゃないか。
まだ慌てる時間じゃない。
バスケ漫画の一コマが脳裏に浮かぶ。
諦めたら試合終了だよ。
まだまだ試合は始まったばかりだ。
※
仕事が終わり、Twitterを覗くとそこはclubhouseだらけだった。
登録できたよ!
フォローしてね!
ちょー楽しい!
そんな呟きがそこら中に転がっている。どんどんと知り合い・友達が新たなSNSに引き込まれていく。
俺はどうだ。仕事を終え、これから当たり前のように家へ帰る。
おかしい。こんなはずじゃなかった。
どことなく招待してもらえないか呟いてみる。
しかし、すでに友達の招待枠は無くなっており「ごめん」の絵文字が返ってくる。
友達がまた別の友達を誘い、楽しみの渦が既に出来上がっていた。
完全に俺は乗り遅れていた。
みんなが楽しんでいる。まだ参加できていない俺は完全に蚊帳の外だ。なんだろうこの気持ちは。
まるで公園でひとり、壁に向かってボールを投げているような。友達は最新のゲームを手にすぐそばのマンションと入っていく。俺はその中には入れない。そのゲームをもっていないから。
そんな気持ちを覚えた。
clubhouse。
なんだよ、部室かよ。
学生時代も同じだったのかもしれない。
何か流行に真っ先に乗るのはテニス部やサッカー部。そこからバスケ部に広がって、バトミントン部がそれに続く。
俺たち野球部やラグビー部、剣道部の連中はそれを少し羨ましく思いつつ、「そんなものに興味はない」と言い自分を騙すように練習をしていた。
本当は一緒に楽しみたかった。
ちくしょう、先取りしているバスケ部の奴らが羨ましい。
先生、バスケがしたいです。そんな気分だ。
結局、学生時代から変わっていないんだろうか。
最寄り駅から家までの帰り道。
夕飯を買いにコンビニへ立ち寄る。
なんだか少し疲れていた。今日は少しあっさり、軽めに済ませよう。
普段であれば大盛り弁当やカップ麺のコーナーに向かうが、今日はサラダとパンのコーナーへ足が向いた。
気付けば、目の前にはサンドイッチ。
たまごサンド、ハムサンド、カツサンド。様々なサンドイッチが並ぶ。そして、棚の右端に見慣れぬ名前があった。
クラブハウスサンドだった。
残りひとつ。
これは何かの縁なのか。これは俺が求めていたクラブハウスなのか。本当にこれでいいのか。
もはや笑い話にすればいい。いずれ招待されるだろう。その時にこの話をしたらいい。そうだよ、これも巡り合わせだよ。
そう思った刹那、俺の横に女性が並んだと思えば、すぐに最後のクラブハウスサンドを手にしてレジへと向かっていった。
学生かOLか。どことなく女子大生とも港区女子とも見える風貌のその女に、俺はクラブハウスを奪われる。
結局、サンドイッチですらクラブハウスを手にできない俺は動揺を隠せず、梅干しのおにぎりを2つも買っていた。
コンビニを出て、帰り道を進む。
あぁ、月が綺麗だ。丸々と光り輝くその月はまるで目玉焼きみたいだ。きっとあんな卵がクラブハウスサンドに挟まれていたのだろう。
どこまでも恨めしい。
ピコーン
コートのポケットから甲高い着信音が漏れる。
街頭の少ない暗闇の中で画面が眩しく光っていた。
メッセージの送信者は高校の同級生。同じ部活で共に汗を流していた。久々の連絡だった。
まさか、このタイミングで。きっと、部活仲間で集まろうとしているのかも。
まさにあの頃の部室のように。
期待が膨らむ。少し手が震えていた。
ついに、俺もみんなの元へ。
俺はゆっくりとメッセージを開いた。
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みんなで一緒に楽しもう!
ちくしょう!!クソがっ!!
気付けば先ほどまで輝いていた丸い月は、大きな雲の中へと消えていた。
今日も一人、音の無い部屋で誰と話すこともない夜を過ごす。
clubhouseに憧れながら。
いただいたサポートは取材や今後の作品のために使いたいと思います。あと、フラペチーノが飲みたいです。