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あの頃の俺、大人の夏も結構楽しいぞ。

東は東京、西は博多。
主な出没範囲は東海道新幹線が走る、この2点の間。

ICカード、スマートフォン、小さな荷物といつもの煙草。
それさえあれば何処へでも。
思い付いたらフラッと出かける。
そのせいで「何処に住んでるんだ?」そう言われることもしばしば。

小さな画面から新幹線の予約を取り、そのまま駅へ。
長くても3時間ほどの旅。

ドームツアーなら開場は開演時間の2時間前。でも、現地にはもっと早く到着するようにしている。

こう言うと大体は「物販に並ぶのか?」と聞かれるが、グッズは通販で買うのでそう言う訳じゃない。
早めの待ち合わせもしていない。

ならば、どうして何の意味もなく早々に会場に?



会場最寄りの駅の、ざわざわ、ドクドクしたあの空気感。
早めに集まって、興奮した面持ちのファンのざわめき。

この暑い中早々に物販に並び、ツアーTシャツに着替えて会場前で記念撮影する姿。

分厚いツアーパンフレットに目を通し、近くのコンビニや屋台で買った物を齧りつつ開場をソワソワ待つ気配。

今から観るアーティストの曲が、どこからともなく流れてくる。
腹に響く、あの音。
今日はどの曲を演るんだろう。考えるのもまた楽しい。

それら全てを肴にボーッと煙草を吸ってみたり、直ぐ近くの店でビールを飲みつつ外を見る。人の流れは絶えることがない。

高揚した顔が目の前を次から次へ通り過ぎる、夏祭りのような光景。
ああ、ライブに来た。



この感覚に酔いたいからだ。

チケットは前以て用意する場合もある。
あるがそれよりもコミュニティの中で譲って貰うこと、譲ることが多い。
約束の時間になれば「今どこ?」と連絡を取り合い、合流して受け渡し、会話に花を咲かせる。
お互い本名を知らない、不思議な間柄。
でもヘタな身内よりも素の部分に詳しかったりもする。

開演まで30分を目安に会場入りして自分の座席へ向かう。

最寄りゲートから入りチケットに書かれた通路を探して人の流れに沿って歩いたり、ちょっと逆流したり。
フードコーナーの近くで一杯飲んでるファンも、外の喫煙所で真っ白になりながら煙草を吸うファンも居る。それを横目に席を目指す。

やっとたどり着いた座席。通路側なことは滅多にない。
「すいませーん」と既に座っている人に声を掛け、前の座席と膝との狭い間をすり抜ける。

自席番号を確認し、真っ直ぐに見るステージ。
近ければ、一瞬「お!」と口元が緩む。

でも良い席かどうかは、距離の近さより、見やすさよりも周りのファンがどれだけ楽しんでいるかだと思う。
一体感がある場所で観るライブ。これ以上の楽しさを未だに知らない。

座ってあと少し待つ。チケットの発券時に貰ったツアーグッズの販促。もしくは他の公演のチラシに目を通す。気が済んだら折り畳んで鞄へ。
そろそろ用意した飲み物をドリンクホルダーに。


あと10分少々。


スマホの電源を切り、SEを聴きつつ待つ。
音が段々変わってくる。急ぎ足で入ってくる人の流れに自分までハラハラしてくる。
急げ急げ。ゆっくりオープニングが観れなくなるぞ。

そうこうしているうちに、鳴り響く音がまた変わってくる。
そろそろ始まる予感に心臓が跳ねる。
気配に皆騒めき始め、それを後押しするように音楽はどんどん速まる。
空気がピンと張り詰める。

場内の明かりが緩やかに落ちていき、次の瞬間。

バッ!

音も、明かりも一瞬にして消え、真っ暗になって。血が沸騰しそうな感覚。

それは皆同じなのか一気に歓声が沸き、響く。
ざあっと立ち上がる。

演出の音が鳴りオープニングが始まるのに合わせて手拍子が巻き起こる。

今日はどんなライブになるだろうか。
期待を込めて足でリズムを取り手を叩く。会場が揺れ始める。



アーティストがステージから去ると会場は一気に明るくなる。
終演のアナウンスを聞きつつ、一先ず席に座り直す。
今日も良かったな、と思いつつペットボトルに手をやればもうカラカラだ。
全部飲み切ってしまった。


規制退場を待つ間にスマホの電源を入れ直し、感想を軽く言いあいながら。
「この後何食います?」「ビールがあれば何処でも!」なんて話もしつつ、退場の順番がきたら通路に出る。
汗がやっと引いてきた。

人の波に乗って歩く。
これだけの人数があの中に居て、同じライブを観たのかと毎回不思議不思議な気持ちになってくる。

駅で少々並んで、ぎゅうぎゅうな電車に乗って移動して、やっと目的の駅へ。

店に入るとまずはビールを注文し、その間にメニューを見る。
焼き鳥、煮込み、エイヒレ、枝豆、だし巻き卵。
やってきたビールと引き換えにそれらを頼んで。

よく冷えたジョッキの中に輝く琥珀色。きめ細かく盛り上がる純白の泡。
ずっしり重いそれを手に持ち「おつかれ!」の声と共にガシャンと合わせて。

すっかりカラカラの喉に向かって一気に飲み干し、絞り出したような声と共に
一息付いた時の美味さと恍惚感。

夏のライブ終わりの、この瞬間は何にも代えがたい。

お通しの小鉢を口の中に放り込み、ビールをもう一口。
ふと思い出すのは子供の頃のこと。

あの頃は夏が楽しみで、汗まみれで外を走り回って。
プールで泳いで、ばあちゃん家に遊びに行って、夏祭りに行って。
夏が終わるのが名残惜しかった。
夏休みがいつまでも続いて欲しかった。

でも、大人になってもこれだけワクワク出来る。
あの頃の俺、夏休みは短いけれど、大人も中々楽しいから心配するな。

二十数年前ならば、とてもじゃないが美味いと思えなかったビール。
大人はなんであんなに美味そうに飲むのか不思議だったけれど
あの味がぐいぐい喉に染み渡る気持ち良さを理解したら
「大人も悪くねえな」って楽しくなるぞ。


その後はライブの話で盛り上がり、気が済むまで飲んで、食べて喋ったら終電が無くなる前に店を出て、そのまま最寄り駅で解散する。

余韻を引きずりながらも、簡単に挨拶を交わして別れ、その日の宿へ。

シャワーを浴びてさっぱりしたら、ベッドに放り投げていたスマホを拾い、お礼のメッセージを送る。

さあ、今度ライブに行けるのは一体いつのことだろう。
でもまあ、いつだって良い。

また一緒に美味いビール飲もうぜ!


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