ポプラ社の戦略にまんまとのせられた ~うっかり買ってしまった「あるかしら文庫」~
本が好きだ。
だが、本を買うという行為は、私にとってリスクがあることだ。
まず、本一冊買うごとに、私の生活スペースは本一冊分狭くなる。私は紙本派で部屋は狭いので、気になった本を片っ端から買っていたらたぶん本に溺れて死ぬ。
さらに、小説とかは、読み返す本と読み返さない本がある。「おもしろかったけど、読み返さないなあ・・・。」という本がたまっていく。売れば良いのだが、売るのも面倒くさいし本を捨てるのも罪悪感がある人間なので、たぶん本におぼれて死ぬ。
だから、普段はほとんど図書館で本を借りて読む。1回読んで、
「これはぜひとも人生のバイブルに・・・!」
と思ったら、次は古本屋に行く。古本屋にもなくて、どうしても欲しいときや、「私がこの本の一番最初の持ち主になりたい!」という時だけしか、新品で買わない。
私は本の恩恵は受けるくせに、出版業界の経済を回さないタイプのどケチ女なのだ。
そんなどケチ読書家の私が、つい最近「うっかり未読の小説を新品で買う」という事態が発生してしまった。その経緯をここにしたためようと思う。
「あるかしら文庫」に足止めをくらう
この自粛モードの世の中、まちの図書館も自粛モードになっている。図書館が閉館する前に10冊くらい本を借り溜めていた私だったが、ついに読んでいない本も底を尽きた。
「小説読みたいけど、ブックオフもやってないしアマゾンで頼むのもなんか申し訳ないし・・・」
そんな悶々とした思いを抱えながら、推しが表紙を飾った音楽雑誌を買いに、近所の本屋に行った(推しが表紙の時は新品で買うと決めている)。
本当はこのご時世、音楽雑誌だけさっさと買って本屋をでるつもりだったのだが、ついくせで小説のコーナーも見てしまう。いつもはこんな本が今話題なんだな、で終わるのに、その時は、あるコーナーで思わず立ち止まってしまった。
「あるかしら文庫フェア」が開催されていたのだ。(ここのお店ではないが、イメージ)
「『あるかしら書店』のおじさんがフェアやってる!?」
そのまま5秒くらい、「おさがしの本、ゴザイマス」を言う「おじさん」の顔を見つめた。
”こどもの本”にはまった私(22)
『あるかしら書店』というのは、ポプラ社が出している絵本作家ヨシタケシンスケさんによる、2017年に発売された著書である。
「あるかしら書店」は、「本にまつわる本」を取り扱う専門店で、お店のおじさんに「○○についての本って、あるかしら?」と聞くと、おすすめの本を紹介してくれる、という設定。
私は、とにかくこの『あるかしら書店』という本が大好きだ。ヨシタケシンスケさんのかわいくて憎めないイラストも大好きだし、「あるかしら書店」で取り扱っている本も大好き。
例えば、「『本にまつわる名所』の本ってあるかしら?」(p.51)と聞かれておじさんが紹介したほんの一つ、「水中図書館」というお話。
大金持ちの本好きが、古今東西の本を集めて背の高いお城のような図書館を作った。最後にすべての階段とはしごを外してしまった。すると、彼の死後、図書館のある土地に水がたまり、船をこがないと図書館に行けなくなった。水に沈んだ棚の本は読めない、船より上の本も手が届かないから読めない。水位が上がらないと、一番上の本には届かない。「彼」は一番上に何の本を置いたのだろう、と地元の人は時々話をするそうだ。(『あるかしら書店』より)
見開き3ページで展開される「水中図書館」のお話。水没しちゃう図書館、というのが新鮮だ。水位の影響で、その時しか手に取れない本がある、というのが、いつでも色々な本を手に取れるはずの図書館とは真逆をいく。
なのに、かえってそのほうが「運命の本」と出会えそうな感じがする。
想像の斜め上をいく、「本にまつわる本」を集めた「あるかしら書店」が、私は大好きなのだ。
『あるかしら書店』の帯には、「”こどもの本”総選挙第2位!」とあり、たくさんの小学生からのコメントが寄せられているが、大人だってはまった人はきっと多いに違いない。
「新卒社会人1年目に合う本って、あるかしら?」
時を戻そう。
「あるかしら文庫」フェアは、どうやらポプラ社が出している、「ポプラ文庫」の何冊かに、「あるかしら書店」のイラストカバーがついたフェアらしい。ヨシタケシンスケさんのイラストの時点で、私のハートの命中率は50%だ。
だが、それだけではない。
あの、想像の斜め上をいく「あるかしら書店」のおじさんが、おすすめしてくれていると思うと、
「なんか面白い本のような気がする・・・!」命中率が80%に。
ここまで来ると、何の本があるのかな、と見てしまう。
「しっかりしたテーマで深く心に残る本って、あるかしら?」(『あん』ドリアン助川)
「読みやすくて、こどもの頃に感じていたことを思い出す本、なんてあるかしら?」(『おとな小学生』益田ミリ)
本のカバーそれぞれに、「○○な本って、あるかしら?」と誘い文句が並んでいる。どれも魅力的な「あるかしら」だ。
その中でも、一つの本が目に入った。
「新しい仕事にやりがいを見つけたいの。いい本、あるかしら?」
う”っっっ
命中率、99%。私は新社会人になって1ヶ月目。まだまだ覚えられないことはたくさんあるけれど、仕事をがんばりたいの。どんぴしゃ。
そして、著者が『羊と鋼の森』で有名な宮下奈都さん。残りの1%を押さえられて、頭の中でゴングが鳴った。
表紙カバーだけで本を決めることはほぼない私が。うっかり新品の本を買ってしまった瞬間だった。
肝心の中身、『メロディ・フェア』について
「あるかしら書店」のおじさんにまんまと乗せられて買った本は、宮下奈都さんの『メロディ・フェア』。新人美容部員の結乃が奮闘するお話。その中でも、私は最初の文章が好きだ。
無人島に何かひとつ好きなものを持っていっていいと言われたら、迷わず口紅を選ぶだろう。誰も見るひとがいなくても、聞こえてくるのが果てしなく繰り返される波の音だけだとしても、ほんとうに気に入っている口紅が一本あれば。毎朝それを引くことで、生きる気力を奮い立たせることができるような気がする。(p.8)
私は化粧品に詳しい方ではないけれど、「口紅」がちょっと特別なのはわかる気がする。
化粧品のなかでも、「口紅」はなんだか独特のオーラがある気がする。ファンデーションを選ぶときのテンションと、口紅を選ぶときのテンションは、ちょっと違う。
ファンデーションを選ぶときは、肌との相性やSPFの数値なんかを気にして、保守的な選び方をしてしまう。
でも、口紅を選ぶときは、ワクワクする。仕事を頑張るとき、人と会うとき、ちょっと冒険したいとき・・・口紅を引くだけで、鏡に映る自分が、少しだけ好きになれる。
何のために化粧をするのか、誰のために化粧をするのか、自分に似合う化粧をするのか、なりたい自分になるために化粧をするのか。
そこに正解はないけれど、結乃のカウンターに来たマダムの言葉に、私は思わずうなずいた。
合わなければ取ればいいんだものね。メイクのいいところって、そこよね。(p.269)
マダムは、最初結乃が進めた口紅の色に拒否を示すのだが、結乃はマダムの心の変化をしっかりと理解した上で、いつもと違ったイメージの色をすすめた。そしてマダムからこのような言葉が出たのだ。マダムはその色を気に入った。
私も、まだまだ研修中だが、コツコツ自分にできることを積み重ねて、自分の仕事に誇りを持てるようにがんばらなくては。もちろん、お気に入りの口紅をひいてね。
化粧についても共感するところのあった、爽やかな読後感だった。
***
そういえば、『あるかしら書店』を買ったときも、”カバー大作戦”にやられたのだ。私が本屋で買ったとき、『あるかしら書店』はクリスマスバージョンのカバーがついていて、とてもかわいかった。
ちょうどその頃、日々のレポート課題や就活に疲れて、ついそのかわいいイラストに目がとまった。
「自分へのクリスマスプレゼントってことで・・・」
新品で買った。
今でも、時々読み返す、私のバイブルの一つである。
私は、もしかしたらヨシタケシンスケさん関連の本に溺れて死んでしまうかもしれないが、
それならそれで幸せか、とも思う。
おわり
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