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「リブラ」vs「デジタル人民元」再び。- 香港の「ドル・ペッグ制度」巡って

 「損切丸」「デジタル通貨」を取り上げるのは2.22以来。すっかり形を潜めていたが、ここに来て再び「リブラ」が脚光を浴び始めた。きっかけは「香港問題」とそれに絡む「デジタル人民元」の動きである。

 *「リブラ」起ち上げ当初は「IT業界」 vs 「銀行業界」の様相を呈していた。通貨バスケット制(当初想定:米ドル50%、ユーロ18%、円14%、英ポンド11%、シンガポールドル7%)の下、既存の「法定通貨」枠外での発行を目指したが、既得権益を守ろうとする米銀行界が猛反対。金融・財政政策の形骸化を恐れた金融当局も難色を示し、その後Paypal、Visaなど主要メンバーが脱退する動きとなり一時頓挫していた。

 まずは今回の「香港問題」の流れを時系列で追ってみよう。

 英国領で「フリーポート」だった香港では「ゼロ関税」や「ドルペッグ制度」など様々な特別優遇措置が存在し、経済的発展の礎となっていた。

 1997年に英国から中国に返還されるのに先立ち、1992年「米国-香港政策法」が制定され、「特別行政区」として「一国二制度」が維持されることを前提に「特別優遇措置」が継続されることになった。

 その中でも肝になるのが「ドルペッグ制度」だ。香港金融管理局(HKMA、Hong Kong Monetary Authority)が1ドル=@7.75~7.85香港ドルに実質固定させる制度で、基本金融政策もFRBに連動させている。

ドル・ペッグ制度

 これは5カ国(日本、EU、カナダ、スイス、イギリス)とFRBが恒常的に結んでいる「通貨スワップ協定」と同等の効力を有するもので、**通貨安定に絶大なる影響力を持ちうる。市場でタイ・バーツやメキシコ・ペソが餌食になったのと対照的に香港ドルが生き残ったのはこの「ペグ」のお陰だ。

 **実際香港ドルは何度も「ドルペッグ解消」の噂や思惑から投機売りを浴びてきた。1997年の「アジア通貨危機」の時も1ドル=@8.5香港ドルまで売り込まれたが、その後香港ドルのO/N金利(1日物)が@300%まで上昇することでようやく収まった。ただ金利上昇の代償として株価は急落した。

 その後2019年4月の「逃亡犯条例」改正案に端を発した大規模な抗議デモを受け、米国では同年11月に「香港人権法」を制定し「米国-香港政策法」を改定できる旨盛り込んだ。その中に含まれているのが「米国ドルと香港ドルの自由な両替」、即ち「ドルペッグ制度」である。

 この制度が維持されるかどうかの意味合いは大きい。表面上強気を装ってはいるが、中国政府もこの点を最も恐れているだろう。「ドルペッグ」は香港ドルを介した人民元ー米ドルの巨大なトンネルであり、***実際は経済をドルベースで回している中国にとって生命線と言っても過言ではない。

 ***外貨準備が3.1兆ドル(世界一)もある中国だからそれほど心配ないのでは、と思う人もいるかもしれない。だがそのうち米国債は1.1兆ドルに過ぎず日本(外貨準備1.36兆ドル)とほぼ同額。その他の2兆ドルは「一路一帯」構想の中、AIIB等を通じて支援各国や投資にばらまかれており、ほとんど為替介入には使えないのではないか。

 そこで中国政府が急ぎ始めたのが「デジタル人民元」だ。「ドルの支配」から逃れたい中国としてはぜひとも普及させ「一発逆転」したいところ。だが今回のパンデミック対応を見て世界中が「中国リスク」に目覚めてしまっており、普及はそううまくはいかないだろう。「通貨」というものは「国の信用」があって初めて成り立つのだから。

 さはさりとて「中国包囲網」を築きたいアメリカとしては「逆転の芽」となり得る「デジタル人民元」はきっちり潰しておきたいところ。そこで一旦頓挫した「リブラ」に再び光があたることになった。

 「リブラ」のウォレット開発を手掛ける「カリブラ」は、この5月に会社名をわざわざ「ノビ(Novi)」に変更している。従来の「通貨バスケット制」を捨て、各国の法定通貨をベースにしたそれぞれのステーブルコインを異なる市場で発行する計画を明らかにした。

 つまり「ドル・リブラ」「円・リブラ」「ユーロ・リブラ」などが別々に発行されることになる。セキュリティ強化のため各国の国民ID(日本ならマイナンバー)の登録を義務づけるなど、政府・金融当局にも十分な気配りを見せている(最近ザッカーバーグ氏がツイッター社の件でトランプ大統領寄りのメッセージを発しているのも、実はこの辺りが背景かもしれない)。

 コストや起ち上げのスピードを考えれば、これから中央銀行などが独自の「デジタル通貨」を作るより、「リブラ」のウォレットを使った方が効率的なのは明白だ。「デジタル人民元」との競争もある。

 1月にECBと「デジタル通貨研究会」を始めた日銀も、ここへ来てJRやNTTも巻き込んで「デジタル円」検討会を発足「リブラ」の再始動に呼応した動きと考えて良いだろう。

 ヨーロッパでも2月にリクスバンク(スウェーデン中銀)による「e-クローナ」の実験を終えており準備が進む。「コロナ後」、実質「中国支配下」にあるイタリアはいつ「ユーロ離脱」を言い出すかわからないが、それらの国をユーロに繋ぎ止めるためにも「デジタル・ユーロ」なら有用だろう。

 とにかく「通貨覇権」を巡って各陣営動きが急だ。香港ドルの「ドルペッグ」廃止については、欧米や日本等からも香港に依然多額の投資が残っており、実は簡単ではない時価総額が500兆円を超える香港株式市場が瓦解すれば世界経済に危機を及ぼす懸念さえある。しかし中国による覇権拡大も座視できないため、ステップは慎重に踏まれていくだろう。

 それから老婆心ながら一点だけ。「デジタル通貨」発行のドサクサで「国家債務再編」を目論むかもしれない点は注意が必要。我々生活民に何かできるものではないかもしれないが、とりあえず目を凝らしていこう。

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