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「仮想通貨」と「国家主権」と「覇権」其の2 - シンガポールドルが7%? 見えてきた各陣営の思惑。

 9月20日付のドイツの週刊誌「デア・シュピーゲル」に、フェイスブックが2020年に発行を予定している仮想通貨「リブラ(Libra)」の裏付けになる通貨バスケットの構成比が掲載された。既に伝えられていた米ドル50%以外の構成比:ユーロ18%、円14%、英ポンド11%、シンガポールドル7%

 IMF(International Monetary Fund、国際通貨基金)のSDR(Special Drawing Rights、特別引出権)を参照したのではないか、と見られているが、大きな違いがいくつもある。標題 ↑ に添付した表がそのSDRの構成比だが、最大のポイントは人民元が入っていないこと。そしてSDRの対象ではないシンガポールドルが7%も入っていることだ。

 更に細かく言えば、ユーロの比率も低く人民元と合わせ減った比率の分を日本円、英ポンド、そしてシンガポールドルで賄った格好になっている。中国でフェイスブックが使えないことを考慮すれば、人民元が入っていないのはある意味仕方がないことだが、ユーロの比率が低いのが気になる。

 公表されてはいないが、これはやはり「米中の覇権争い」が関わっていると考えるのが自然だろう。ドイツなど中国と取引関係が大きい欧州の比率を下げたのも、「リブラ」がアメリカを中心とした通商圏での流通を基本としていると見立てれば合点がいく。そうすると米国の最も親密な同盟国である日本とイギリスの比率が高いのも当然と言えば当然だ。

 そして最も目を引くのは「シンガポールドル7%」だろう。アジア経済圏で言えば香港ドルや韓国ウォンが出てきても良いところだが、なぜシンガポールドルなのだろうか。ブロックチェーンのハブとしてシンガポールが選ばれた、という見方もあるようだが、IT産業などの技術的水準を考慮すれば韓国や香港、あるいは台湾でも十分対応可能なはずだ。

 仕事の出張で何度かシンガポールに行ったことがあるが、なかなか興味深い国である。確かに近年の経済的発展は凄まじく、行く度に街が大きくなっていて驚いた。e.g. 港に停泊している船の数などは尋常ではない増え方だ。旧英国領ということでイギリス文化の名残もあるし、やはり公用語としての英語が広く使われていることのメリットは大きく、英米などの主要金融機関のほとんどがアジアのハブ拠点としている。隣国マレーシアやインドネシア、さらにはインドなどから大量の労働力がなだれ込んでおり、アジア経済との関与も深い。

 在外華僑が中国本土の共産党政権と対峙してきたという歴史的事実も見逃せない。在外華僑経済の代表と言えば、台湾、シンガポール、香港であるが、香港は返還されてしまって今大変な事になっているし、台湾も政治的に難しい事情もある。「中国包囲網」の戦略から見ると、旧英国領のシンガポールの選択はある意味妥当でもあり、香港、韓国は現時点で「中国通商圏」の地域と見なされている、と考えれば筋は通る。(米韓の揉め事がなければ、ひょっとして韓国ウォンの選択もあったかもしれないが...)

 この動きに対抗するように、中国ではCBDC(Central Bank Digital Currency)という国家の発行する仮想通貨の計画が進行している。ただ、国際市場での流通という意味では人民元はまだまだ定着しておらず、どこまでこの計画が進展するかは未知数だ。果たして本当に「リブラ」の対抗馬となりうるのか。特に社会主義国家の中国が国家権力で半ば強制的に管理する仮想通貨への不安は払拭し切れないだろう。

 もうひとつ、ポテンシャルの高い市場にインドが挙げられるが、こちらは既に「リブラ」に関して決済に使用を認めないことを表明している。発展途上の国にとって、他国(あるいは企業)に通貨主権を侵害されるのは避けたいところだろう。ただ、今後本格的に「リブラ」が流通していった時にインドがどういう対応をしてくるか、「覇権争い」に大きく影響してきそうだ。

 米議会にインド、スイス、フランスなどの中央銀行などから「リブラ」については様々な懸念が表明されてきたが、これだけ中身が具体的になってくるとやはりこの流れは止められまい。大きな変化、それも歴史的転換点になる可能性がある。今後は「リブラ」が流通していくことを前提に市場を見ていく必要がありそうだ。

 14%もの「高い」シェアを持つ日本にとってはどうか。バスケット通貨となる「リブラ」は通商上メリットの方が大きいだろう。何より今までアキレス腱だった「円高リスク」が軽減される。同じバスケットの中でアメリカと「リブラ」で貿易することになれば、今までより通貨価値の変動に神経質にならなくて良い。より商品の品質そのもので勝負できるわけだ。

 それからもう一点。今まで物価が着実に上昇するアメリカと停滞する日本、という状態が長く続いてきたが、これも「リブラ」が主流になれば、景気、物価要因などはミックスされる日本は比率の高い米国ドルに引っ張られることによりデフレ圧力が一部中和されるだろう。大袈裟に言えば「少子化問題」による需要減退の一部を賄われる可能性さえある。現在日米で貿易交渉が行われているが、この辺りのことが通貨戦略の一部として「裏協議」されているのではないだろうか。それだけのメリットが日本にはある。

 最後に - 前稿で少しディスってしまった(苦笑)ビットコイン「リブラ」を巡って今後もどたばたするかもしれないが、はっきりいって2つは全く別物。通貨バスケットにBTCでも入らない限り、双方の価格変動には基本何の因果関係もないだろう。最悪のケース、「リブラ」が本格的に流通すれば、他の仮想通貨の保有価値が減じて暴落する危険性まである。

 「米中の覇権争い」の中での「リブラ」。今後も要注意である。

 

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