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全てを吹き飛ばす「デフォルトリスク」- マーケットの不完全さの証明。

 「マネーマーケットは究極のクレジット市場です」

 新入行員向け研修の講師として呼ばれた時に「損切丸」が最も強調した点。金融においてクレジットとは「信用力」の意味で、言い換えれば「どれだけ潰れにくいか」の事。銀行の資金繰りを担当している者として、それがいかに銀行の「生き死に」を左右するか、知って欲しかったのである。資金繰りがつかなければ銀行といえども「倒産」するのだから。

 この「信用力」を計測・検証してビジネスにしているのが「格付会社」だ。ムーディーズS&Pなどの社名を聞いたことがある方も結構いらっしゃると思うが、様々なデータを検証して、企業や果ては国家まで「倒産しやすさ(しにくさ)」を表す「信用格付」最上級のAAA(トリプルA)からC(シングルC)まで付与している。様々な「投資」に利用されており重要指標の1つと言っていいだろう。

 これを国債の利回りに当てはめて「実質金利」に少し突っ込んだ考察を加えてみよう。ここではCDS(Credit Default Swap)というデリバティブ市場の取引値を使いながら、「破綻リスク」を加味した利回りを考えてみた。見た目の金利だけでは判らない部分が明らかになると思う。 

実質金利2

CDS = 企業や国の破綻(デフォルト)確率を1bp =0.01%で表示

実質金利 = 利回り - 物価(年率) 

実質金利 incl. CDS = 利回り-物価- CDS  国の破綻リスクを加味。

 破綻リスク」を考察するのにヨーロッパが良い例えになる。通貨は同じユーロ建なのに、同じ10年国債でもドイツの-0.22%に対してイタリアは+1.43%もある。なぜこんなことが起こるのか? そこで「CDS(5yr)」「格付」の欄を見て頂きたい。ドイツとイタリアのCDSは111.7bp=1.117%も開きがあり、格付も12段階違う。それで利回りがこんなに違うのだ。

 ん?ちょっと待てよ。気がついた方もおられるかもしれないが、1番右の「実質金利 incl. CDS」で見ると、それでもイタリア国債の方がドイツより+1.23%も有利なのでは?

 ここには一種の「数値マジック」が存在する。「損切丸」、実はこのCDSが好きになれなかった。例えばイタリアの5年CDSが120.7bpという事は、イタリアが国家破綻をする確率が1.207%という事になる。実際には「1.207%の破綻」なんてあり得ない潰れるか、潰れないかは「0」か「100」かだ

 冒頭のコメントを引合いに出せば、資金繰り担当者にとってはお金を工面できれば倒産は「0」だし、できなければ「100」だ。その間はない。それなのにドイツ9bp、イタリア120.7bpとか、CDSポイントが上がった、下がった、とか、何となく「危ない雰囲気」は醸成できるかもしれないが、本質的ではない。*実際に倒産の現場に立ち会った事があれば、それらは只の「机上の空論」「絵空事」に映るし、そんなものを数値化して売買すること自体馬鹿げているとさえ思う。

 *「損切丸」、新入行員の時支店に配属され融資を担当したことがある。何度か「不渡り」「倒産」に立ち会ったが、何%とか計算できるような代物ではなかった。ある日お店に行ったらいきなりシャッターが閉まっていて夜逃げしていたり、債権者が窓を割って中のものを洗いざらい持っていったり、それはもう生々しかった。まさに生きるか死ぬか、である。

 一時点の「見た目の利回り」には注意が必要だ。CDSで言えば、いざ本当に潰れるとなれば10,000bp=100%に突如数値が飛ぶことになり、小賢しい計算は全て吹き飛ぶ。格付もしかりで、リーマンショックの時もAAAやAAだったはずの住宅債券がいきなりCに格下げになったりした。

 言い方は悪いが所詮その程度のもの国や会社の破綻を事前に見抜くことは相当難しい「生き死に」が掛かれば、当事者は資金繰りが苦しいなどとはお首にも出さないし「粉飾決算」だって平気でする。まあ、CDSを購入する投資家は国や企業の死亡保険を掛ける、といったところだろう。「金利」や「利回り」とは似て非なるものである。

 だから「理論上」イタリア国債の実質利回りが高くても、どちらが国家破綻するかを現実的に考えれば、**マイナス金利のドイツ国債の方が人気になる事もある。破綻すれば元金は返ってこないのだから。

 **国債にはBIS(国際決済銀行、Bank for International Settlements)による銀行に対する資本規制も大きく影響している。最新のものはBaselⅢ。例えば格付AとBの国債ではリスク掛け目(Risk Weight)が違ってくる。e.g. ドイツ国債 AAA 2% イタリア国債 BBB 20%(何れも単なる参照値)掛け目の低い国債を買えば資本比率を上げる事が出来るため、銀行は利回りを度外視してでも高格付の国債を買わなければいけない事情もある。

 これは株などにも言えるのだが、「割安株」などと言うがその価格で売る投資家がいる以上それが「リアル」である。「割安」は一種の「後講釈」に過ぎない「高利回り債」「高配当株」も理屈は同じ。多数の専門家が参加するマーケットに「お買い得商品」は存在し得ない

 「利回りマジック」を使った商品セールスはあちこちに存在するが「からくり」が潜むケースも多い。最近では「カボチャの馬車」問題があったが、どうも日本人はこの「利回りマジック」に弱い。20年ものサブリース契約をするのに管理会社の「破綻リスク」などは考えなかったのだろうか?

 国債でさえこれだけ「裏事情」が存在するわけだから、私企業ならなおさらである。怪しげな「マルチ商法」などは何をか言わんや。ただ騙そうとする側は「からくり」を隠して「数値マジック」を全面に押し出してくる

 だから投資には隠れた「事実」を見通せる観察眼や考察力がより重要になるわけだが、そのためにはバフェット氏のように経営者と面談したり、自分でお店や会社を見に行ってみたりするのが有効だ。「数値マジック」に頼った「机上の空論」より余程頼りになるだろう。

 「向こうからやってくる話に上手い話はない」ー 全くその通り。儲けたければ自分から出向く方が確実だ。

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