小さな望み

今朝は、お気に入りの直売所へ週一回の買い出しに行きました。

この直売所は、年配の常連さんも多く来られるので、こういった状況になってからは、早めに家を出て、ピーク前の開店直後に行くようになりました。

直売所の野菜は、同じ種類でも生産者さんによって出来具合が違っていたり、分量や価格が違っていたり、スーパーでは規格外になってしまうようなユニークな形のものがあったりと面白く、

以前の私は、一つの野菜を買うのにもじっくりと時間をかけて吟味していましたが、今は、滞在時間を短くするため、ある程度事前に買うものを決めておいて、直感を頼りに購入しています。

どこに何が置かれているかは大体把握しているので、お店に入ってからレジに並ぶまでの時間は、大げさでなく5分ぐらいで済むこともあります笑。

ほかのお客さんがゆっくりと選んでいる間を縫うように、忍びの者のごとくサササっとお目当てのものをかごに入れ、お会計をしたらすぐに帰宅していました。

今日も車から降りた時にはもう、最初に買うものを頭に浮かべながら、早足で店の入り口へ向かっていたのですが、店の前の園芸コーナーで、ちょうど私の目の高さの棚に並べられた「それ」と出逢ってしまいました。


軽石鉢に植えられた、小さな盆栽。

薄ピンク色の可憐な花が、雑多な雰囲気も味の一つである直売所の入り口前で、特別な気品を放っていました。


私は思わず立ち止まって、しばらく見入っていました。

かさかさしていた心に、水がじわっと行き渡っていくようでした。


ほんの1、2か月前までは、ドライブがてら、自然のある場所へよく行っていました。

こういう状況の中では、行かない選択をするのも仕方のないこと。その分、家の中を心地良い空間にしよう。

心の中では、自分の選択に納得したつもりでいましたが、やはり、自然に触れたい気持ちは、私の中にずっとあったのだなと、気づかされました。


最近、目に入る人の行動に、理性を感じられないな、と思ってしまうことが増えていました。実際にそのようなことが増えているのかは分かりませんが、少なくとも私自身が、そういうことに目が行きがちになっていたことは確かでした。

そんな自分に気づいてはいたけれど、どこか見ないふりをしていた私も、きっと、あまり周りに優しくできていなかったんじゃないかなと思います。


今回のように皆が大変な状況だと、つい、自分のささやかな望みを、大したことのないように扱ってしまいがちなのですが、

どんな小さな望みでも、それを今やるかどうかは別にして、望みとして「ある」ことは、忘れずにいることが、自分の心の豊かさを保つ上で大切なのかな、と感じました。


大自然には触れられなくても、小さな自然には触れられる。

大自然は家に帰ったらもう触れられないけれど、小さな自然なら家の中で触れることができる。新しい発見です。


人の望みと自分の望みを比べず、自分の一番の理解者でいつづけること。

それが、今を乗り切る鍵なのかもしれません。



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白丁花「ハクチョウゲ」というお花だそうです。

ちなみに花言葉は「純愛」でした♡(*´ー`*)

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