深読み JOKER(ジョーカー)⑥「SHALL WE DANCE ~KILLING JOKE~」
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2019年12月X日
パリ、モンマルトル
深読み探偵学校フランス校
まだ驚くのは早いですよ。
あのシーンには、ペトロフによる必殺のジョーク「KILLING JOKE」もありました…
ペトロフのキリングジョーク?
成功を夢見るアメリカ人ダンサーのピーターは、もうひとりの自分「偉大なロシア人バレエダンサーのペトロフ」になりきって、憧れのブロードウェイ女優リンダの部屋へ押しかけました…
そして一方的に「この私と踊りたいだろう?」と言い寄り、当然のことながら「無理」と断られてしまいます…
諦めきれないピーターはリンダに「そこでターンしてみろ」と言い、リンダは不格好なターンを見せて諦めさせようとする…
ここまでは説明しましたね。
はい。
映画『SHALL WE DANCE』の中でピーター・ペトロフ・ピーターズは「使徒ペトロ」を演じていて、リンダは映画の前半で「聖母マリア」を、そして後半で「マグダラのマリア」を演じている…
「ターン」するのは「マグダラのマリア」の役割なので、ここでのリンダは上手く踊れない…
不格好なターンをしたリンダは、その勢いのままピアノの鍵盤に尻もちをつき、不快な不協和音が鳴り響きます。
それを聞いたペトロフは、わざとらしく「おそろしい!」と驚いた振りをしてみせました。
あれはとても芝居じみたリアクションでした…
映画前半のリンダは「ターン」が出来ない「聖母マリア」だと知っていたからなのか…
映画前半のリンダには聖母マリア同様に「婚約者」がいましたね。
リンダは、アメリカに戻ったらフィアンセと結婚し、ショービジネスから引退して普通のお母さんになると決めていました。
しかしリンダのマネージャーは、何とか彼女を翻意させ、このまま女優業を続けてもらおうと考えていました。
そこに現れたのが、ピーター扮する「奇妙な道化」ペトロフだった…
不格好なターンを見せたリンダは、ペトロフに向かってこう言います。
”Well, that kind of settles it.”
「これで(あなたと踊らないことは)決まったようなもの」
これに対してペトロフは、こう答えました。
”With me, nothing is settled.”
そして、必殺の「KILLING JOKE」を披露します…
これがキリングジョーク?
おそろしく寒い駄洒落でしたが…
”Well, I must go now, I must go to Must-go.”
「もう私は行かなければならない。MOSCOW(モスコー)にMUST-GO(マスゴー)しなければ」
どう考えてもKILLING JOKEでしょう?
リンダとマネージャーも、こう言ってましたよ。
”It kills me.”
それは皮肉というか「褒め殺し」では?
いいえ。あれはまさに最高のジョーク「KILLING JOKE」です。
だから『JOKER』のトッド・フィリップス監督は、冒頭シーンでアーサーに「あのボード」を持たせたのですよ。
「EVERYTHING MUST GO」と書かれたボードを…
「EVERYTHING MUST GO」は、お店がクローズする時に行う「売り尽くしセール」の決まり文句ですよね?
「すべて持って行け」という意味の…
ペトロフが言った「NOTHING IS SETTLED」の「言い換え」でもあります。
えっ?
「NOTHING IS SETTLED」とは「留め置かれるものは何も無い」という意味。
これを別の言い方にすると「すべては進行しなければならない」つまり「EVERYTHING MUST GO」になります。
つまりペトロフは、自分で言った「NOTHING IS SETTLED」を言い換えて、「MOSCOW(モスコー)にMUST-GO(マスゴー)しなければならない」とジョークにしたのですか?
そうですよ。
だってこの後「MOSCOW」に行きますからね。
モスクワに?
ペトロフことピーターは、リンダを追ってニューヨークへ行くのでは?
それでは聞きますが…
「EVERYTHING MUST GO」と書かれたボードを持っていたアーサーは、あの後どうなりましたか?
アーサーですか?
街の不良少年たちにボコボコにされましたけど…
ほら。アーサーも「MOSCOW」に行ったじゃないですか。
は?
アーサーは、客寄せピエロとしての「洗礼」を浴びた…
ペトロフが「MOSCOW」へ行ったように…
何のことを言ってるのでしょうか?
偉大なロシア人ダンサー「ペトロフ」はピーターの妄想キャラなので、モスクワに行くわけがありません。
「MOSCOW」とは「洗礼」という意味なのですよ。
モスクワが洗礼?
「MOSCOW」とは古スラブ語で「黒い川」という意味なのですが、その語源は「水に濡れる・全身を水に浸す」という意味…
まさに「洗礼」のことですね。
なんてこった…
「MOSCOW」は「全身を水に浸す」という意味…
つまりペトロフのジョーク「私はMOSCOWにMUST-GOしなければならない」とは…
「私は洗礼に行かなければならない」という意味…
ここまで来れば、もうわかるでしょう。
「マグダラのマリア」が「ターン」するのは、どの福音書でしたか?
Book of John… 『ヨハネによる福音書』です…
『ヨハネによる福音書』の冒頭では、何が描かれますか?
「洗礼」です…
イエスは洗礼者ヨハネから洗礼を受け、ヨハネの弟子だった漁師シモンと出会い、シモンの将来の役割を暗示する「ペトロ(岩石)」という名前を付けます…
だから監督のマーク・サンドリッチは、あのマネージャーに「It kills me」と言わせたのですよ。
この後のシーンでは、まさに「洗礼」と「イエスとの出会い」が描かれます。
ペトロフの言ったジョークは、完璧なる「KILLING JOKE」だったわけです。
この後のシーンが「洗礼」と「イエスとの出会い」?
どういうことですか?
ピーターは、ニューヨークへ帰るリンダが乗った豪華客船に、乗り込むことに成功しました。
沈没したタイタニック号の後継船QUEEN MARY(クイーン・メリー)号をモデルにした「QUEEN ANNE(クイーン・アン)号」に…
ここから『SHALL WE DANCE』という音楽劇の本当のスタートとなります。
映画『SHALL WE DANCE』と、映画『TITANIC』は、よく似ている…
どちらもヒロインはセレブで婚約者もいるのに、無名の主人公と船の中で恋に落ちてしまう…
大西洋上ではトラブルが起きて二人は離れ離れになってしまい、主人公の男は海に取り残されてしまう…
そして最後は、現実なのかわからない奇妙な結婚式を挙げる…
似ているのも当然でしょう。
『TITANIC』の元ネタの1つが『SHALL WE DANCE』なのですから。
やはりそうなのですか…
さて、『SHALL WE DANCE』最初のナンバーが、船の機関室で演じられる『Slap That Bass』でした。
あの歌は、この作品のメインテーマ、コンセプトを示したもの…
ダビデの『詩篇』で預言される「踊りによって主を褒め称えよ」を実践したものでしたね。
そういえば『タイタニック』にも「ダビデ」が…
その通り。
レオナルド・ディカプリオ演じる Jack Dawson(ジャック・ドーソン)の「Dawson」とは「David's son」という意味…
そしてケイト・ウィンスレット演じる Rose DeWitt Bukater(ローズ・デウィット・ブケイター)の「DeWitt」は「David」とほぼ同じ発音…
「ダビデの子」と称されるイエスへの、そしてダビデの詩篇から題名が取られた『SHALL WE DANCE』へのオマージュですね、
そういえば、このポーズ…
ハヤオ・ミヤザキの『千と千尋の神隠し』でも、ハクと千尋がやっていた…
だって「ダビデ」ですから。
え?
タイタニック・ポーズをとるハクと千尋の前で宙に浮いている「カエル」のことですよ。
あの青蛙の声優は、かつて「若人あきら」の芸名で「郷ひろみ」の物真似をし、その後に「神隠し事件」で世間を騒がせた我修院達也という人物…
ガーシュイン?
ガシューインです。
ガシューインはHIROME GOの物真似をしていた?
あの『林檎殺人事件』で有名な?
ええ。そうです。
そして我修院達也は東京広尾の出身で…
生家があった付近には現在、原寸大の「ダビデ像」が立っています…
カエルの声優の実家のそばにダビデ像が?
あの場面で「ダビデ」を想起させるために、宮崎駿は彼をキャスティングしたのです。
一切の妥協を許さない天才作家の執念ですね…
宮崎駿もジェームズ・キャメロンも、そしてトッド・フィリップスも、みんな「普通」じゃない…
常人には「どうでもいい」ように思えることにも、本気で取り組んでいるのです。
『SHALL WE DANCE』の監督マーク・サンドリッチや、劇中歌を書いたアイラ・ガーシュインも?
もちろんです。
エンジンルームでの『Slap That Bass』で作品全体のテーマを提示した後、物語の始まりを告げる「重要な曲」が流れます。
パリでペトロフに扮したピーターが「私は行かなければならない」と言った「MOSCOW」の場面ですね…
これが「MOSCOW」のシーン?
『Promenade (Walking the Dog)』が重要な曲?
ただの「犬の散歩シーンとバックで流れるBGM」じゃないですか…
あなたには、あれが「犬の散歩」に見えるのですか?
どう見てもあれは「犬の散歩」でしょう…
しかもインスト曲で歌詞が無いですし…
『JOKER』にも、とても重要な「散歩シーン」がありましたよね…
しかも、そのバックで流れる曲はインストで、歌詞が無かった…
え?
まだわからないのですか、Ǒkaé Mont(オカエ・モン)?
仕方ありませんね…
それでは『JOKER』の「散歩シーン」を読み解く鍵である曲『Promenade(Walking the Dog)』について解説しましょう…
つづく
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