第349話 深読み『千と千尋の神隠し』vol.49「銀河鉄道の夜㉚私は好きにした。君らも好きにしろ」
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2019年9月20日 朝
スナックふかよみ
では、ノヴァーリスの話に戻ろうか。
ノヴァーリスが親友シュレーゲルらと共に立ち上げることになった雑誌『アテネウム』の話に…
Novalis(1772-1801)
そもそもなぜシュレーゲルは、急に同人誌を作ろうなんて言い出したのかしら?
Friedrich Schlegel(1772-1829)
フリードリヒ・シュレーゲルがノヴァーリスに同人誌立ち上げ構想の手紙を送ったのが、1797年の年末…
この半年前、1797年の夏のこと、シュレーゲルはひとり女性に出会っていた…
後に結婚することになる彼女との運命的な出会いが、同人誌出版への後押しになったんだ…
シュレーゲルのミューズってこと?
そう。ミューズ兼パトロン。
10歳年上の彼女との出会いが、シュレーゲルの人生を大きく変えた。
パトロン? どんな女性(ひと)なの?
彼女の名は、ベロニカ…
ベロニカ・メンデルスゾーン…
メンデルスゾーン?
それはフェリクッス・メンデルスゾーン。苗字が同じなだけですよ。
ベロニカは、作曲家フェリクス・メンデルスゾーンの父アブラハムの姉、伯母に当たる人なの。
つまりシュレーゲルは、作曲家メンデルスゾーンの義理の伯父さんってことね。
Veronica "Brendel" Mendelssohn
(1763-1839)
ええっ!?そうなんですか!?
メンデルスゾーン家はドイツで暮らすユダヤ人の家系…
若い頃に経済的な苦労をしたベロニカの父は、自分の娘たちを著名なユダヤ人銀行家に嫁がせた。
そしてアブラハムら息子たちも銀行家に育て、名家のユダヤ人の娘と結婚させた。
こうした強力な血縁関係によって築かれたメンデルスゾーン銀行グループは、ヒトラーによるナチスドイツのユダヤ人政策によって資産を没収されるまで、ドイツ国内で有数の銀行家一族として名を馳せたんだ。
1797年の夏、シュレーゲルと出会った時のベロニカも、父の勧めで結婚したユダヤ人銀行家の夫と二人の子供がいた…
は? 夫と子供?
不倫ってこと?
まあ、そうなるね。
ベロニカは父の血を色濃く受け継いでいて、哲学や文学に強い関心をもっていた。
しかし夫は芸術全般に興味のない堅物の銀行家…
欲求不満になったベロニカは、二人目の子供を産んだ後、夫と子供を家に残し、刺激を求めて出会いの場へ出かけるようになった。
そして、才気あふれる年下の男シュレーゲルと出会い、二人はベルリンで密かにデートを重ねる…
夫と子供を家に置いて、年下の男とデートとは…
やりますねベロニカ…
だってまだ三十代前半でしょ?
父の言いなりになって失われてしまった自分の人生を取り戻せる最後のチャンス…
わかるわ、ベロニカの気持ち…
ですが、夫と子供がいる妻という立場としては…
わからんか? 愛じゃ、愛。
愛、ですか?
愛に正解などない…
これも愛、それも愛、たぶん愛、きっと愛…
しかし世間的には…
あーあ。
あたしも金色のレモンひとつ、胸にしぼって欲しいわ。
なぜ胸にレモンをしぼるのですか?
うー。雨上がりの夜空に流れるジンライムのようなお月様と同じことじゃ。
え? 忌野清志郎?
キヨシローの話はまた後程たっぷりとする…
『千と千尋の神隠し』という作品を読み解くにあたって、欠かすことの出来ない存在だから…
教官は何度もそう言いますが、本当に関係あるんですか?
♬甲州街道は~もう~秋なのさ~♬
嘘ばっかり(笑)
本当は「春」なのに。
は?
その件はまた後程。
今はベロニカ・メンデルスゾーンと出会ったシュレーゲルがノヴァーリスを誘って同人誌を作るという話だ。
リッチで刺激を求めていた人妻が若きシュレーゲルの才能に惚れ込み、世に出すために経済的なバックアップをした…
まあ、よくある話よね…
シュレーゲルが得たのは経済的な援助だけではない。
当時のドイツ最高レベルの人脈も得た。
ベロニカの父、モーゼス・メンデルスゾーンの人脈を…
モーゼス? そんなに凄いお父さんだったの?
モーゼス・メンデルスゾーンといえば、18世紀中期におけるドイツ言論・思想界の中心的人物…
かの大哲学者カントの好敵手と呼ばれ、文豪ゲーテなども巻き込んだ「汎神論論争」を哲学者ヤコービと繰り広げたことでも有名です…
阪神論? タイガースの話?
同じ「はんしん」ですが「阪神」ではなく「汎神」ですよ。
哲学者スピノザが唱えた神即自然、自然即神…
つまり神は自然のあらゆるところに宿っているという考え方です。
それって八百万の神々みたいなこと?
小さい頃は神様がいて不思議に夢を叶えてくれた、みたいなことでしょ?
カーテンを開いて、静かな木漏れ日の…
やさしさに包まれたなら、きっと…
目に映る、すべてのことは、メッセージ…
まるでワイエスの絵ね(笑)
アンドリュー・ワイエス
『海からの風』
なんかこの絵、どこかで見た覚えがあるわ…
どこだったっけ…
クリストファー・ノーランの『INTERSTELLAR』か?
そうそう!『インターステラー』よ!
似てない?
ワイエスといえば、こんな絵もあるぞ。
『クリスティーナの世界』
アンドリュー・ワイエス
やっぱりクリソツじゃん!
『クリスティーナの世界』というより『クリストファー・ノーランの世界』よ!
ノーランが影響を受けたのは、アンドリュー・ワイエスというより、アンドレイ・タルコフスキーなんだけどね。
そして宮沢賢治と宮崎駿も。
『インターステラー』の主人公クーパーは、科学の道を諦めて農民になった…
仲間たちを集めて肥料の講習もしてたわよね…
そういえば、今見たタルコフスキーの『ノスタルジア』予告編に、『千と千尋の神隠し』のお風呂シーンにそっくりな描写が…
タルコフスキーとお風呂シーン?
タルコオフロスキーってこと?
何ですかそれは…
そうじゃありませんよ。
大きな温泉の中に廃棄されていた自転車などの粗大ゴミは…
まるで…
オクサレ様の中に廃棄されてた自転車みたいじゃありませんか?
確かに似てるような気もするけど…
どっちかと言うと『シン・ゴジラ』のゴジラの尻尾じゃない?
千とリンと湯婆婆の3人も入ってるし…
へ?
似てるのも無理はない…
だって『シン・ゴジラ』の総監督は、庵野秀明…
宮崎駿の「弟子」だから…
そういえば牧元教授こと牧吾郎の遺品として賢治の詩集『春と修羅』が映ってたけど、あれはどういう意味があったのかしら?
「詩集」ではなく「心象スケッチ」だ。
この件に関しても、後程たっぷりと解説しよう。
『シン・ゴジラ』を読み解く上で『春と修羅』は欠かせない…
というより『シン・ゴジラ』は『春と修羅』そのもの…
やっぱり何か賢治と関係があるの?
牧吾郎がゴジラと一体化したって噂だったけど、あれも賢治が元ネタってこと?
賢治が夢の中で電信柱と一体化して巨大怪獣になったように?
『月夜の電信柱』宮澤賢治
「電柱君」はケンジ第3形態…
ケンジ第1形態はこれじゃ…
通称「何かが飛び出る君」…
『赤玉』宮澤賢治
うわっ!
そして、ケンジ第2形態…
通称「痛々しい裂け目君」…
『ケミカルガーデン』宮澤賢治
ひいっ!
何なのコレ!?
賢治はアインシュタインの大ファンで科学の道へ進みたかった…
牧吾郎のように科学が人類すべてを幸せにすると考えてたの…
だけど、後に日本で起きることになる、広島・長崎への原爆投下や福島第一原子力発電所の大事故のことを知ったら、どう感じたかしら…
宮澤賢治(1896-1933)
賢治のことですから、牧吾朗のようになっていたかもしれません…
いや…
そもそも牧吾朗が、現代の賢治なんです…
ゴジラが宮沢賢治って、もう、わけわかめ…
だって「私は好きにした。君らも好きにしろ」だから(笑)
は?
ところで「汎神論」はどうなったの?
作曲家メンデルスゾーンのおじいちゃん、モーゼス・メンデルスゾーンの話は?
そうでした。
なぜモーゼス・メンデルスゾーンは18世紀中期のドイツで「汎神論論争」を繰り広げたのでしょうか?
事の発端は、思想家で劇作家のレッシングが書いた『賢者ナータン』という戯曲だった。
王者ターちゃん?
けんじゃ、ナータン。
作者のレッシングは、ノヴァーリスと同じように敬虔なプロテスタントの家庭に生まれ、ノヴァーリスと同じようにプロテスタントの聖書至上主義に反抗するようになり、批評家として活動しながらプロテスタント教会の牧師と宗教論ばかりしていた。
ゴットホルト・エフライム・レッシング(1729-1781)
しかし、あまりにもしつこ過ぎたため、ついには当局に訴えられてしまい、神について議論することを禁じられてしまう。
そこでレッシングは、物語の中の登場人物の「語り」、寓話「メルヘン」という形で、自身の宗教論や理想の世界観を展開することにした。
それが『賢者ナータン』だ。
この作品と汎神論論争、モーゼス・メンデルスゾーンがどう関係あるの?
『賢者ナータン』は、キリスト教・イスラム教・ユダヤ教という3つの宗教の教義を超越し、人類は皆兄弟となり、普遍の地平に到達すべきである… と訴えた物語だったんだ。
つまり「唯一正しい宗教」や「唯一の正しい神」など無いと…
これが、当時最も危険視された思想「神即自然」のスピノザに通じる「無神論」だと見做されてしまったんだね。
3つの宗教の超越、普遍の地平へ…
何だか『銀河鉄道の夜』の「キリスト教・神道・仏教」っぽい…
そして、その主人公ナータンのモデルが、レッシングの良き友人モーゼス・メンデルスゾーンだった。
このためにレッシングの死後、モーゼス・メンデルスゾーンが「汎神論論争」に巻き込まれることになったんだ。
なるほど。そういうわけだったんですね。
『賢者ナータン』は、宮沢賢治と宮崎駿を語る上で、避けては通れない…
『銀河鉄道の夜』と『千と千尋の神隠し』を語る上では…
え?
その通りです。
『銀河鉄道の夜』『千と千尋の神隠し』のみならず、ノヴァーリスの作品における「メルヘン」を読み解く上でも、レッシングの『賢者ナータン』は避けては通れない…
マジで? どういうことなの?
では、解説しよう…
つづく
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