「ふかよみ と こじつけ」『深読み LIFE OF PI（ライフ・オブ・パイ）& 読みたいことを、書けばいい。』
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2019年9月19日 夜
スナックふかよみ
さて、ようやくパイと作家の「飯の時間」が始まった。
作家が「種なしパン」を小さく千切っている間、パイは「カトリック・ヒンドゥー教徒」について話した。
この映画における「ヒンドゥー教」とは「ユダヤ教」のこと…
つまりパイは「クリスチャンでもあるユダヤ教徒」のことを説明していたというわけだ。
イエスをメシアと信じるユダヤ教徒…
いわゆる「メシアニック・ジュダイズム」ね。
飯の話だけに、メシアの話（笑）
何しょーもないダジャレ言ってんのよ、のぶのぶったら。
早野宏史じゃないんだから！ 冗談は顔だけにしてよね！
でもこれは決して「冗談」ではない…
え？
パイが作った「飯」は「メシア」なんだ。
ハァ？ アンタまで何言っちゃってんの？
冗談も休み休みにしなさいよ！
本当に冗談ではないんです。
作家が「種なしパン」を小さく千切っていた間、パイは「メシアニック・ジュダイズム」について説明しました。
そして作家は一切れの「種なしパン」を見つめ、それをゆっくりと口にした。
それを見てパイは「メシア」について語り始める。
なぜなら、あの「種なしパン」は「メシア」を意味しているから…
種なしパンがメシア？ どういうこと？
日本では「メシア＝救世主」というイメージがあるけど、本来の意味はそれだけじゃないんだよね。
ヘブライ語における「メシア」という言葉「mashiach（マーシーアハ）」は、直訳すると「油をそそがれた」という意味で、誰か、あるいは何かを聖油によって「聖別」することを指す。
だからヘブライ聖書では、王や大祭司など身分の高い者に対して、そして神に捧げ物をする際や、祝祭の特別な食物に対しても「メシア」という言葉を使う。
もちろん「種なしパン」は、子羊と並んで最も重要な「メシア」だ。
ちなみにヘブライ語で「メシア」は、こんなふうに書く…
מָשִׁיחַ
そして、人格としての「メシア」、つまり英語でいう「the Messiah」は、こう書く…
המשיח
この文字の形…
もしや「π（パイ）」は、ここから…？
おそらくそうだろう。
『パイの物語』とは「パレスチナとイスラエルの物語」であり…
「המשיח（メシア）の物語」でもあるわけだ。
そして「メシア」は「波」に揺られなければならない…
そうよね？ 深読み名探偵さん…
波？
その通り。
聖別されたメシアである「種なしパン」と「屠られた子羊」を、祭司は波の儀式「揺祭」で、ゆらゆら揺らさなければならない。
モーセ五書のひとつ『Numbers（民数記）』には、こう書かれている。
And the priest shall wave them for a wave-offering before the LORD; this is holy for the priest, together with the breast of waving and the thigh of heaving; and after that the Nazirite may drink wine.
祭司は主の前でこれを波のように揺り動かして揺祭としなければならない。これは聖なる物であって、その揺り動かした胸と、捧げた大腿と共に、祭司に帰するであろう。こうして後、そのナジルびとは、葡萄酒を飲むことができる。
メシアを波のように揺らして神に捧げる…
『パイの物語』の後半が「波で揺られる物語」であることにも符合します…
まさにね。
最後に出てくる「ナジルびと」って誰？
「ナジル人」とは「聖別された者」のこと。つまり「メシア」だ。
数百日から数年の間、神のために特別な誓約を守り続けた人のことをいう。
その誓約とは…
１、葡萄酒を口にしない
２、髪を切らない
３、死体に近付かない（それが親兄弟でも）
ちなみにイエスを表す言葉「ナザレびと」は「ナジルびと」を想起させるためだという説もあるんだ。
３つの誓約って、なんか『グレムリン』みたい。
そういえば…
227日のあいだ漂流したパイは、葡萄酒も飲んでいませんでしたし、髪も切っていませんでした…
そして…
シマウマやオランウータンの死体にも近付いていませんでした…
パイは自分にイエスを重ねて物語を作っていたからね。
では、作家が「メシア」である「種なしパン」を口にしたことによって始まった「メシアの物語」を見ていこう。
まずパイは「クリシュナ」について語る。
幼い頃に母から「教わった」とされる「泥を食べた幼子クリシュナ」の話だ。
回想シーンは、母が庭の地面に「宇宙の象徴」である「蓮の花」を描いているところから始まる…
うふふ。笑える（笑）
ほんとパイって嘘つき。
嘘？ どこがですか？
これは「Krishna（クリシュナ）」じゃなくて…
「メシア」である「Khristos（クリストス）」のこと。
だからパイのママに、あんなポーズをとらせたの。
これを再現するためにね（笑）
『イエス・キリストと姦通の女』
ああ！
だからそれを見てたパイは「あのポーズ」だったんだ！
あれは「姦通の女のポーズ」です！
パイのママが黄色い布を巻いていたのも『姦通の女』の絵の再現だったのね…
アン・リー監督、細かすぎる（笑）
ちなみに「クリシュナ」って、どういう存在か知ってる？
知らない。名前はよく聞くけど。
「クリシュナ」は「最高神ヴィシュヌ」の化身。
「普遍」という意味の名である「ヴィシュヌ」は、存在自体が「宇宙・世界」そのものだから、人間の目ではその姿かたちを認識することはできない。
だから「ヴィシュヌ」は地上世界に降臨する際、わかりやすく人間の姿をした「クリシュナ」となって現れるんだ。
それって、キリスト教の「天の父」と「子イエス」の関係に似てるわね。
それだけじゃない。
宇宙の創造神ブラフマンと、宇宙の保持者ヴィシュヌと、宇宙の破壊者シヴァは、本来同一のものが形を変えたもの、つまり「三神一体（Trimurti）」とされている。
他の神々も全てこの最高神が姿を変えて現れたものとされているから、インドネシアではヒンドゥー教も「唯一神」宗教とされているんだ。
なるほど、そうなのね…
『ライフ・オブ・パイ』の原作を書いたヤン・マーテルが「パレスチナの物語」を「インドとヒンドゥー教」で「偽装」した理由がわかったような気がする…
似てる部分が多くて、いろんなことが「偽装」しやすかったんだわ…
これで「泥を食べた幼子クリシュナ」の意味もわかったでしょ？
かつて神は「泥」から人間を作った。
だけど人間は、禁じられた果実を食べてしまったためにエデンの園から追放され、世界に散らばり堕落した。
そこで神はアブラハムに子イサクを生贄に捧げろと命じた。
アブラハム親子はその指示に従ったので、神によって祝福された。
それから千数百年の後、世界はまたもや堕落してしまった。
そこで神は、アブラハムから４２代目にあたる子孫「人の子イエス」として地上に降りた。
そして今度は「生贄を捧げよ」と言う代わりに、種なしパンを小さく千切って「これはわたしの肉体である」と語り、弟子たちに食べさせた。
キリスト教各宗派でいうところの「聖餐・聖体祭儀・聖体礼儀」ね。
つまり「泥」とは「肉体」ということなのよ。
だから「クリシュナ」は「食べていない」と主張したのね…
「クリストス」は「人間の生贄」を食べない…
これで『ライフ・オブ・パイ』における「人肉食」が、何を意味しているのかわかったと思う。
「人間の肉体を食べる」というのは「メシアの聖体を食べる」の喩えだったんだよ。
ああ… なんだか全てが腑に落ちたような気がします…
そして「クリシュナ」の口の中には「泥」の代わりに「宇宙」が見えた…
当たり前よね…
神は宇宙そのものなんだから…
そしてカメラは「クリシュナの中の宇宙」に引き込まれていく…
ぽえーん。
え？ 今、何と？
なんでもありませんよ。話を続けてください。
僕… 気になっていることがあるんです…
あなたたち二人を最初に見た時から、ずっと…
・・・・・
阪神ファンの「のぶのぶさん」と、巨人ファンの「しげしげさん」という設定は、どう考えても偶然とは思えない…
もしや、あなたたち二人は…
あー、深代ママさん。筆ペンと色紙ありますか？
筆ペンと色紙？ あるわよ。
はい、どうぞ。
どうもありがとうございます。
（サラサラサラ…）
？
じゃん。
え？
うふふ。おもしろい。
このお店にぴったり（笑）
「ふかよみ」と「こじつけ」は違うんだけど…
でも、ある意味、紙一重じゃない？
深読み名探偵さんの話が本筋から脱線して止まらなくなった時は、この書を見せればいいのよ。
滝川クリステルみたいに色っぽく「こ・じ・つ・け」って言いながら（笑）
あ、それ名案かも（笑）
二人とも、ひどいなあ…
うふふ。冗談よ。
パイによるジョークの続きを見ていきましょ。
今度は「メシア」である「イエス・キリスト」を誕生させた「創造神」と「聖母」のジョークよね。
創造神と聖母のジョーク？
そう。
「クリシュナの口の中の宇宙」から場面は、川に面した寺院で行われる祭りに切り替わる。
岸や水面に無数のロウソクが灯された幻想的な祭りだ。
これを観ていたパイの父は、子供たちにこう語る。
父「こんな作り話を信じるなよ。綺麗に見える光はマヤカシだ。目を奪われてはいけない。宗教とは《闇》なのだ」
パイの父は、植物園と動物園を造った「創造神」…
つまりこれは「天地創造」のジョークですね。
そう。
『創世記』で描かれる「天地創造」の「一日目」のジョーク。
もともと世界は「闇」だったの。世界の基本は「闇」よ。
そこに神は「光」を作った。つまり「光」とは神の「作り物」ってこと。
『創世記』第１章
1 はじめに神は天と地とを創造された。
2 地は形なく、むなしく、闇が淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてを覆っていた。
3 神は「光あれ」と言われた。すると光があった。
4 神はその光を見て、良しとされた。神はその光と闇とを分けられた。
5 神は光を昼と名づけ、闇を夜と名づけられた。夕となり、また朝となった。第一日である。
ヒンドゥー教の幻想的な夜のお祭りだと思ってたのに…
完璧な「偽装」だわ（笑）
そしてパイは父についてこう語る。
パイ「My dear appa believed himself part of the new India.」
普通に訳すと「私のパパは自分自身を新しいインドの一部だと思っていた」なんだけど、もちろんそういう意味ではない。
この物語において、インドの言葉で「パパ」を意味する「APPA」とは、アラム語で「父・主」を意味する「ABBA」のことだった。
『マルコによる福音書』や『ローマ人への手紙』に出てくる「ABBA、父よ！」ね。
マーティン・マクドナーの映画『スリー・ビルボード』でも使われたネタだわ。
「ABBA」の曲『チキチータ』で。
ああ、これ知ってる！ アンタが解決した事件だったの？
ええ、まあ…
やるじゃん！雰囲気ぜんぜん違うからわかんなかったわよ！
まだあの頃は金田一耕助を気取ってモジャモジャ頭でしたから…
今の方がイケてると思う！
それ、よく言われます…
バカね。お世辞よ。アタシはもっさりしたクマさんみたいな人がタイプだから。
さあ話を進めて頂戴。
あ、はい…
そして「NEW INDIA（新しいインド）」とは、「NEW TESTAMENT（新しい契約）」のこと…
つまり先程のセリフは、こういう意味になっている。
「我らが父なる神は、自分自身も《新約》の一部であると信じていた」
これって、かつては聖書に「エロヒム／ヤハウェ／エホバ」と書かれていた神の名が、近年になって「神・主」に置き換えられてしまったことなんじゃ…
かもね。次の一節もパイのジョークが冴えわたってるわ。
パイ「As a child, he had had polio.」
この意味わかる？
「子どもの頃、父はポリオを患っていた」ですよね…
「as a child」は「子どもの頃」じゃなくて「子として」なの。
そして「polio」とは「oil」のこと…
つまり「父は子として聖油を塗られた」ってことよ…
ああ！「神は地上にメシアとして現れた」ってことですね！
そういえば『スリー・ビルボード』でも「ポリオ」のジョークがあったわね。
『マルコによる福音書（BOOK OF MARK）』に挟まっていた「しおり（BOOK MARK）」のジョークで。
たぶん「POLIO」と「OILを塗られし者」のジョークは昔からあるんだろうね。
そしてパイによる「父のジョーク」は、こう締めくくられる。
パイ「He used to lie in bed racked with pain, wondering where God was.
In the end, God didn't save him, Western medicine did.」
あ！「lie（ライ）」発見！
「嘘」って自分でネタバレしてるじゃん（笑）
だね。ここは十字架刑の場面を言っている。
「racked」とは「手足を伸ばされて拷問を受ける」という意味だ。
つまり、こういうことになる…
パイ「かつて父はこんな嘘をついた。十字架に掛けられて痛みに耐えながら《神よ、あなたはどこにいるのですか？》と。結局、神は彼を救ってくれなかった・・・」
当たり前ですね。磔になってる自分が神なんですから。
最後の「Western medicine did（救ってくれたのは西洋医学だった）」は？
パイが洗礼を受けた「カトリック」のことね。
カトリックは「西方教会」と呼ばれる。地中海の西側に住む人たちの教会だから西方教会。
Western Mediterranean did.
救ってくれたのは西方教会の人だった。
というダジャレよ。
とことん嘘と駄洒落のオンパレードなんですね…
パイの話は…
そしてパイは母について語る。
パイの母の両親は、「身分の違い」を理由に、パイの父との結婚を認めてくれなかった。
許可が無いまま一緒に暮らし、子供を身籠ったために、勘当されて絶縁されてしまったんだ。
つまり、パイの母の両親からしたら、パイは「正式な夫婦から生まれた子」ではない「婚外子」ということになる。
なるほど。まさに聖母マリアね。
処女マリアは、大工ヨセフと婚約中であったにもかかわらず、別の男の子どもを身籠ってしまい、これが公になることをおそれたヨセフから離縁を言い渡されるところだった。
だけどヨセフは天使から事情を説明され、マリアから生まれて来る「神の子イエス」の養父になることを決意するの。
そして祭りの全景が映し出され、カメラは満天の星空へと向かっていく…
そして星空の中でグルグル回り出すんだよね…
あれ？
これって、あたしがさっき歌った『不思議なピーチパイ』の歌詞そっくりじゃない？
小さなパイの宇宙がまわって…
そしてこのあと、パイの恋が始まる…
ホントだ…
歌詞が私たちの話とシンクロしてる…
だから言ったでしょ？
「歌うことで現実が変わる」って。
歌の力ってすごいのよ。
心をこめて歌ったことは、やがていつか現実になるの…
じゃあアタシが歌った歌も？
かもね。ふふふ。
・・・・・
つづく
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