第166話 ポール・サイモンの HEARTS AND BONES ㉟「Rene and Georgette Magritte with their dog after the war」Ⅻ~『深読み ライフ・オブ・パイ&読みたいことを、書けばいい。』
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2019年9月19日
スナックふかよみ
だって、ウィキにもアート系サイトにも「若き日のマグリットはジョルジョ・デ・キリコの絵を見て、涙が止まらなくなった」と書いてあるのよ…
巷にあふれる情報と、僕の深読み…
どちらを信じる?
そ、それは…
教官…
講釈師、見てきたような嘘をつき…
これじゃこれじゃ。わしは37年間、これを求めておったのじゃ。
ふぉーっふぉっふぉ。
(これを求めていた?37年間?)
・・・・・
それじゃあ、詳しく話さないといけないな…
若き日のマグリットが知人宅で「何を見た」のか…
そしてなぜ、涙が止まらなくなったのかを…
そういえば…
ポールサイモンも似たようなことを言っていましたね…
『Rene and Georgette Magritte with their dog after the war』を書くことになったキッカケについて…
ある日ポール・サイモンは、友人であるジョーン・バエズの家で、本棚にあった本のページを何気なくめくっていた…
すると、その中にあった「戦争中にマグリット夫妻が犬を連れている写真」が、なぜか目に留まった…
ポール・サイモンは不思議な感動を覚え、その写真からインスピレーションを得て、あの歌を書いた…
だったわよね?
これは、おそらく嘘だろう。
ポール・サイモンは「若き日のマグリット」のことを言っている。
マグリットが友人宅で「ある絵」を「見た」時のことを…
それがキリコの絵なんでしょ?
マンテーニャじゃなくて。
何度言ったらわかってもらえるのかな…
マグリットが「見た」のはマンテーニャの絵なんだよ。
しかし教官…
くどいようですがウィキにもこう書いてあります…
1923年(1925年とする説もある)ジョルジョ・デ・キリコの作品『愛の歌』の複製を見たマグリットは「涙を抑えることができない」ほどの感銘を受け、これがきっかけでシュルレアリスムの方向へ進んでいく。
ルネ・マグリット Wikipediaより
だから何?
マグリット本人は、その時のことを、こう回想している。
"one of the most moving moments of my life: my eyes saw thought for the first time."
人生の中で最も心を動かされた瞬間のひとつ…
わたしの目は、その時初めて
思考というものを見た
だからキリコの描いた絵に感動したんでしょ、マグリットは?
マンテーニャじゃなくて。
いくら言葉で説明してもわかってもらえないようだね…
こうなったら実際にその絵を見てもらうしかない…
そうよ。見ればハッキリすること。
では、よーく見てほしい…
これが、その絵だ…
マグリットの目から涙が止まらなくなり…
「見る」という概念や「描く」という行為の意味を、根本から変えてくれた絵…
『Le chant d'amour』
Giorgio de Chirico
やっぱりキリコじゃん!
ジョルジョ・デ・キリコの『The Song of Love』、『愛の歌』よ!
・・・・・
教官…
なぜこんな嘘を?
お主らの目は節穴か?
頭の中は洞穴か?
は?
どうやら、お主らは…
なぜあの絵の題名が『Le chant d'amour』なのか、わかっとらんようじゃの…
この手の絵のタイトルに意味なんてあるのですか?
適当に「愛の歌」とつけただけなのでは?
ちゃんと考えるのじゃ。「chant」だけに。
ふぉーっふぉっふぉ(笑)
「愛の歌」の意味を?
「愛の歌」といえば…
倖田來未の『愛のうた』しか思い浮かびません…
お主は、このミュージックビデオを見ても、何も感じんのか?
え?
なぜ女は雨の中で、決して帰らない男を待っている?
なぜ男は突然去って行った?
なぜ悲しいはずの女は、雨粒に向かって笑顔で歌う?
なぜマネキンの一部だけが何度も映し出される?
そういえば妙ですね…
ASKAの『はじまりはいつも雨』に似てるような気も…
そこがわかれば、もう簡単じゃろ。
あの絵には「何」が描かれとる?
えーと…
中央のボードに「ギリシャ彫刻風の男の頭部」が貼り付けられていて…
ちょっとデッサンが狂ってるように見える「赤い手袋」がピンで留められていて…
あの手袋、なんか気持ち悪い。
まるで親指が2本あるみたいに見えるわよね。
そうなんですよ。なぜキリコはあんな不気味な手袋を描いたのでしょう…
他は何が見える?
えーと…
ボードの左には「陰になっている大きな建物」があり…
下の黒っぽい床の上には「緑のボール」が転がってて…
画面の奥、少し離れたところに「レンガの壁」と「煙を吐く蒸気機関車」が描かれています…
あの煙も変。幼稚園児の絵じゃないんだから。
普通こうでしょ。
ですよね。
あとは? それだけか?
以上ですが、他に何か?
やはりお主は洞穴じゃ。
「目に見えるものは、いつも別の何かを隠している」
このマグリットの言葉の意味が、わかっとらんようじゃな…
え?
深代ママ、他に何か見えますか?
ううん。あとは何も描かれてないわよね。
どう見ても変てこりんな絵にしか見えないわ。
なぜマグリットはこの絵を見て涙が止まらなくなったのかしら?
なんかヤってたの?
ですよね…
「生まれて初めて《思考》というものを目で見た」って、ちょっと尋常ではありません…
いったい何が見えたのでしょう…
それがわからないのは「見えるもの」しか見ていないからだよ。
え?
カンバスに描かれたものによって見えなくなっている「別の何か」が、見えていないからだ。
教官には「見えない別の何か」が見えるのですか?
ああ、見えるよ。
絵の中央には「裸の男」がいるね。
は、裸の男が?
教官…
何かヤってます?
まさか。今夜はチチを数杯…
ほぼシラフみたいなもんだ。
は、裸の男って、いったい誰なの?
君たちもよく知ってる人物だよ。
広尾あたりでよく見かける。
東京のお洒落スポット広尾で?
もしかして芸能人?
ひょ、ひょっとして…
何か勘違いしてるようだ…
カンバスに張り付けられた男の顔を見てわからないかな?
あれは「ダビデ」だよ。
ダビデ?
そう。ミケランジェロの彫刻で有名な DAVID。
確かにそう見えなくもないですが…
彫刻なんて、どれも同じような顔ですし…
あれがダビデだという証拠は?
だって「耳の先っぽ」がカットされてるでしょ?
へ? 影じゃなくて?
いや、他の影の部分と比べてみてください…
あれは後ろのボードの色ですよ。
ダビデは耳の先っぽが無かったのですか?
全盛期のマイク・タイソン級といわれる怪物ゴリアテと闘った際に、噛みちぎられたのじゃ。
『ダビデとゴリアテ』
オズマール・シンドラー
そうだったんですか… 知らなかった…
だからダビデ像の写真は、いつも「あのアングル」だったんですね…
先端がカットされた左耳を隠すために…
嘘ぴょーん。
は?
じゃあ、たまたまじゃない?
間違えて背景の茶色で塗っちゃって、なんか面白いからそのままにしといたとか…
口を開けば、あれはたまたま、これもたまたま…
お主はそんなに「たまたま」が好きなのか?
そんなことないわよ。筋が通ってるのも好きだもん。
こりゃ一本とられたわい。
ふぉーっふぉっふぉ。
何の話をしてるんですか?
今はダビデの耳の先っぽがカットされてる件についてですよ。
だからその話をしてるんじゃないの。
あれは、たまたま。
そうなのかなあ…
天才芸術家は、意味のないことなどしない…
キリコが耳の先端をカットして描いたのには、ちゃんとした理由がある…
ちゃんとした理由?
それは…
同じイタリアの先輩筋にあたるミケランジェロが…
カットすべき先端を、カットしなかったから…
・・・・・
あらまあ…
念のため説明しておくが…
ユダヤ人であるダビデは、幼少時に陰茎の先端の皮を切除しとるはずだから、そこに皮があるわけがない…
いわゆる「割礼(ブリット)」というやつじゃな…
つまりキリコは…
ありふれたギリシャ彫刻風の頭部の「耳の先端」をカットすることで…
それが「ダビデ」であることを伝えようとしたわけだ…
ミケランジェロのダビデ像の「先っぽの皮がある」問題は、芸術の世界では有名だったからね…
マジですか…
おそらく間違いない。
そういえば、岡江クンもティンティンの先っぽの皮をカットして泣いてたわよね。
あの日のこと、今でも覚えてる(笑)
その話はいいから…
・・・・・
ふぉーっふぉっふぉ。
それにしても、なぜキリコはダビデを『愛の歌』に描いたのでしょう?
「ある人物」を描くためだよ。
ある人物? ダビデじゃなくて?
その人物が語られる時は、必ずといっていいほど「ダビデ」と関連付けられて語られる…
その人物は、ダビデの町で生まれると預言され、実際その通りになり、「ダビデの子」とも表現された…
それって…
マグリットは、この絵を初めて観た時…
中央のボードに「裸」で「張り付け」られていた「その人物の姿」を「見た」んだ…
だから涙が止まらなくなったんだよ…
もしかして…
それがマンテーニャの…
そう。
若き日のマグリットが、キリコの『愛の歌』の中に「見た」のは…
アンドレア・マンテーニャの『磔刑図』だ…
『Crucifixion』
Andrea Mantegna
そんな馬鹿な…
さっき「手袋のデッサンが狂ってて、親指が2本あるみたい」と言ったよね?
は、はい…
あの直観は正しかったんだよ。
なぜなら、あの手袋は「手袋」ではない…
手袋なのに手袋じゃない?
あれはね…
「交差した上に釘を打たれたイエスの足」なんだ…
お、親指が… 2本…
そしてキリコが画面右手に描いた「陰になっている大きな建物」は…
マンテーニャの『磔刑図』の画面右手にある「陰になっている大きな岩壁」だ…
背景の空が抜けて見える2階角の窓は…
ゲスタスの十字架と岩壁の間の空間の再現…
その通り。
み、緑のボールは?
あれは、ちょっと迷うね…
床が黒っぽいのは、マンテーニャの『磔刑図』に暗く描かれている「穴」だとわかるんだけど…
ボールは「墓場の入口」か、ローマ兵が遊んでいた「円形のゲーム版」か、もしくはイエスの十字架の根元に置かれた「アダムの頭蓋骨」の、どれかだろう…
やっぱり… アダムの頭蓋骨じゃない?
アダムが齧った「禁断の果実」とされる林檎っぽくも見えるから…
『The Son of Man』
Rene Magritte
かもね。彫刻の頭部の真下にあるし…
だからマグリットは「グリーン・アップル」を描き続けたのかもしれない。
このキリコの絵が彼の原点になったわけだから。
あとは「蒸気機関車」の謎…
なぜキリコはこの絵の中に「蒸気機関車」なんて描いたんだろう?
遠くにあって、ほとんど壁に重なってて、あまり意味があるようには思えないのですが…
別に無くてもいいわよね。煙も変だし…
なぜあれを「蒸気機関車」だと決めつける?
え?
あれは「建物のシルエット」でしょ?
建物の上に「雲」が浮かんでいるという風景。
あっ!もしかして…
そう。
あれはマンテーニャが『磔刑図』に描いた「エルサレムの街並み」と、上空の「雲」だよ。
やられた…
キリコはエルサレムを「チューチュートレイン」として描き、マグリットは「おっぱい」として描いた…
なぜならエルサレムは、聖書に「乳と蜜の流れる地の乙女」と書かれとるから…
確かにその通りなんだろうけど、月夜さんが言うと何だかヤラシイ。
わしがヤラシイのではない。お主の心がヤラシイのじゃ。
あたしはヤラシクなんかありません。
「清く正しく美しく」で生きてきたんだから…
どの口が言うとる。
キリコは、究極の愛のかたち「磔刑」を描くため、マンテーニャの名画『磔刑図』を、まったく異なるスタイルで自分の絵に落とし込み、『The Song of Love』と名付けた…
なぜならイエスの死は「終わり」ではなく「始まり」だから…
お、まとめに入ったようじゃ。
神の子でありながら、人として地上世界に生まれ、か弱き人間の姿で大地を歩き、苦悩し、傷つき、ひとりの人間として血を流しながら人々と別れた…
すべての人の原罪を背負って十字架に掛けられたイエスの物語とは「愛の歌」に他ならない…
まさに、ここからすべてが始まる「愛の歌」…
愛の歌…
そして、キリコの『The Song of Love』を見た若き日のマグリットは、その中にマンテーニャの『磔刑図』を見た…
カンバスに描かれているものによって見えなくなっていた「究極の愛のかたち」が浮かび上がってきて、涙が止まらなくなったんだ…
この体験をマグリットは「その時わたしの目は初めて思考というものを見た」と表現したわけ…
マグリットは…
キリコの『愛の歌』の中に…
究極の愛のかたち、マンテーニャの『磔刑図』を見た…
そして激しく心を突き動かされ、マグリット版『磔刑図』である『アサシン・メナス』を描いた…
僕の言ってることの意味を、ようやく理解してもらえたようだね。
何も言えません…
こーゆー時は歌うしかないじゃろ。
ミュージック、スターティン!
やっぱりいい曲よね、『何も言えなくて…夏』って。
クリストファー・ノーランがこの歌を好きなのもわかる。
ちなみに、この話にはまだ続きがあるんだけど、聴きたい?
続きって?
キリコの『愛の歌』に衝撃を受けた体験をもとに、マグリットが作家人生の中で「究極の愛のかたち」を描き続けていたこと。
『アサシン・メナス』だけじゃなくて?
マグリットの作品は「難解」だとか「意味なんてない」と考える人が多いんだけど、実は、ほとんどすべての作品に元ネタがちゃんとある。
一見、意味不明な絵に見えても、そこには計算された構図やストーリーが、ちゃんと隠されているんだよね。『アサシン・メナス』がマンテーニャの『磔刑図』を、かなりの忠実度で「再現」していたみたいに。
マグリットの絵は「何が見えるか」よりも「何が見えなくなっているか」が重要なんだ。
他のもそうなの?
じゃあ、最後にちょっと話しておこうかな…
マグリットの絵の楽しみ方を…
つづく
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