栗麻呂ノ暗号第3話あ

<ノーランと宮崎駿>最終章③「コンクリート・ロード」

これまでのあらすじ

1989年のロンドンから現代にタイムスリップして来た大学生クリストファー(19歳)は、自分が未来の世界で映画監督となっていることを知らされる。若くして数々のヒット作を生み出すその原動力は、少年期からの憧れ「宮崎駿」への複雑な思いだった。懐古的なジブリ美術館や安易な世襲を否定し、自身の作品内で宮崎映画を創造的に再現するという「俺のジブリ美術館計画」は、クリストファーの深い宮崎駿愛と、彼自身の目標でもあったジブリスタジオへの思いを込めたメッセージでもあったのだ。しかし、壮大すぎた計画は彼の作品に複雑で難解というイメージを与え、興行収入は減少の一途に…。おかえもんよりこれらの事情を知らされたクリストファーは、「俺のジブリ美術館計画」の封印と、込み入ってない映画作りを心がけることを決意し、1989年へと帰っていった。その直後、過去へと帰るクリストファーを止めようと、現在世界のクリストファーが現れる。1989年のロンドンへ戻るはずだったクリストファーは、時空の歪みによって、日本の山奥に飛ばされたのだ。そしてその場所で、ある親切な人物に窮地を救われる。その人物こそ、後に世界的巨匠となる宮崎駿。しかしその出会いによって、歴史は変わってしまった。クリストファーにとって、さらに悪い方へと…

前回はコチラです。

言わなくてもわかると思うけど念のために言っておくね。本シリーズはフィクション、つまり、おかえもんの妄想です。登場人物の発言は、実在の人物・団体の事実を表すものではありません。エンタメ作品としてお楽しみください。

せやけどあながち妄想とも言い切れんで。

信じるも信じないも、あなた次第や。

では、第3話の、はじまりはじまり…




1989年・夏

<シトロエン2CV車中>

ああ、本当に気持ちのいい風だ…

でしょう…

このあたりは、ほとんど天国ですよ。ずっと居たいくらいです。

宮さんは、このあたりの人じゃないんですか?

ええ。私の住まいは東京から西へずっと行った郊外にあります。

ウェスト・トーキョー…ですか。

はっはっは。

ハイカラに言ったら、そうなりますね。

ここ信州みたいに高い山に囲まれているわけではありませんが、首都圏の西を囲む多摩丘陵…マウント・タマの北端にあって、豊かな自然がまだ残っているところです。

(ここは信州という場所なのか…)

かつて縄文時代には…

ああ、「縄文時代」とは日本の石器時代のことです…

豊富に採れるドングリのおかげで、そこにはたくさんの集落が出来、ある種の文化圏を構成していたんです。自然と調和した生活文化ですね。今の東京中心部なんて、当時は海底だったんですよ。現代の日本人は、そんな泥みたいなところに町を作って暮らしているんです…

宮さんは歴史や文化に詳しいんですね。

日本人は長い歴史を持ち、文化を大切にしている民族だと聞きます…

本当にそうでしょうか…

クリス君は、日本は初めてですか?

え、ええ…まあ…

どうでした東京は?

ありとあらゆるところをコンクリートで固めて、その上に狂ったようにビルを建てていて…

暑くて、空気も汚くて、ゴミゴミしてて、うんざりしたでしょう。特にイギリスから来た人にとってはね…

あんなところ住めたもんじゃありませんよ。まともな人間の住むところじゃありません。人間をおかしくさせるところなんです。

コンクリートで固められた街…

狂ったようにビルが建てられ…

人間をおかしくさせる…




そしてそれは本来の姿ではなく、偽りの姿…


もうね、コンクリートごと地面を引っぺがして、折って畳んで捨ててやりたいくらいですよ。

地面を引っぺがして…

折って畳む…


(「Wave City Table」Mousarris )


なんて斬新なアイデア…

こんなこと思いついてもみなかった…


ん?

何か言いましたか?

い、いえ…ただの独り言です…

まあでも…都会はどこも似たようなものですよ…

ロンドンも…

確かにそうかもしれません。

私も去年イギリスやアイルランドを訪れたのですが、都会というのはどこも似たり寄ったりだ。でも、都市部からちょっと出るだけで、もうそこには美しい田舎が広がっていたんですよ。人も、風景も、流れる時間も、都会とは全く別の世界がね。

確かにヨーロッパはそうかもしれません…

だけど日本は、違うんです。

国土の隅々まで都会と同じようにしようとしているんですよ。

まったくいつから日本人はこんなにバカになったのか…

え?

どういうことですか?

あれを見てください!

向こうの山のを…

向こうの山…?

ああ、山と山の間に大きな橋を架けてますね…

高速道路でしょうか?

そうです!

あんなところに巨大なコンクリートの橋を作ろうとしているんです!

愚かにも日本人は、都心部だけでは満足せずに、郊外の山を削り、川や谷を埋め、コンクリートで何の色気もない一直線の道路を通し、コンクリートで「のっぺらぼう」の不気味な建物を大量に作りました…

高度成長という大号令のもとで…

・・・・・

そしてついにこんなところまで手を伸ばして来たんです!

自然の地形を無視したコンクリートの一本道を作ってね!

都会からこんな山奥まで来るためにですよ!

まったく、自然をバカにするのもいい加減にしろっていうんだ!

自分たちを何様だと思っているんですか!

でも…何のためにですか?

いったい彼らは何をしにこんな山奥まで…

その先のカーブを曲がったら、その答えが見えてきます。

正面に見える高い山の中腹に、それはあります…

このカーブの先ですね…


正面に見える高い山の中腹…

ああ、見えました…

なにか凄く大きな白っぽい建物がありますね…

なんですかアレは?

高齢者用の滞在型療養施設ですよ。富裕層向けのね…

都会の金持ちの年寄どもが、あそこで至れり尽くせりの余生を過ごすそうです…

ああ、なるほど。

欧米にも似たようなのがたくさんあります。

あそこまで豪華なものは滅多にありませんが…

ええ、そうでしょう…

日本にも施設自体は昔からありましたよ。特に「新鮮な空気」と「人里からの隔離」が必要な療養施設なんかはね…

日本のあちこちの山に、いくつもそういう施設がありました。もちろん今でもありますが…

でもね、昔の人は、あんなに威圧的な建物は作らなかったんです。山に寄り添う形で作られていましたよ。自然への畏怖を忘れずに、謙虚にね。

・・・・・

それがなんですか、あの巨大なコンクリートの塊は!

あんなに美しい山を削って、森を破壊し、下界を見下ろしながら我が物顔で立っているんですよ!

なにが「自然の中での療養」ですか!?

自分たちで自然を破壊しといて、よくそんなことが言えますね!

どこまで頭の中がボケてるんですかと私は声を大にして言いたいですよ!

宮さん…

あんな不細工なコンクリートの建物なんて…もう、ぶっ壊してやりたいですよ!

私がダイナマイト仕掛けて爆破してやりたいくらいです!

ば、爆破ですか…?


ポチっ



・・・・・


馬鹿な人間ごと爆破してやりたいですよ。

綺麗サッパリね…

いや…でも…

やめたほうがいいですよ…

そんなことしたら…

そんなことくらいわかってます。

冗談ですよ。

まあ実際は出来ませんから。逮捕されちゃいますからね。

でも、現実世界でなければ…

現実世界で…なければ…?

そう、現実世界でなければね…

・・・・・

すみません、ちょっと興奮してしまいました…

心配しなくて大丈夫です。

私は過激派とかじゃありませんから。

はい。わかってます。

宮さんは、いい人です。

まもなく農協スーパーに着いてしまうな…


心なしか鼓動が速くなっている…

この怒りの火を消さなければ…

クリス君…

ちょっと歌を歌ってもいいでしょうか?

ええ、どうぞ。

歌を歌うと、気持ちがスッキリしますからね。

ありがとう。

では、ご厚意に甘えて歌わせてもらうよ…

なんだったら君も一緒に歌ってくれたまえ。きっと知ってる曲だろう。一度は聴いたことがあると思う…


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いやいやいやいや!

ハナシ盛ってるでしょ!

いや、確かに歌った記憶が…

でもまあ28年も前のことなんで、いろんな記憶が混同している可能性も否定できない…

でも、『インセプション』のアイデアのいくつかは、宮崎氏の発言から得られたものだったんですね…

そうなんだよ…

しかしまだこれだけじゃないんだ…

もっと…とてつもない影響を彼から受けてしまうんだよ…

とてつもない影響…?

ゴクリ…

それは次回の講釈で。


ーー第4話へ続くーー


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