日の名残り第66話1

「サラ・ボーンのLOVER MANとパリの四月」~『夜想曲集』#2~カズオ・イシグロ徹底解剖・第66話

四つん這いで「犬」になりきり、「雑誌」に嚙みついていたレイモンド…

会議を切り上げ帰宅して、その姿を見てしまい、戸口で立ちつくすエミリ…

前回を未読の人はコチラ!

さあ、ここからが小説も解説も正念場だ。

お手並み拝見といこうか。

へ?

実を言うと、ここから「3つ」の物語が同時進行するんだよ。

み、3つ!?

「表向き」と「裏」のストーリーだけじゃなくて!?

そう…

まず「表向きのストーリー」は、こんな感じだよね。

レイモンドの「偽装工作」を目撃したエミリは、怒りを通り越してレイモンドに憐れみを覚える。そして一緒にワインを飲みながら、昔二人でよく聞いた音楽をかけた。ドイツ出張中のチャーリーから「二人で古い音楽の話はするな」と釘を刺されていたレイモンドは「この歌を知らない」と言い、エミリは激怒。レイモンドはその場を何とか取り繕い、テラスへ移動しエミリとチークダンスを踊る。

かなり噛み合わない会話が続いたよね、エミリとレイモンド。

確かに不自然な描写が多かったな。

第3のストーリーをかぶせたからやろか。

たぶんそうだろうね。

そして「裏のストーリー」は、「神ヤハウェ(エミリ)」と「ユダ(レイモンド)」の物語だ。

「昔の音楽」を嫌う「イエス(チャーリー)」の不在をいいことに、二人は「旧約談義」に花を咲かす…

これ以外にまだ隠された物語があるというのか?

第3のストーリーは、ある意味「本当のストーリー」かもしれない。

チャーリーやレイモンドが時折「涙」を流すのも、この「本当のストーリー」においてなら納得のいく説明ができる。

チャーリーの泣くとこ、意味不明やったもんな。

で、どんなハナシなの?

「本当のストーリー」って。

それはあとでゆっくり話すとしよう。

まずは「裏のストーリー」を片付けてからね…


台所の「ブーツ鍋」を見て呆然とするエミリに対し、レイモンドは正直に事情を話した。

すべては「秘密のノート」を覗き見てしまったことを隠蔽する目的で行ったことなんだと…

チャーリーから「中身を見たことがバレたらエミリは怒り狂う」と脅されたからだとね…

ああ!そうか!

十戒の石板が収められた聖櫃(アーク)の中を勝手に覗き見たら、神の逆鱗に触れるんだった!

『レイダース/失われたアーク』でも、皆殺しにされたな。

せやけどエミリは「勘違いやで」と言った。

その通り。

エミリがチャーリーに言ったとされる「金玉鋸挽きの刑よ!」とは、チャーリーが「もし俺が自殺したら、どうする?」と言ってきたことに対する返答だった。

あまりにもバカバカしい質問だったから、同じくらいバカバカしい答えをしただけだったんだね。

だけどレイモンドは、変な喰いつき方をする。

「チャーリーが自殺したら、ほんとうにやるの?死んでから?」

確かに変だよね。どゆこと?

これのことじゃないか?

ロンギヌス!?

イエスの死を確認するため、脇腹に槍を刺したローマの百卒長だな。

エミリは「チャーリーに自殺なんてしてほしくない」と語る。

そして昨日作った「ラムキャセロール(羊の鍋煮込み)」を一緒に食べようとレイモンドに提案する。

「天の父」が「子イエス」に「自殺してほしくない」って…

エミリはレイモンドと二人っきりになって、すっかり「昔モード」になってしまったんだな。

つまり「旧約モード」だ。

だから「羊の鍋煮込み」を食べようと言った。生贄はやっぱり「人の子」じゃなくて「羊」に限るってわけだ。

Laurent de La Hyre《Abraham Sacrificing Isaac》

イサクの燔祭か!

一気に疲労感に襲われたレイモンドは、居間のソファで仰向けに寝転び天井を見つめる。

そしてエミリは「ハイファイ装置」を操作し、サラ・ボーンの『ラバーマン』を流す…

「ハイファイ装置」っちゅう言い方も変やな。

普通「オーディオ」とか「ステレオ」やろ。

「Hi-Fi 装置」でなければいけないのだ。

何でやねん。

イシグロは「ハイ・ファイ・セット」のファンか?

ハイ・ファイ・セット《フィーリング》by Yuko

ん?

どしたの?

い、いや…何でもない…

きっと気のせいだろう…

「ハイファイ」とは「High Fidelity(ハイ・フィデリティー)」の略称で、「高・忠実性」という意味なんだよね。

これから流れる音楽は「偉大なる神の預言」なので「忠実に解釈しろ」ってことなんだ。

そーゆーことか!

そしてサラ・ボーンの『ラバーマン』が流れる。

《Lover Man (Oh, Where Can You Be?) 》Sarah Vaughan

レイモンドは約30年前の日々を思い出す。

エミリの部屋で一緒にレコードを聴き、音楽談義をしていた日々を…

つまりエミリは「旧約時代」を思い出させたかったわけだな。

あの時代はエミリにとっても黄金時代だ。多くの男に言い寄られていた。

『ラバーマン』って、どんな歌なの?

モンキー・D・ルフィみたいなゴム人間の歌?

都市伝説にもおったな、ゴム人間。

『ラバーマン』は、まだ見ぬ運命の恋人を「神様」に見立てている歌だよ。

へ!?

歌詞を見れば一目瞭然だよね。


『Lover Man』

written by Jimmy Davis
日本語訳:おかえもん

1番
I don't know why but I'm feeling so sad
I long to try something I never had
Never had no kissin'
Oh, what I've been missin'
Lover man, oh, where can you be?

何故だかわからないけど
悲しくてやりきれない
ずっと求め続けてるの
まだ見ぬあなたの口づけを
ああ、あなたが欲しい
愛する人よ、どこにいるの?

恋に憧れる歌であり、信仰についての歌でもあるってこと?

昔のラブソングやトーチソングは、だいたいそうなっていたんだよな…

信仰の歌にも取れる内容だと、かけてもらえるラジオ局が増えたんだ。

1950年代頃までのアメリカでは、ジミー・ウェッブの家庭みたいに「商業的ラブソング」を聴くことを「禁止」にしている家が少なくなかった…

そうだったね。

さて、『ラバーマン』の二重構造は、2番で「タネ明かし」される。

2番
The night is so cold and I'm so all alone
I'd give my soul just to call you my own
Got a moon above me
But no one to love me
Lover man, oh, where can you be?

肌寒い夜に、私はひとりぼっち
私の命を捧げたっていい
あなたを「私だけのもの」にできるなら
空からお月様が私を見てる
だけど私を愛してくれる人はいない
愛する人よ、どこにいるの?

どこが「タネ明かし」なの?

実は「Got」が「God」のことなんだよ。

just to call you my own
Got a moon above me

の部分は…

just to call you my own God
a moon above me

にもなるんだよね。

「私だけの神と呼ぶ」って意味が隠されているんだ。

なるほど!

それだと「where can you be?」がしっくりくる!

歌詞を書いたジミー・デイヴィスって、どんな人?

名前からすると、お約束のユダヤ系っぽくないけど。

彼は将来を期待された黒人の音楽家だった。

でも1930年代当時、黒人は白人社会で差別されていて、非常に苦労したんだよね。

Jimmy Davis (1915–1997)

隣のおねいさん、誰?

ビリー・ホリデイだよ。

『ラバーマン』は当時のジャズ界の歌姫ビリー・ホリデイをイメージして作られたと言われている。最初に録音したのも彼女だ。

ジミー・デイヴィス、めっちゃ嬉しそうやもんな。

ジミー・デイヴィスは幼い頃から音楽の才能で注目され、ジュリアード音楽院に奨学金で通わせてもらった。

そしてニューヨークの音楽界にデビューするんだけど、黒人だから仕事がもらえなかったんだ。そんなジミーにとって、ビリー・ホリデイは特別な存在であったろうね。

第二次世界大戦が始まり、ジミーは米軍に召集される。だけどジミーは拒絶した。

え!?

ジミーはアメリカ陸軍が「人種別の部隊」であることに抗議したんだ。

当時の米軍は人種別に分けられていて、黒人部隊は「最前線」で「危険な任務」に就かされると噂になっていた。白人の「弾避け」にされるんじゃないかってね。

だから「人種混合部隊」を要求したんだ。

マジですか!

実際、有色人種の部隊は、白人の部隊に比べて戦死者が多かった。

全アメリカ軍の中で最も高い死傷者率を記録し、最も多くの勲章を獲得することになった、日系人による「第442連隊戦闘団」は有名だよな。

当然そんな要求は認められず、ジミーは「徴兵拒否罪」で投獄される。

1944年の夏に連合国によってパリが解放されると、ジミーはフランス行きを画策し、アメリカ陸軍の招集を受け入れる。そして陸軍音楽隊の一員としてパリへと渡った。

パリ?

パリはアメリカに比べたら人種差別が少なかったのだ。

黒人音楽家でも活躍できる可能性があったわけだ。

コール・ポーターと似たようなパターンやな。

あっちは「同性愛者差別」を逃れるためやったけど。


そうだったね。

ジミーはポーター同様に戦後もパリに残り、音楽家として成功した。数多くの名曲を残したんだよ。

それは良かったな!

さて、小説に戻ろうか。

『ラバーマン』を聴きながら、レイモンドは解放感と安堵感に包まれる。

こんな風にね…

「ゆるやかなリズムに合わせ、ぼくは首を前後に揺すりながら目を閉じて、三十年近い昔を思い出していた」

出た!

イシグロの十八番!

『日の名残り』のパパ・スティーブンスと同じやんけ。

曲に聞き入ってたレイモンドに、エミリがワイングラスを手渡す。

エミリは「ビジネススーツの上にフリル付きのエプロン姿」になっていた。

なんでエプロン?

しかもフリル付き?

昔「ギルガメッシュないと」っちゅう番組があってな…

野坂なつみが胸を隠すために…

何の話をしてるのだ、子供相手に。

「スーツの上にエプロン姿」というのは、モーセの兄アロンから引き継がれている「大司祭の胸当て」のことを言ってるのだ。

ああ、これか!

お菓子詰め合わせ…じゃなくて宝石入りのやつね!

エミリは、チャーリーとのケンカや、レイモンドの錯乱に対して疲れたようなことを言い、ため息をつく。

そんなエミリをレイモンドは励ます。チャーリーはエミリに「首ったけ」だと。

エミリは「サラ・ボーン」を懐かしむ。

チャーリーは「古いミュージカル音楽」を嫌ってるから、エミリも聴くのは久しぶりだったんだ。

そしてレイモンドに尋ねる。

「ねえ、レイモンド。あなたは別バージョンのほうが好きでしょう?ピアノとベースだけで歌っているあれ」

レイモンドはチャーリーから「昔の歌の話はするな」と釘を刺されているので、「覚えてないな」と答える。

さらに「というか、いったいこの歌は何だっけ?」とまで言う。

エミリは激怒し、ほとんどパニック状態になってしまった…

ピピ~!臭います!

そこまで怒り狂うことか?

なんてたって「サラ・ボーン」の「別バージョン」だからな。

え?

「イシュマエル」のことだよ。

「サラ・ボーン」は「サラが産む」の駄洒落だったよね。

《The Expulsion of Hagar and Ishmael》
Adriaen van der Werff

「啓典の民」の始祖アブラハムには、正妻サラが産んだ子「イサク」の前に、サラが所有する奴隷ハガルに産ませた子「イシュマエル」がいたんだ。

だけど我が子イサクに長子の相続をさせたいサラは、ハガルとイシュマエルの追放を夫アブラハムに願う。

わずかな水と食料だけ与えられて追放された母子は、中東の荒野で生死の境をさまよった。だけどイシュマエルは神によって守られ、子孫を多く残し、アラブ人の始祖となる。

だから「神」にとっては、イサクもイシュマエルも平等に可愛いんだ。

だから「忘れた」なんて言われて激怒したんだね。

なるほど!

そういうことか!

さて、さっきまで烈火のごとく怒り、声を荒げていたエミリだったけど、急に優しい口調に変わる。

「ごめんなさいね、ダーリン…」と。

エミリはサイコパスなの?

ちゃうわ。バイブル通りのキャラなんや。

怒り狂ったり、優しくなったり、忙しいんやで。

レイモンドは再びチャーリーの話をする。

チャーリーがいかにエミリを愛しているかということをね。

そしてエミリはレイモンドに心の悩みを吐露する。

自分にはチャーリーしかいないということは頭でわかっているのに、どうしても外野の言うことに惑わされてしまう…と。

そして『ラバーマン』が終わり、『パリの四月』が流れ出す。

《April in Paris》Sarah Vaughan

エミリは「サラに名前でも呼ばれたかのように」ぎくりと頭を上げ、こう嘆く。

「嫌よ、レイ。あなたがもうこういう音楽を聞かないなんて、信じられないし、認めたくない。昔はよく一緒にレコードを聞いたじゃない。大学に来るときママが買ってくれた小さなレコードプレーヤで。あれをなんで忘れられるのよ」

なんだろう?

「名前でも呼ばれたかのように」って。

あれのことじゃないか?

1930~50年代の古い歌で「Paris(パリス)」が出て来たら、それは「Palestine(パレスチナ)」のことを言ってるケースが多いんだったよな…

せやけどそれは作者がユダヤ系やった場合やろ?

作詞はエドガー・イップ・ハーバーグだぞ。

正統派ユダヤ教の厳しい家庭に生まれながら、知性とユーモアを武器に数多くのヒットソングを書いた男だ。

Edgar "Yip" Harburg(1896 – 1981)

『オズの魔法使い』の主題歌『オーバー・ザ・レインボウ(虹の彼方に)』の人か!

彼はソングライターとしてだけではなく、様々な社会問題や偏見と戦ったことでも知られる。

弱者や少数者の側に立ち、論客として、行動家として活躍したんだよね。

格差・貧困問題、ユダヤ人問題、宗教問題、人種差別問題、ジェンダーや同性愛問題…

だから『虹の彼方に』はLGBT解放ムーブメントの象徴のような存在になったんだ。

じゃあ「ただの歌」のわけないな…

だね。

歌詞を見てみよう。


『April in Paris』

written by Edgar "Yip" Harburg
日本語訳:おかえもん

April in Paris
Chestnuts in blossom
Holiday tables under the trees

April in Paris
This is the feeling
No one can ever reprise

I never knew the charm of spring
I never met it face to face
I never knew my heart could sing
Never missed a warm embrace

Till April in Paris
Whom can I run to
What have you done to my heart?

まずは普通に訳すよ。

パリの四月
栗の花が咲き乱れる
祝日には樹々の下で
テーブルを広げて

パリの四月
人々は胸を高鳴らせる
後にも先にもない
最高の喜びに

春の魔法なんて全然興味なかったの
私には全く縁のないことだったから
だから自分がこんな風になるなんて
思いもしなかった
誰かに抱きしめられたいなんて
考えたこともなかったのに!

パリの四月に
私は誰のもとへ行けばいいの?
パリよ、あなたは私の心に
いったい何をしたの?

春に「とち狂った」女の歌やな。

パリの街路樹として植えられとる「Chestnut」は、正確には「クリ」やのうて、同じクリ科の「セイヨウトチノキ」や。

トチノキ?

ヨーロッパの街路樹に多い木だ。

フランス語では「マロニエ」と呼ばれる。

アムステルダムで屋根裏潜伏生活をしてたアンネが日記に書いた「アンネの木」としても有名だよな。

2010年に強風で倒れてしまい、現在はもう無くなってしまったが、株分けされた苗木が日本を含め世界中に移植されている。

そしてクリと同じような花を咲かせ、栗によく似たトチノミを実らす。

クリそっくり!

ちなみにトチノミは、第一次世界大戦において英国の対ドイツ戦勝利に貢献したことでも知られている。

トチノミがドイツ戦勝利に?

人類史上初の大量殺戮戦争となった第一次世界大戦では、膨大な量の火薬が使われた。

火薬の生産は生命線ともされ、各国は材料調達に頭を悩ませていたのだ。

そこでイギリスでは、火薬生産にトチノミの成分を利用した。食用には向かないトチノミは、いくらでも調達できたからな。

へえ~!そんな使われ方をしたんだ!

それを考案したのが、のちに初代イスラエル大統領となるハイム・ヴァイツマン博士だ。

火薬生産で英国に大貢献したことにより、パレスチナにおけるユダヤ人国家樹立の足掛かりを築いたんだよね。

なるほどな!

だけど「パリの四月」って、そんなにヤバいの?

女の人があそこまでとち狂っちゃうほど。

匂いが、そうさせるんや…

花の匂いがな…

匂い?

今はわからないかもしれないけど、君ももうすぐわかるようになる。

さて、『パリの四月』は表向き「官能のめざめ」を歌っているんだけど、本当の意味はそうじゃない。

「主の復活」の喜びを歌ったものなんだよね。

そうだろうと思った!

「April in Paris, chestnuts in blossom」が「パレスチナ」と聞こえるようになっている。

そして「in blossom」には「活力を得る」という意味もある。

だから「四月、パレスチナの地に再び活力が現れる」という意味になっているんだな。

イエスの復活、イースターか…

日付は年によって移動するけど、だいたい4月中にあたる。

西方教会における2018年の復活祭は「4月1日」だ。東方教会だと「4月8日」だね。

だからイップ・ハーバーグは「reprise(再現)」なんて言葉を使ったのか!

「No one can ever reprise」は笑えるな。

当たり前っちゅうハナシや。

イップ・ハーバーグのジョークが冴えわたってるよね。

彼は厳格なユダヤ教徒の両親のもとに生まれた無神論者でもあった。だから彼の書く歌詞は、ユーモアや風刺であふれていて、非常にユニークなんだ。

Cメロは、こんな風にも訳せるんだよね。

I never knew the charm of spring
I never met it face to face
I never knew my heart could sing
Never missed a warm embrace

人間が復活するなんて聞いたことがない
そんなもの今まで見たこともない
そんなことにこの私が
心躍らせるなんて有り得ないのだ
神に抱擁されたいなんて!?

無神論者が、ちょっとトキメキ感じてる(笑)

クスっとなるよね。

そして最後の部分はこう訳せる。

Till April in Paris
Whom can I run to
What have you done to my heart?

「復活の日」まで
誰を頼ればいいというのだ?
あなたは私に何をした?
私の心にいったい何を!

めっちゃハマってるやんけ(笑)

信じないとか言ってたくせに(笑)

面白いな、この人。

ウィットに富んだ歌詞を書く人だよね。洒落も効いてて愉快な歌だ。

「パリの春の歌」として聞いてるだけの人は、実にもったいない。

まあ、これまで解説した数々のスタンダードナンバーに言えることだけど。

1930年代から50年代のミュージカル音楽を作ったのは、ほとんどが「ユダヤ系」か「クローゼットの同性愛者」だった。

当時は社会的に差別されていた両者だから、劇中歌に様々な思いを込めていたんだよな。社会では面と向かって言えないことを。

なるほどね。

だから歌詞に「二重三重」の意味が隠されているんだ。

そういうことだね。

さて、エミリに「なんであれを忘れられるの?」と言われたレイモンドは、動揺してしまい、涙を目に浮かべながらテラスへと向かう。

夕暮れにレイモンドが外に出た時よりも、夜空の星は輝きを増していた。家々の灯りもまるで星のように見えた。

そして、後を追ってきたエミリは、ダンスを踊ろうと言う。

「フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースみたいに」と。

踊りながらレイモンドこんなことを思う。

ぼくはエミリをしっかりと抱き寄せた。エミリの服、エミリの髪、エミリの肌の手触りを、体中の感覚で受け止めた。そうやって抱きながらエミリの体重の増えぐあいを改めて感じた。

ラストシーンも、なんか臭うな。

レイモンドはユダで…

ユダが抱き寄せる相手といえば…

そうだ。

この絵のことだな。

《Kiss of Judas》Giotto

ぢょっと!ぢょっとぢょっと!

ジョットだ。

確かに全身で抱き寄せてる!

「輝く星々と家の灯り」っちゅうのは、松明の炎のことやったんか!

そして「Fred Astaire」は「A derf satire」のアナグラムになっていたと…

「とんでもない風刺文学」という意味だ…

エミリはレイモンドの耳元で囁く。

チャーリーと「やり直す」必要があると。

そして「あなたなしではどうすればいいの?」と訴える。

ユダがいなかったら、ちょ~困るよね!

メシアの預言を成就させられないもん!

レイモンドは「友人として大切に思ってくれるのは嬉しいけど、自分は役立たずだ」と言う。

エミリはレイモンドの肩を鋭く引っ張り「そんなこと言わないで」と言う。そして「そんなふうに言わないで」と繰り返し呟く。

必死やな。ユダ以外に「裏切り者」を引き受けてくれる奴はおらんから。

レイモンドは、踊り終えたら二人でラムキャセロールを食べ、その後に「エミリに怒られるだろうな」と考える。

改めて日記帳を見たエミリはきっと、レイモンドが「日記帳」に対して行った行為が決して「無害ないたずら」ではなかったことに気づくだろうと…

そして、不安を先延ばしにしたいレイモンドが、流れている『パリの四月』のバージョンが8分の長尺であることに感謝するところで、第2話は幕を閉じる。

これって…

イシグロ本人の談じゃない?

きっとそうだね。

旧約・新約の聖書をパロディにした自分に対する「メタ視点のジョーク」だ。

おもろいオッサンだな、イシグロも。

しかし隠されている「第3のストーリー」は、もっと背徳感ビンビンMAXだぜ。

び、ビンビンMAX!?

そこを理解することで初めて、なぜ第2話のタイトルが『Come Rain or Come Shine/降っても晴れても』なのか腑に落ちるんだよね…

そういえばそうだ!

なんで『降っても晴れても』なのか意味わからない!

最初から最後まで、ずっといいお天気だったし!

聞いたらマジ「おったまげる」ぜ。

おったまげ~!?

次回まで待てない!ヒントちょうだい!

ヒントか…そうだね…

キーワードは「シヴァ」とでも言っておこうか…

し、シヴァ!?



——つづく——



『夜想曲集』(@Amazon)
カズオ・イシグロ著、土屋政雄訳



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