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第102回天皇杯全日本サッカー選手権大会3回戦サンフレッチェ広島-横浜FC「Unforgettable」

本来だと金曜日には書き上がりだったのだが、諸事情で内容を全面的に入れ替えることになり土曜日に。その理由は後述するとして、トーナメントは不思議なもので、同じカテゴリーや上のカテゴリーの相手に勝ち負けすることより、下のカテゴリーの相手に負けた事はいつまでも印象に残っている(ダービーは特別)。横浜でいえば、無敗でJ2昇格を決めた2000年に愛知学院大学に敗れたり、初めてJ1昇格を決めた2006年にはバンディオンセ加古川に敗れていることは忘れないだろう。その一方で2016年はベスト16まで進んでいるが、大宮戦でゲーム終了間際のPKで敗れた事は家長のPK以外の89分は記憶からほぼ消えてしまっている。ジャイアントキリング感を訴えてくるこの天皇杯において、順当な結末や概ねあり得る結果は忘れさられてしまうのかもしれない。さらに、それがまだ現地に行っているのであれば何かのきっかけで蘇ってくるのだが、ハイライトだけだったりそもそも足を運んでいないといつの間にか記憶の片隅から消えていってしまいそうになる。だから自分は見た試合だけを文章で残し続けているのかもと、ふと夜更けに思い出してみる。

この試合も結果から言えば、上位カテゴリーのほぼ主力で固めた広島と仙台、新潟とJ2の首位攻防戦に出ていないメンバーで固めた横浜との対戦は広島に凱歌が上がる。傍目からすると順当も順当。5-0はやや上出来でもあるが、後半アディショナルタイムに立て続けに失点した記録を見て、集中力が切れてしまったのかな程度の記憶になっていくのだろう。

気持ちは違うところにあったか

前半10分ヴィゼウがボールと関係ないところで倒れこんでしまい結果的には交代を余儀なくされる。この瞬間、サポーターの頭には新潟戦の1トップは誰になるのだろうかと不安がよぎっただろう。サウロ・ミネイロが前節の仙台戦でイエローカードを受けて累積警告により新潟戦は出場停止。その代役になるのは、ヴィゼウと目されていたからである。今の横浜は、ブローダーセン、ガブリエウ、ハイネルで外国人枠4人のうち3人は決まり。残り1枠をFWの3人から選んでいる構図。クレーベは長く試合から遠ざかっており、今はサウロ・ミネイロが一番、次いでヴィゼウ。その2人が週末の新潟戦に出場できなくなるのではないかと、目の前の試合についてお留守になっていた。

ヴィゼウの交代からたった2分後右サイドを突破されて、折り返しを広島・森島にゴールを許して先制。全体的に横浜の選手は戻るのが遅く、広島の選手に先にスペースを使われいた。
人によると思うが負傷した人を見ると萎えてしまったり、闘争心が落ち着いてしまう人がいたりする様な気がする。アドレナリンの分泌が止まったりするのだろうか。サッカーに限らず負傷者が出るとその直後に、全体的に集中を欠くプレーがある気がしている。そういったものを感じつつ、熱い男ヴィゼウが退くことは暗雲立ち込めることを意味したのかもしれない。

雨のゲームは見ている側は屋根のない三ツ沢球技場においてはストレスを感じてしまうが、サッカーの中身は自分としては面白いと感じてしまう。選手のスキルを見定める良い機会である。ボールや芝が雨に濡れて滑りやすくなったりあるいは止まったりと想定したのと違う動きをする分、プレーが難しくなる。難しくなるから慎重になったり、普段と違う動作が求められる。その差が少ないのがスキルフルな選手でもあると言える。雨中の戦いでトラップしたらボールがずれて自分の足元から転がり相手に奪われる、パスをしても思ったよりスピードが出ずにカットされる。
狙いすまそうとすると足元が気になる。だから慎重にボールを置きたくなる。そうしている間に相手に詰められる。なぜ横浜がシュートを打てないのか。広島とのスキルの差があった気がする。

そのあたりを認識したのか、後半2点差になってから新潟戦欠場のサウロ・ミネイロを投入してカウンターに切り替えた。前半ヴィゼウ退場時に彼を入れることも出来たがそれをしなかったのは、後ろとのバランスで守備を破綻させないようにと考えていたが、展開的に点を返したいこともあり投入。

高塩をサイドに入れて、山谷を1トップからシャドーの位置に変更。スピードのある選手を前に残してチャンスを作り出そうとする。が、点差があって広島はラインを低めに設定して、横浜の攻撃を受け止めていく。後半は横浜が押し込んでいく展開だが、肝心なアタッキングサードでの精度を欠いた。

ふと考えた

この試合広島はほぼ主力選手を起用、横浜は直近の仙台戦のスタメンから全員入れ替えた。2回戦でもそうだったが、メンバーを落としたと考えてしまうのは仕方ないが、全員がハードワークを本気でしたら手が届きそうな目標を設定していたのかなと感じ始めた。ユースの選手は2種登録でトップチームに登録はされているが、さらに強いチームと戦うことで彼らの潜在能力を引き出そうとしていたのではないか。レベル感を合わせるのではなく、敢えて苦しい道を選ぶことで育てつつ、現有のトップチームの選手は今年だけでなく来年J1に上がった際にどんな戦いを見せてくれるのか。ゲームが壊れない程度のバランスを作りながらそれを考えていたのなら相当の策士だと思う。

とは言え、中村拓海が途中で出場して最初のプレーで警告をもらうのと、六反がPKストップしたところがこのゲームの横浜としてのハイライトになってしまったのは悲しい。

安永は父親にかなり強い口調で公開ダメ出しされていたが、自分もほぼ同意見である。予測をさぼっているのだろうか、自分が戻らなくても失点しないだろう、味方で奪える。そんな予測をしていてピンチを招いているのであれば、もったいない。攻撃でも迷いがあるのか、ボールをもらう前にどう決め切りたいのか曖昧で要所でパスカットもされやすい。老け込むような年ではないし、昨年J1から降格してしまったとはいえ、ほぼ1年ボランチで戦い続けた経験は血となり肉となっているはず。攻撃時に1人で攻め上がる特異な戦術を敷いているとは言え、多分多くのサポーターも期待しているからこその批判なんだと思う。J1広島との闘いは一種のカンフル剤でもあったと思うのだが、指揮官の頭を悩ませる結果になってしまった。

忘れてしまうのかなぁ

一気の3人選手交代をした後も失点を重ねてしまい、終わってみれば5-0の完敗。来年も見据えて、将来も見据えてJ1のクラブに立ち向かったが、結果は苦いものとなってしまった。どうだろう。この試合、週末の新潟戦に比べるともう終わったことと切り替えるのは仕方ない部分がありつつも、やっぱりJ1には勝てなかったねで終わってしまう気もする。これだけ2種登録の若い選手を起用した大会は横浜史上なかったはずだが、それでも記憶の隅に埋もれていってしまうのかもしれない。

人の記憶は頼りない。年を食えば記憶力も落ちる。以前年間チケットがスタンプ制だった頃に押してもらった試合の入場記録はあっても、記憶の大半は失ってしまっている。
この試合も首位攻防戦の間の試合でいつか忘れてしまうのかもしれない。5失点の大敗だったかもしれない。でも、選手は懸命に戦っていた。ミスもした。シュートも枠内に殆ど飛ばなかったかもしれない。反省点は多い。だとしても、試合はクラブの歴史である。広島の野上は横浜から巣立った選手だ。2018年横浜のJ1昇格を阻んだドゥグラス・ヴィエイラにまたしてもゴールを許した。そうした一つ一つのパーツを忘れずに残しておきたいと思う。

自分が書くのが遅くなったのは、旧知の横浜のサポーターが亡くなったことだった。ここ数年は顔合わせてはいなかったのだが、古くから知っている方だったので少しばかり思考が停止してしまう程だった。非常に温和で穏やかでスタジアムで会えば色々と気にかけてくれる方だった。人の半生を描く文章力もない自分には何もできないが、ここで数行書き記しておくことで誰かのどこかの記憶と記録に残っていたらと思う。

自分もいつか死ぬときがやってくる。もっと言えば、死ななくても書けなくなる時や試合に行けなくなる時が来る。そういう時に誰かが横浜の歴史をまた記し続けておいてほしいと思う。そんなことを思いながら、明日は新潟戦。忘れられない戦いになればと思う。


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