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親に会う権利

最近父と毎日やり取りしてて思うんだけど、父のイメージを作るのがすごく大変。

誰かと人間関係を継続させるときに、「この人は、こういう人」っていう、ある程度のバイアス(人物像)を持ってないと、そもそも付き合いが成立しない。

今日はいい人に見える、でも昨日は最悪だった。この人がどんな人かわからない。そういう状態のときって、自分も苦しいけど相手も、「麻美さんって態度がころころ変わるなあ」って思って付き合いにくいんだろうと思う。

母に言いたいことは、母にとって最悪な男だったかもしれないけど、子供は父と会う必要があるということ。母にとって最悪であることが、子供にとっても同じように最悪である場合もあるし、そうでない場合もある。

例えば、母を悲しませるようなことをした、という意味では、やっぱり駄目だなうちのお父さんは。と思うけど、一方で、私のことを愛してくれているんだな、私もお父さんがすきだなという感情は両立すると思う。

こういう価値観を両立させるには長い期間を必要とするし、離婚をしていない両親より、離婚をした両親を見て育つほうがタフなんだけど、でも、その分、人間力は開発されていくと思うんだよね。

人って多面体ですよね。

白とか黒とかで決められない。その人の中に清い部分も聖なる部分もあるけど、ずるくてあくどい部分もある。

その両方をみて、自分にとってどう付き合うか(遠ざけるとか絶縁するとかも付き合うのひとつの形だ)。それは自分で決めたい。決めるためには知る必要がある。

知ることはたまにつらいことでもあるけど、知らないままのほうがもっとつらい。

「あなたのお父さんは最低だった、あなたのことを捨てた」というところから、時間を動かしたいんだよね、子供って。それはお母さんのストーリーだから。

そんなことを思いました。

今後は、離婚した両親は共同養育していくことがデフォになっていってほしい。そしてそれが逆説的に離婚をカジュアルなものにしてくれると私は思う。カジュアルに離婚したほうが心が健やかだったりするし。

私は親のことを自分の判断力を用いて自分の責任で、ひととなりをを判断したい、お母さんのストーリーから降りたいんだ。降ろさせてもらえない時、それは虐待だ、って言われても仕方ないと思う。

それにしても。気づけば「あなたの父はあなたを捨てた」という衝撃的な宣言から30年近く経っていた。

20年前に再会して、私は本当に根気強く父と向き合おうとしてきたと思う。

それは、自分を取り戻すということでもあったと思う。

母の人生のわき役には、私はならないです。

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中島麻美

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メルシーダンケシェーン!!!
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具体的に幸せになる方法を示すものでは書いてないですが、文の中に、自分と、読んでくれた読者の方が、幸せになるようにと祈りを込めています。
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