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良質なSFとして:カズオ・イシグロ『クララとお日さま』

カズオ・イシグロの「クララとお日さま」の読書会に参加した。はじめて文学・小説というジャンルの読書会に参加したことになる。

「クララとお日さま」という話は、クララの視点で話が進むため、途中まで話の意味が掴みにくい。クララの知っていることを私たちは知らないし、クララの知らないことは私たちにはわからない。

下記の「ハウルの動く城」の解説動画は、そんな「クララとお日さま」を読むための良い補助線になる。この動画では、一人称で語られる物語の構造、世界線を再構築する価値などが語られている。

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「クララとお日さま」がSFであるかどうかは意見の分かれるところかもしれない。私自身はとても良質なSFだと思う。世界観に破綻がなく、「あるもの」としての社会が構築された上で、その社会で起こりえることを描いていると感じるからだ。

「クララとお日さま」を読んで、アーシュラ・K・ル=グウィンの「闇の左手」を改めて読み直したくなった。「闇の左手」についてWikipediaにはこんな記述がある。

大森望は書評で「文化人類学的な手法を駆使して、異星社会の歴史と文化をリアルに構築」した作品と評価した

確かアイザック・アシモフが言っていたと思うが、SFの基本的な要件のひとつとして「科学的な嘘は一つ。でもそこから空想を膨らませ、どのような社会がありえるかを破綻なく記述すること」がある。「クララとお日さま」は「闇の左手」と同様、その要件をきちんと満たしている。

ロボットものという意味でも「クララとお日さま」はとても正統的な位置にある。SF的な2つの問い「人工知能はいかに世界を認識するか」「人工知能は人間性という意味でチューリング・テストを通過できるか」が提示され、その問いに正面から挑んだ作品だといえる。

その意味で「クララとお日さま」は「人間性とは何か」を問う正統的なロボットものだ。「2001年宇宙の旅」のHAL9000で描かれた人工知能の自我、ロボット3原則とポジトロンというガジェットからロボットにまつわる複数の可能性の物語(エピソード)を描いたアシモフの「われはロボット」("I, Robot")を継ぐものといえる。

往年のSFファンの一人として「われはロボット」の中のロボットたちに続き「クララとお日さま」のクララが、とても人間的な存在として温かく描かれているのがとても嬉しい。

ちなみに、あまりにも私見だが、「クララとお日さま」におけるクララと店長さんの関係は「われはロボット」のロビーとロボット心理学者のスーザン・カルヴィンとの関係に似ている。「もしかしたら店長さんはロボット開発者(特にB2型の心理・認識機能の設計を担当)なのかも」と勝手な妄想をしてしまう。

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今回、読書会に向け、そしてSFとしての価値を感じるために、一歩踏み込んだ変則的な読み方もしてみた。実は長編読書会「独学大全」にも参加しているので、そこで記載されている技法を試してみたくなったのだ。

まず一度通読した。小説なので、そこはまずごく普通に読んだわけだ。

次に《転読》を試してみた。小説に転読? ちょっと邪道だとは思う。しかし、「独学大全」にもあるように「書物は変わらないが、読み手は変わる」。「クララとお日さま」読了した私も読む前の私とは変わっているはずだ。

《転読》して初めてこの小説が6章構成だということに気づいた。この小説の冒頭に「母・静子(1926-2019)をしのんで」と記されていることにも心が揺れた。

次に《掬読》を試してみた。小説で?と自分でも思う。なので、第1章の中から第2章以降に関係するエピソードを探すという変則型の《問読》ともいえることをしてみた。《ラミのトポス》を応用ともいえるかもしれない。

小説の読み方としては変則的だったが、最初に通読したときに気が付かなったことにいろいろと気づけた。そしてなんだか楽しくなった。

第1章を一通り読み直し、さらにもう一度全体を《転読》した。このことで自分にとって印象的なシーンやエピソードが章にどのように配置されているかという見取り図を得た。ぼんやりと構造のようなものが見えてくるような気がした。クララのみを通して語られていた物語の構造と仕掛けが浮かび上がり、さらに少しワクワクした。

《検索語みがき》や《シネクドキ検索》も少し使ってみた。「読書大全」に記述されている技法そのものとは少し異なるが、今回「クララとお日さま」はKindleで読んでいるので、なんだか検索を使ってみたくなったのだ。

たとえば【RPOビル】という単語は検索すると全部で29回出てくる。しかし本の中でRPOビルは重要な意味を持たない。説明もほとんどない。クララが最初にいたお店の向かいのビルの名前だということだけが記述されている程度だ。【RPOビル】は、その他のいくつかの言葉と同様、意味を持たない存在(ギミック)なのだ。

一方、【抱擁】という言葉は全部で10回ほど現れる。《検索語みがき》の《共起フレーズを集める》の観点でみると、多くのシーンで【長い】【つづく】という言葉が結びつけられている。シーン・エピソードとしても印象的だ。【抱擁】は【RPOビル】とは対極の象徴としてのギミックなのだ。そしてそのことこそが「クララとお日さま」が単なるSFというだけではなく良質であることの証左となっていると私は思う。

いずれにせよ、「独学大全」の技法を応用することで、私には「クララとお日さま」が幾重にも面白くなり、爽やかな読後感を得ることができた。


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Makoto Okada

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テーマ:セクターを越える。好きな言葉:幸せのハードルは低く。認知症フレンドリージャパン・イニシアチブ共同代表理事。GLOCOM客員研究員、富士通株式会社フィールド・イノベーター。 胸にきざむは退却ダマシイ、今日もテーマはあとずさり。