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短編・見張り職員

「それでは、まちがいのないように、しっかりやってくださいね」

「はい、わかりました。頑張ります」

 市役所に勤める典御さんは、新しく配属された事務所で大きくひとつ伸びをすると、「さぁ、やるぞ!」と気合いを入れました。真っ白な壁の清潔な職場で、働くのは彼一人。机も一つ。机の上にはノートパソコンと、黒くて立派な双眼鏡が一つ。五十五階、高さ200メートル。窓からは港と海が一望できます。

 市民局危機管理部情報収集課巨大生物警戒対策室室長。それが典御さんの肩書きでした。つまり、毎日ここから海を眺めていて、ゴジラが現れたら本庁に連絡する簡単なお仕事です。

 ある日、沖合に突然ものすごい水柱が上がりました。海面から頭を出した怪獣が両手で「バシャッ」とやると、船が二隻ほど爆発炎上して沈んでいきました。これは大変なことです。しかし、こういうときこそ落ち着かなければなりません。冷静沈着な典御さんは大きく一つ深呼吸をすると、双眼鏡でその怪獣をじっくりと観察しました。

「うーん、これは……。ゴジラじゃないな。この色と形、間違いない、レッドキングだ。ということは報告の対象外だな」

 そのあとレッドキングは、典御さんのオフィスのあるビルの横を通って街に向かっていきました。街は火の海、大きな被害が出たことはいうまでもありません。後日、上司が典御さんのオフィスにやって来ました。骨折したのでしょうか、左腕を白い布で吊っていました。

「……なんで、報告しなかったんだ」

「えっ、だってあれはゴジラではありませんでしたから」

「……わかった、もういい。済んだことだ。では次から、ゴジラに限らず怪獣が来たら報告しろ。わかったな」

「はい、わかりました!」

 ある日、また沖合に突然ものすごい水柱が上がりました。海面から頭を出したそれが両手で「バシャッ」とやると、船が四隻ほど爆発炎上して沈んでいきました。これは大変なことです。しかし、こういうときこそ落ち着かなければなりません。冷静沈着な典御さんは大きく一つ深呼吸をすると、双眼鏡でそれをじっくりと観察しました。

「うーん、これは……。怪獣じゃないな。この色と形、間違いない、メカゴジラだ。メカだから獣じゃない。ということは報告の対象外だな」

 そのあとメカゴジラは、典御さんのオフィスのあるビルの横を通って街に向かっていきました。街は火の海、大きな被害が出たことはいうまでもありません。後日、上司が典御さんのオフィスにやって来ました。顔に少し煤が付いていて、髪の毛がチリチリになっていました。アフロの人みたいだなあ、と典御さんは思いました。

「……今度はなんで、報告しなかったんだ」

「えっ、だってあれはメカゴジラでしょ。機械なので怪獣ではありませんでしたから」

「……わかった、もういい。済んだことだ。では次から、怪獣に限らず、何かこわいものが来たら報告しろ。わかったな」

「はい、わかりました!」

 ある日、またまた沖合に突然ものすごい水柱が上がりました。海面から頭を出したそれが両手で「バシャッ」とやると、船が八隻ほど爆発炎上して沈んでいきました。これは大変なことです。しかし、こういうときこそ落ち着かなければなりません。冷静沈着な典御さんは大きく一つ深呼吸をすると、双眼鏡でそれをじっくりと観察しました。

「うーん、これは……。この色と形、間違いない、海坊主だ。小さい頃からおばあちゃんの話でよく知ってる。なんだか懐かしいなぁ。海坊主は妖怪だからメカでも怪獣でもないし、なんとなく馴染みがあるからあまりこわくないや。ということは報告の対象外だな」

 そのあと海坊主は、典御さんのオフィスのあるビルの横を通って街に向かっていきました。街は火の海、大きな被害が出たことはいうまでもありません。後日、上司が典御さんのオフィスにやって来ました。全身包帯だらけ、車椅子を漕ぎながら。

「……一応、聴いておこうか。今度はなんで、報告しなかったんだ」

「えっ、だってあれは海坊主でしょ。妖怪だからメカでも怪獣でもないし、あんまりこわくなかったし」

「……わかった、もういい。期待した私が馬鹿だった。今度こそよくわかった。最後の命令だ。とにかく『普通じゃないもの』が来たら報告しろ。わかったな」

「はい、わかりました!」

 そして、ある日。ご期待通り、沖合に突然ものすごい水柱が上がりました。海面から頭を出したそれが両手で「バシャッ」とやると、船が十六隻ほど爆発炎上して沈んでいきました。これは大変なことです。しかし、こういうときこそ落ち着かなければなりません。冷静沈着な典御さんは大きく一つ深呼吸をすると、双眼鏡でそれをじっくりと観察しました。

 それは身長150メートルの、ごくごく平凡なスーツを着た、この上なく普通のサラリーマンでした……。


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