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『聖☆おにいさん』が笑って許されるのって、地味にスゴいことなんじゃないか?

”宗教”なんて、めずらしく真面目に難しいことを考えたら頭がパンパンになったので垂れ流す。

突然だが、私の叔父は牧師だ。
よって従兄妹家族は敬虔なクリスチャン・ファミリーである。
その点で、もしかしたら私は他の日本人よりはキリスト教を身近に感じているのかもしれない。

もちろん、クラシック音楽を志す上でキリスト教は避けて通れないものでもあるし、音大の授業でも学んだ。
その宗教の授業で聖書が必要になった際、切羽詰まっていきなり近所の教会に訪ねていったことがある。
(まさか宗教的な本が普通に書店で売っているとは思いもしなかったのだ…あ、このときはまだ書店員じゃなかったよ!)

そんな縁があってたまにその教会にお邪魔したり、クリスマス礼拝の一部で讃美として歌わせていただく機会にも恵まれた。
無宗教でノン・クリスチャンな私をも歓迎してくれる、教会の方々のあたたかさに触れたくて日曜礼拝に参加したこともある。
思い返せば小学生の頃、何も知らずに教会に遊びに行っていたこともあった。

そして先日、京都に叔父に逢いに行き、初めて叔父の教会の礼拝に参加して、叔父の説教を聞いた。
今まで食事前にお祈りをしている姿は何度も見たことはあったけども、それとはまた違った牧師モードの叔父がとても新鮮だった。
この日は”出エジプト記”で、移動式教会みたいなものを作る?ような内容の話だった気がする。(雑でごめん)

正直な感想としては、神が定めた守らなければならない律法が厳しすぎて無理ゲーだったのと、生贄が割と残酷だったのと、自己中心的に生きると呪われると書かれた聖書の言葉に、肩身が狭くなった。(私ってば、確実に呪われるので…笑)
まぁ誰にも不可能だし、律法を守れない罪深い我々の代わりに十字架に掛かってくださったイエス様ありがとう!ということなのだが。

ん~、難しい!

せっかくなので、礼拝が終わった後もキリスト教についていろいろ話を聞かせてもらった。
興味深かったのが、イエス様が起こした数々の奇跡は、科学的に証明はできないが否定もできないのだそうだ。
一見相容れなさそうな科学と宗教だが、科学者たちの中にも多くのクリスチャンがいるのはそういうわけらしい。
キリスト教を科学的に否定しようとして、深く調べているうちにいつしかクリスチャンになった者もいる。

ところで、日本ではクリスチャンが約1%しかいないと言われている。
典型的な日本人の例に漏れず無宗教な私は、聖書を読んでいるうちに頭ではなんとなく理解できるけど、あと一歩どうしても腑に落ちない部分があった。

それは、無宗教でありながら”八百万の神”という概念が日本人には根付いているからではないかと思う。
だって、この国には日本・中国・インド出身のスーパー神様ユニット”七福神”がいるくらいだもの。
これって冷静に考えたらやばくない?宗教の垣根、越えまくってない?

私はあらゆる自然や物にも神は宿ると教えられてきたし、亡くなったおじいちゃんがそばで守ってくれているとも信じたい。
逆に言うと、それで育ってきてしまった私は、どうしても”八百万の神の内の1人の神様”として、イエス・キリストを捉えてしまう。
(めちゃくちゃ罰当たりなこと言って、神様ごめんなさい)
こちらとしてはどの神様も素晴らしい存在だと思うのだが、一神教であるキリスト教やイスラム教だと、その考えはタブー(…どころかあり得ない話)なのだ。

そう思うとなんだかスッキリした。
我々パンピーの日本人は、イベントとしてクリスマスも初詣もハロウィーンもお彼岸もバレンタインも節分も楽しむ、世界的に見ると変な民族だ。
(イベントにかこつけてお店が繁盛するのだから、商魂たくましいとも言えるな)
だけど、それは多神教が根付いている無宗教な日本だからこその文化なのである。
宗教戦争が勃発するくらいなら、これくらいなんでもアリな方がよっぽどいいじゃないか。

話は逸れるが、実は武士にもクリスチャンが多いというのは面白い。
学生の頃、全然聞いてなかった宗教の授業でレポートを提出せねばならず、興味のある歴史と関連付けて”キリスト教がなぜ武士に受け入れられたか”を、無理やり死生観とこじつけて論じたところ、最高評価の成績を取ったことがあった。(※これは自慢です)
”メメント・モリ”と、”生きることは死ぬことと見つけたり(by.武士道)”って、なんか似てない?やっぱどっかに通ずるものがあったんじゃない?みたいなことを書いた気がする。

キリスト教に限らず、多くの人に受け入れられて現代に至るまで残された、歴史のある宗教はきっとどれも素晴らしいものなのだろうと思う。
ただ”宗教ミリしら”な私からしてみたら、”トップの神様とか言い方とかは全然ちゃうけど、極論おんなじこと言うてはるやん?”みたいなことが無きにしも非ず。

そういえば、イタリア人の友達(もちろんクリスチャン、しかもカトリック)が日本に来ると、神社や寺を観光しがちなので何かと宗教の話題になる。
今度からは”有神論的無宗教者(覚えたてほやほやの言葉)”の立場として、もうちょっとまともな話ができたらいいなぁ。

とは言ったものの、所詮私は食い意地の張った罪人に過ぎないので、どの宗教のイベントもウェルカムな日本に生まれてよかったなとつくづく思う。
だって、クリスマス・イブに頬張るチキン、初詣で寒さに耐えながら飲むあったかい甘酒、バレンタイン限定のチョコ、節分で黙って味わう恵方巻、ハロウィーン時期に溢れるかぼちゃのお菓子、ほとんどお彼岸にしか食べたことのないおはぎ…どれも楽しめちゃうなんて最ッ高!!

あ、勢い余ってタイトルにしちゃったけど、そんなわけで”聖☆おにいさん”が笑って許されるのって地味にスゴいんだよ。
イエスとブッタが友達な設定からして、多神教の日本ならではだし(笑)
あらゆる宗教的なネタが散りばめられているから、知っていれば知っているほど面白く読めると思う。知らなければ知らないで、意外と勉強にもなる。
機会があれば、ぜひ読んでみて(笑)



#キリスト教 #宗教 #神 #エッセイ #イベント #聖おにいさん  



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