平成のとんかつ プロローグ
表題。
ここまで書いてきたしっかり揚げ、たっぷりソースに辛子でお腹を満たす「とんかつ」とは一線を引き、
肉の美味しさを味わう「とんかつ」を勝手にそう呼んでいます。
社内外のいろいろな打ち合わせや、メニューや広告コピーにも使いました。
別の機会で書くつもりですが、社命の下で焼き鳥一本、玉ねぎ一個から大型ダイニングまで和洋中、東京から関西地区まで。たくさんのミッションにそれぞれ拘りを見出し携わってきました。
歴史ある社の業態のほとんどはアルコールを主体としたもの。様々な出店状況や条件でも昼夜と長い営業時間を考えれば効果的です、平たく言えば昼はめし屋、夜は酒場という感じですね。
ランチは低単価で高原価、夜はその逆ですが家賃が決まっていれば、知恵を使って体を張って営業することでみな利益を生み出しています。
そんな流れではありましたが、やがてじわりじわりと外食スタイルの変化を感じる事が多くなってきました。
デザイナーズレストラン、グルメなんて言葉がふだんの生活に浸透してきて、外食に様々な意味のファッション性が求められました。新規出店先のミーティング時にはその歴史が邪魔とされる事もありました。
しばらくしてスタイル、煌びやかな業態も落ち着いて歴史の大切さや培われたスキルや技術の安心安全にまた目を向けられるようになりました。
矢面に立ち正直落とされたり持ち上げられたり。
立場上いろいろな方々とお話しする事が多く、この20年ほどさまざまな打ち合わせや話し合いで繰り返されました。
こんな流れの7年ほど前の秋、ちょうど今頃です。社長から「とんかつ屋を作って欲しい」と言う命がありました。
専門店、食に特化した業態、事業構築へのチャレンジのひとつです。
味を含めたこだわりは一任されましたが、当然スペックを決めキックオフ前に社内承認は必須。
既に出店物件は既に決められいて、多摩川にも近い某駅近の住宅地に密接した30坪40席ほどの規模でした。
この時期にある食品会社のセミナー的なプレゼンがあり、その中での一品、低温調理されたローストポークに衝撃を受ける事がありました。
確かグリルとの比較だったと記憶しますが、真空低温ローストされロゼに仕上げられた豚ロース肉の香りと食感は無機質なテストキッチン横のテーブルながら鮮烈でした。
大袈裟ではなく豚肉の味を真摯に意識することになった一瞬でした。
「お腹を満たすとんかつ」から「舌を満たすとんかつ」へ。漠然としてた商品開発の指針が見えた時でした。
巷では味を看板にした多くの銘柄豚が登場し、「安心安全に安定(供給)と美味しい」が当たり前とされてきていました。
開発業務そのものが会社員らしい仕事ですが、そのため個人経営とは比較にならない多くの繋がりやスピード感が持てました、この役得には感謝しかありません。
程なく、さまざまな豚が社のテストキッチンに集められました。
舌に自信のある精鋭若手社員に声をかけ、銘柄を伏せたそれぞれは、綺麗なロゼに仕上げられたローストポークで試食会を行いました。
私の本命はありましたが数社のパートナーから提案されたこだわりの豚肉たちです、全てを平等に扱うための試食でもありました。
結局、私の本命は全員の一番人気。不思議なことに全て美味しい肉でしたが、不人気も全員が一致、中間は全くのバラバラという結果でした。
豚肉は私のこだわりに決まりました。
一方では私の日常は、多店舗展開している数社の営業店舗、個人の人気店などを廻るとんかつランチの日々に突入しました。
最終的には検索サイトなどでも都内でベスト3に上げられる山手線某駅のとある店を定点観測ポイントとし足繁く通いました。
この店舗について肉、パン粉や油など取引きのあるパートナーの方々にも伝え、さまざまな専門の切り口からも分析や情報を頂きました。
結局はインパクトが強く、魅力を感じた店舗のほとんどはほぼ個人店でした。
どの店にも共通していたのは
注文してから提供まである程度の時間を要すること、
揚げ物でありながら揚げ音がほとんど調理中に聞こえない、または全く聞こえないこと、
主人やおかみさんはストーリーある塩で食すことを勧めること、
美味しい豚肉の味、香りがとんかつで主張されていること、
内装環境が如何様でも総じて油臭を感じさせないこと、
ごはん、味噌汁と漬物がおいしいこと、
千切りキャベツはサラダのように自家製ドレシングで食せること、
そしてこれがまさに私の「平成のとんかつ」たち、でした。
続きます・・・・・・
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