引用

『「自分というもの(mein Ich)が感じられなくなった。自分というものがなくなってしまった。自分がずっと遠くへ離れてしまった。ここで先生と話しているのは嘘の自分で、本当の自分は手の届かない遠くへ行ってしまった。何をしても、自分がそれをしているという感じがない。身体も自分のものでないみたい。他人の身体をつけているみたい。何かを見ていると、自分がそれを見ているのでなく、それが向こうから私の目に飛び込んでくるみたい。だから私は外の世界にいつも完全に支配されている。以前は絵を見たり音楽を聴いたりするのが好きだった。いまは美しいということがわからない。絵を見ても色や形が混じりあっているだけだし、音楽もいろいろな高さ、いろいろな強さの音が並んでいるだけ。作品の内容も意味も全然感じられない。映画やテレビを見ていると、とても奇妙なことになる。一つひとつの場面はなんとかわかるけれど、場面から場面へのつながり、意味のつながりが全然わからない。まるでそれまでの場面となんのつながりもない新しい場面が次々出てくるみたい。時間の流れが感じられない。時間がずたずたに切り離されて、流れなくなり、せき止められて、たがいになんの関連もない無数の(いま>がめちゃくちゃに積み重なって行くみたい。自分というものも一瞬一瞬別の自分のよう。だからひとつにまとまった自分というものをもてない。
一瞬一瞬の自分は、薄っぺらで内容のない断片で、自分のみたいなもの。それがどんどん積み重なって、とても良かった前の本当の自分がその下積みになって遠くなり、見えなくなってしまう。』

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?