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自宅という日常から見送る選択肢をつくりたい~20代起業家が立ち上げた葬儀社「自宅葬のここ」~

現役大学生の前田陽汰さんが、自宅葬専門葬儀社「自宅葬のここ」を立ち上げています。昔ながらの葬儀というイメージが強い自宅葬を、20代前半の若者が提案するのはなぜなのでしょうか。自宅であれば家族や愛するペットとゆっくりお別れできるとし、「お金をかけるよりも、手をかけましょう」と呼びかける前田さんに、自宅葬の魅力やお別れにおいて最も大事なものは何かを伺います。

「終わり方」の重要性に気づいた海士町での経験

私が亡くなることを含めた「終わり方」や「畳み方」に注目するようになったのは、高校生の頃です。私は大好きな魚釣り中心の高校生活を満喫するため、親元を離れて島根県隠岐郡海士町の高校に入学しました。いわゆる過疎地で生活するなかで、存続の岐路に立つ集落を間近に見るにつけ「より良く畳むこと」の重要性を感じるようになりました。

一般的に、地域が存続することや経済成長することは良しとされます。しかし右肩上がりの成長には限度があるのではないか。役目をまっとうしたものの上手な畳み方を考えることは、成長と同じくらい大事なことではないかと考えたのです。

地域の畳み方について学術的な側面から探求するため、高校卒業後は慶應義塾大学総合政策学部に進学しました。在学中に介護・福祉分野で働き、介護関連の資格を取得します。また、大学進学と同時期に「地域をより良く畳むには」というテーマでNPO法人ムラツムギを立ち上げ、「変化にもっと優しく」とビジョンを掲げています。

人生の畳み方に関する事業もスタートさせた

株式会社むじょうが運営する「葬想式」のサイト。3日間の追悼サイトで、故人の写真やエピソードを共有できる。アップされた写真やコメントは、アルバムにすることも可能。

地域だけではなく、人間個人の人生のしまい方にも関わっていこうと、2020年には大学に在学しながら株式会社むじょうを起業しました。むじょうでは、葬祭関連のインターネット事業、葬儀業界に特化したクリエイティブ事業、死から生を問い直すイベント事業などを立ち上げ、死や葬儀をテーマとした展開をしています。

そんななかで2022年に立ち上げたのが「自宅葬のここ」です。首都圏を事業範囲とし、故人が住み慣れた自宅での葬儀をプロデュースしています。スタートして半年ほどで、これから本格的に集客のための取り組みを実施していきます。

島で経験した「組」が仕切るの手作り葬儀で人とのつながりを再認識

自宅葬ブランドを立ち上げたきっかけは、大きく2つあります。1つは、海士町での葬儀体験です。海士町では学生寮に住んでいましたが、寮生には一人につき一家庭の「島親」がつき、島での生活をフォローしてくれる制度がありました。私は毎週のように島親さんのところへ通い、美味しいご飯をごちそうになったり、畑や田んぼの手伝いをさせてもらったりしていました。

その島親さんが高校2年生の冬に亡くなり、自宅で葬儀が行われました。自宅葬に参列するのは初めてでしたが、今の私の事業につながる得がたい経験をさせていただきました。島の自宅葬は受付などの手伝いがみな親族やご近所さんで、その場にいる全員で葬儀を作り上げます。そしてそこには、故人と関係のあった人たちが集うことで、みんなの関係性を再確認する空気が確かにありました。

私も「きみは故人の島子さん?」と声をかけてもらうなどして、故人を中心としたつながりの一部であることを実感できました。もちろん島親さんにもう二度と会えないという悲しみはありましたが、皆さんと新たな関係を得、まるで故人が関係性を紡いでいってくれたように感じたものです。

きっと、自宅という究極にプライベートな場に集まっているからこそ、「ここにいる人はみんな故人と親しい人」という共通認識が生まれ、初めて会う人が話しかけてくれたのかなと。式場での葬儀だったら、そうはならなかったと思います。自宅葬っていいなと感じました。

訪問介護の現場で自宅葬の必要性を実感

自宅葬を手がけたもう1つのきっかけは、訪問介護での経験です。自宅での介護をお手伝いさせていただく仕事をしていて、自宅での介護や看取りがいかに家族の負担になるかを学びました。家族は負担を承知で、自宅での介護や看取りにこだわりを持って取り組みます。

しかし看取ったその後は、ほとんどの人が式場での葬儀を選びます。それは自宅葬という選択肢を知らないからなのではと感じました。自宅葬はもはやスタンダードではありませんし、葬儀社も当たり前のように式場葬として段取りを進めます。しかし、自宅介護、自宅での看取りにこだわった遺族なら、自宅葬を選択肢として提示すれば「ぜひ」と言うかもしれない。それで、自分が葬儀社を立ち上げるなら自宅葬にこだわろうと考えました。

実際、自宅葬のここについて説明すると「そんな選択肢があったんだ、知らなかった」「知っていたら、自宅葬を選んでいたのに」というお声をいただくことが多々あります。とくにマンション住まいの人は、自宅で葬儀ができるなど考えも及ばないでしょう。選択肢として自宅葬を知ってもらうところから始めたいと、訪問看護師や医師に情報を提供しているところです。

自宅葬ならお別れのための時間と空間をたっぷり提供できる

「自宅葬のここ」サイトトップ

自宅葬のここには、1つのプランしかありません。「梅・竹・松」などと複数のランクを用意すると、ご遺族はお別れの内容そのものではなく、見積もりと向き合う時間が長くなってしまいます。あくまで基本料金は固定とし、お別れの内容をご遺族と一緒に決めていきたいと考えています。

基本料金は43万8000円で、棺やご遺体の搬送料金、ドライアイスでの処置など遺体保全費用、ラストメイクや最後のお着替えなど、お別れに必要なものを含んでいます。火葬料金は火葬場によって違うので別途とし、特別な飾り付けが必要であればオプションとなります。

自宅葬のここが大事にしているのは、お別れの時間と空間の提供です。葬儀といえば儀式そのものを「お別れの時間」として認識している人が多いと思いますが、自宅葬では出棺まで自宅でご安置するため、逝去から火葬までの数日間が全て「お別れの時間」となります。故人とともに過ごす時間をたっぷり作ることで、実感を伴ったお別れができるようにしています。

また、葬儀の内容やお部屋の飾り付けをともに考えるなどして、遺族にも主体的に葬儀の場作りを体験してもらいます。葬儀の内容としては、故人へお手紙を贈る、みんなが棺にメッセージを書くなど。飾り付けとしては、故人ゆかりの品を棺のまわりに飾りつける、想い出の写真をたくさんレイアウトするなど。お別れの空間を遺族自らが作り上げるのです。

究極のホーム感が自宅葬の強み

棺の上部にアタッチメント(オプション)をつけ、思い出の品を飾れば祭壇は不要。自宅の狭い空間でも十分お別れができる

自宅葬の最大のメリットは、ホームであるということです。自宅というのはいわばホームで、式場はどうしても慣れない非日常な空間でアウェイになってしまいます。アウェイでは必要以上に周りに気を遣ったりと、振る舞い方を考えてしまいます。すると故人とのお別れに集中することがなかなかできません。

例えば、式場なら喪服でいなければならないし、ペットを連れ込むことも難しい。しかし自宅葬だったら、平服を選ぶこともできますし、ペットも一緒にお別れできます。自宅葬なら、ご遺族にとって最も居心地のいい空間で、余計な気遣いをすることなくお別れに集中できるのです。

また、自宅葬であれば、故人と向き合う時間を長く取れます。式場での葬儀は、なかなかそうはいきません。安置施設によっては面会一回につきいくらと料金設定されているところもありますし、安置料金の節約からご遺族が「なるべく早く葬儀をしたい」と考え、あっという間に火葬となってしまうケースも少なくありません。時間の使い方の幅が広がるのは、自宅葬ならではのことです。

ただ、自宅葬は大きな祭壇を設けませんので、スタンダードな葬儀をしたい人には向きません。また、自宅はどうしてもスペースが限られ、「みんなでお別れを」という人にも向いていないため、注意が必要です。

「きちんとお別れできた」納得感が何より大事

葬儀に関わる事業を展開していく中で、故人とのお別れにおいて一番大事なのは、個々人が「きちんとお別れできた」という実感を得ることだと感じています。何をもって納得できるかは、人それぞれです。よって、「この人は、何をしたら『しっかりお別れできた』と感じるだろう」と考えながら、日々仕事に取り組んでいます。

満足なお別れをしてもらうためには、遺族の話を聴くことしか方法がありません。ただ、「どんなことをすればしっかりお別れできるか?」と直接的な質問をしたところで、答えは出てこないでしょう。自宅葬は、どんなお別れが故人と遺族にとって最適なのか、じっくり考える時間をくれる形態でもあると思います。


『若者のための死の教科書』


若者のための死の教科書
『若者のための死の教科書』

前田さんを含めた4人の若手起業家・芸術家が死についてそれぞれの立場から語った書籍。宗教学者・島田裕巳氏との勉強会から生まれた。前田さんに渡されたテーマは「死は限りなく美しい」だが、前田さんは死を安易に美化することに抵抗感を持つ。死にまつわる自身の経験を打ち明けながら、テーマを昇華させていく文章が見事。(青文舎)


前田陽汰さん プロフィール


前田陽汰さん

2000年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部在学中。2020年に株式会社むじょうを設立。3日で消える追悼サイト「葬想式」、自宅葬専門ブランド「自宅葬のここ」の運営といった葬祭関連事業のかたわら、死んだ父の日展、棺桶写真館などのイベント事業を手掛ける。


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