かざぐるま

 風と回るもの。扇風機、換気扇、風車、つむじかぜ。でも、今日君に話してみたいのはかざぐるまの話なんだ。

 知ってるよね?かざぐるま。漢字で書いちゃうと「ふうしゃ」とおんなじだからひらがなで書くけど、あのふぅーって吹くとクルクルと回るおもちゃのこと。早く回れば回るほど羽に塗られた二つの色が一つになっていく。あのかざぐるまのことなんだ。

 こうやって僕はかざぐるまのことを説明できるのに、僕はかざぐるまをちゃんと見たことがあるのかな。正直よく思い出せない。たぶんきっと本当は見たことがないんだって知ってる。かざぐるまは今、僕の思い出であって、概念みたいなものなんだと思う。

 僕が生まれ育ったのは、石巻の街中から東に少し走ったところ。君は知ってると思うけど、北上川の向こう側、そう川向こう。その中でも奥の方で、家から学校までの道の間に、そのかざぐるまがあった。三角屋根で外壁は真っ黄色なお菓子屋さん兼食事処の名前だよ。それがかざぐるまだった

 物心がついた時には当たり前のようにあった場所。初めてお小遣い制になったときには1ヶ月分のお小遣いを1日で全部使ってしまったこともあってさ。その頃からお金の使い方が下手だったんだって思い出すと笑えてくる。

 その店は〝おんちゃんとおばちゃん〟が二人でやっていて、あんなに毎日行ってたのにあんまり顔が思い出せないから人って悲しい。

 それでね、この店の看板メニューの名前なんだけど、えっとね、「チョイス」って名前。不思議な名前でしょ?ほとんどお好み焼きみたいなものなんだけど、その中身をお客さんが選べるから「選ぶ」で「チョイス」ってことみたい。僕はチーズが好きでよく頼んでてさ、なんとそれで100円なんだよ?どうやって商売成り立ってんのって子どもながらに思ってた。

 それからさ、中学を卒業して、高校に入ったら朝は早いし、夜は遅い。そうなるとあんまり行かなくなっちゃうんだよね。そう、僕らは時間とともに生活が変わるけど、店の二人は変わらない。時間がずれていくことを二人はたぶん寂しく思ってたんじゃないかなって今は思う。

 それでもさ、時々立ち寄ると100円のポテトしか頼んでないのに、焼き鳥とか色々つけてくれて「元気か?」って。そんなんやってたらもうかんないよって言っても関係ないんだろうね。実際、僕が高校を卒業するかしないかって時に潰れちゃった。

 今はさ、建物もなくって更地になってそこに誰のだか分からない家が建ってる。今の子どもたちは店があったことも知らないんだろうね。

 今、お酒を飲めるようになって、寂しいなって思うのが、みんなで、おんちゃんも一緒は恥ずかしいから仲のよかったみんなで、かざぐるまで飲みたかったなって思う。あっ、やっぱりおんちゃんも。

 でも、やっぱり顔も思い出せないし、名前だって「おんちゃん」って呼んでたから思い出せるはずもないんだ。もしかしたら屋根だって三角じゃなかったかもしれないし、壁も黄色じゃなかったかもしれない。でもね、確かにかざぐるまはあって、小さな僕らは風みたいに店に入っては出て、また次の日に入っては出てたんだよ。

 かざぐるまは回り続けていると本当の羽の色は見えないんだ。二つの色が混ざっちゃうから。止まった後に見えてくるものがあるから、人はなんでいつもそうなんだろうって思う。

 たぶんきみと僕もそうなんだろうね。止まって今、風なんか吹いていないって知ったし、本当に欲しいものなんてないんだって知った。

 知ってる?かざぐるまのこと。ふぅーって吹くとクルクルと回るおもちゃ。あれね、時計とおんなじで必ず同じ方向にしか回らないんだってさ。

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