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あんクリ小説版/いろり庵のあすかさん-14【#あんクリ製作委員会】

「あんみつって、今はもうやってないですかね」

レジの前、男性が尋ねた一言に、私は一瞬固まってしまった。

———あんみつ。
おばあちゃんがいた頃に夏限定で提供していた、いろり庵自慢のあんこをたっぷり使った一品。

扱わなくなってしばらく経った、しかも1年のうちの限られた時期にしか提供していなかったそれを、覚えていてくれた人がいたなんて。

「申し訳ございません。あんみつは今は扱っていないんです」

「そう、ですよね。
メニューからなくなってるから、そうなのかなとは思ったんですけど。
じゃあ、あんこのたい焼き4つください。
1つは店内で、3つは持ち帰りでお願いします」

「かしこまりました。お席までお持ちいたしますので、おかけになってお待ちください」

あんこを4つ。
1つ店内で食べて、さらに3つ持ち帰るなんて、それほどうちのあんこの味を気に入ってくださっているのだろうか。

少し疑問に思いつつ、私は準備に取りかかった。

***

「お待たせいたしました。
お持ち帰りのたい焼きはこちらに置かせていただきますね」

「ありがとうございます。
………あの、」

「はい?」

「僕が子どもの頃に来た時は活発な感じのおばあちゃんがいた気がしたんですけど、おばあちゃんは今は……?」

「先代は私の祖母だったのですが、2年ほど前に亡くなりまして。
今は私が引き継いでやっているんです」

「そうだったんですね。
昔、この辺りに住んでいた頃に母に連れられてよく来てたんですけど、あんみつがすごく好きだったんです。
おばあちゃんがとてもいい笑顔で出してくれてたの、今でもよく覚えてるんですよ」

男性は、懐かしそうに顔を綻ばせて話す。
大切な思い出なのだということがとてもよく伝わってくる、柔らかな表情だ。

「今は遠方に住んでいるのでなかなか来られななかったんですが、最近、母が体調を崩して久々に実家に戻って来て。
ここのあんみつを思い出して、食べたくなったんです」

でも、子どもの頃はあんみつばっかり食ってたけど、たい焼きも美味いな。
そう話しながらたい焼きを口に運ぶ男性を見て、私も思わず頬が緩んでしまった。

「……私も、祖母が作るたい焼きが大好きで、祖母の味を守りたくて、店を継いだんです。
今はたい焼きのみの販売ですが、よろしかったらまたいらしてくださいね」

「母が元気になったら、また一緒に来ます。
家内も連れて来たいな」

おばあちゃんがいた頃のお客様がいろり庵の味を覚えていてくださって、また食べたいからとわざわざ足を運んでいただけただけでなく、ご家族も一緒に来たいと言っていただける。

こんな奇跡のようなことがあるだろうか。
お店が終わってお仏壇に手を合わせる時、必ず報告しなくちゃ。

おばあちゃんが繋いでくれたご縁は今も残っているだけでなく、広がろうとしているよ、って。

***

13話を書くにあたり久々に過去のお話を読み返したところ、原作者のりようさんが書かれた小説版の3話にあんみつの話がちらりと出てきており、そこから思いついたのがこの14話です。

たい焼き屋さんを舞台にした小説でありつつ、いろり庵でのエピソードを中心にしたお話はあまりなかったな、と思ったところもあり、あすかさんとお客様に焦点を絞ってみました。

(あんみつについての記載が気になった方は、ぜひ3話も読み返してみてください…!)

最後までお読みいただき、ありがとうございました☺️


*「あんこちゃんとクリームくん」作品集


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