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播州織のスカートを毎日制服にして暮らしたくなった


丁寧に作られたモノが好きなのに、

どうして私は手芸ができないんだろう。


特に着るものは、

私を古くからよく知る人なら

いつも小汚い服を

全くこだわりなく着てるように見えるだろうが、

(実際そうなのだ)


実は私はこだわりがゴリゴリ強過ぎて、

市販品では見つからなかったり、

あったとしてもすごく高価だったりする。


自分で欲しい服を作れたらどんなにいいか、

と思い立つこともある。

「絶対超簡単切ってほとんど真っ直ぐミシンで縫うだけワンピース」が作れる本を買い、

好みの生地を買い、

高知の家の押入れの中で

つい最近まで、じっくり2年熟成させていた。


熟成された生地は、

ようやく私の周囲で発見された

大変親切で手芸上手なママ友の手により


依頼した翌日には

完成品プラス

端切れで作った可愛いコースターが4つになって、

届けられた。なんという粋なサプライズ。


絶対手芸できる族とその他族で

脳の何かが違う。

(姉や妹も手芸族だが、

同じ親から産まれても違う族になるのは、

なんでだ。)


私はクッキーでもないのに、

生地を寝かせてしまった。

しかも2年も。

カビなくて良かった。

熟成してカビていいのはチーズだけ。

私はミシンがどうしても、使えないのだ。

使うためには教習所にいかないと。

ミシンも電動ノコギリも

その速度感がおそろしく

学校の授業で使いこなせなかった私が

今、車に乗れるのは教習所にいったからである。

たまに我に帰ると

自分が運転してるのがファンタジーに思えて、

少し危険である。



自分の苦手は誰かの得意なのである。


私のこだわりが詰まった服は、

私では作れない。

もう頭を下げてお願いする一択に決めた。


私の服へのこだわりっていうのは、

物語を感じる、とか、着てて気持ちいい、

とか

背景まであることなのかもしれない。


作ってもらった服は、

だからずっと着る。

作った人が親しい人なら尚のことだ。

私の妹がくれた自作のシフォンのスカートも、

よそ行きにとってある。

前述の2年熟成生地ワンピースは、

多分

一生着るだろう。


そんな私が、

最近、播州織のロングスカートなるものを

買った。

播州とは兵庫県は播磨地方。

父のふるさとのあたりである。

父のふるさとより少し北にある

西脇市は播州織物の産地で、

今治タオルや燕三条の金物のように、

地域ブランドとして衣類などの布製品を

通販や生協などで売り出している。


私もそのスカートを通販で見つけて、

一目ぼれした。

いつか播州織の何かが欲しいとは思っていたのだが、

ピンとくるのは初めてだった。


伝統のものが好きだし、

自分の直接のふるさとではないが、

自分に馴染み深い地域のものを

身につけるのは楽しい。

ウェストゴムだし(←重要)

柄も形もシンプルで長く着られそう。

もう、えいっと買ってしまった。


果たして、

もうこのスカートを制服にして暮らしたくなっている。

子どもが巣立ったら、

秋冬は

父方の祖母が縫ったウールの着物を普段着にくわえて、

このスカートと、友達が作ったワンピースと、

もう、それを着て生活しよう。

と思えるくらいである。シンプルで楽しい。


薬を服用する、

という言葉は、

昔、様々な植物を原料につくられた

服を身にまとうこと自体が、

治療だったことに由来するという。

私に合った服は、

私の薬にもなる。


自分の心に合ったものを

日々身につけられるのは

幸せなことである。



















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