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おのみものやのねこ

おうちに帰ると、おのみものやのねこがいた。
のどがかわいた僕が、カフェラテをたのんでみると・・・

ラジオ『おはなしのすずらん』です。
おうちにいる時間がもっと楽しく素敵になるような、心がほっこり柔らかくなるオリジナルのラジオドラマを作っています。
note:note.com/ohanashi_suzuran
Twitter:https://twitter.com/ohanashisuzuran

『おのみものやのねこ』


「ただいま〜!あ〜暑かった・・」
「おかえりなさい」
「え?」

よく晴れた夏の午後、おうちに帰って水を飲もうと台所に行くと、大きい猫がいた。知らない猫だ。
もっふりとして、やわらかそうなしっぽがフニフニと揺れている。

しかも、なにやらたくさんのポットやグラスやソーサーがダイニングテーブルに並んでいる。いつものテーブルが、喫茶店のカウンターみたいだ。窓の外の白い日の光が反射して、ぴかぴかのグラスが眩しい。

「どうしたの?きみは、どうしてここにいるんだい?」
「私はね、お飲み物屋さんなんだよ。いつも色んなところでお飲み物をお出ししててね、今日はたまたまきみんちにきたの」
「うわあ、しゃべれるんだね・・・」
「まあ、おすわりよ。と言っても、きみんちだけど」
「むちゃくちゃだなあ」

なぜか、怖いとか、出て行ってほしいとかいう気持ちにはならなかった。
それよりも、もっとこのふしぎな猫とおしゃべりしていたいと思った。

「お外は、暑かったね。お飲み物をどうぞ。なにがいい?」
「そうだなあ、、どうせならいただくよ。とにかくのどがカラカラだから、冷たくて、甘くないやつがいいかな」
「かしこまりました」

猫は慣れた手つきでガラスのコップに氷を入れた。冷えて曇った銀色のポットから牛乳をトクトクと注いで、その上からコーヒーをトポトポトポ・・・・。
氷がカランと音を立てて、コップの中を泳ぐ。いつか水族館で見た、とんでもなく大きな魚のようにゆっくりと。

白が下、茶色が上の二層に分かれる。逆さまに見た曇り空の砂漠みたいだ。そのグラスを、猫は短いおててをシャッと伸ばして、目の前に出してくれた。薄い水滴に肉球のかたちの跡がついていて、ちょっとかわいい。

「カフェラテでございます。ミルクは多め、これはわたしの趣味だね。」
「ありがとう・・・器用だね」
「猫はね、だいたい器用なの。『ねこのてかりたい』って、君たちだって言うでしょ」
「あはは、そういう意味だったっけ。いただきます」

カフェラテを一口のむと、珈琲の香ばしい香りが口いっぱいに広がった。氷の尖った冷たさや珈琲のつんとした苦みが、たっぷりのミルクに包まれて、優しくまろやかに喉を滑り落ち、染み渡って体を冷やしていく。
「・・・美味しいねえ」
「なかなか、上手でしょ。
わたしはコーヒー飲まないけど、、きみのお口に合って嬉しいよ」
猫はそう言うと、おひげをピンと立てて嬉しそうにした。

しかし、本当に美味しい。次の一口はさっきよりもミルクが多めで、そのまんまでも美味しそうな牛乳に珈琲がふんわりと香るのはなんだかとってもおしゃれだ。

「なんでお飲み物屋さんになったの?」
そう聞くと、ねこは嬉しそうに目を細めた。
「ずっとあこがれだったんだよ」
「へえ?」

「コップとかグラスとかでお飲み物をのむのって、いいじゃない。
のどがかわいたときとか、ちょっとひとやすみのときとか、おつかれさまとかありがとうを伝えたいときとか、、毎日のちょっと大事なときに、人間たちはそうやってお飲み物をのむでしょう」
「・・・そうだね」
「それって、いいなあって。」
「のどが渇いた時って大事なときなの?」
「そうだよ。生きてるってことだし、それを潤すのはこれからも生きるってこと」
「そっかあ」
「だからね、わたしはお飲み物やさんになれてとても幸せなんだよ。
ま、自分はお皿から飲むんだけどね」
「コップから飲めばいいのに」
「だってお皿の方が飲みやすいんだもの」
「ははは、そりゃまあ、そうだよね」

窓の外でひぐらしが鳴いている。
お飲み物をのむだけの間におしゃべりをしたのはなんだか久しぶりで、嬉しかった。

「ごちそうさま、とっても美味しかったよ」
「よかった。またこうしてお飲み物を楽しむといい。それじゃあわたしはもういくね。」
「ええ、行っちゃうの」
「そうだね。どこかでまた会えたら、お飲み物をお出しするよ」
「楽しみにしてるね」
猫はささっと道具を仕舞った。素早い片付けは使い慣れた証拠だ。

玄関を開けると、白かった日差しはオレンジ色の西日に変わっていた。
「きれいだねえ。猫さん、ありがとう、ごちそうさま。気をつけてね。またね。」
「ん〜。レモンティーの色みたいだね。明日も晴れるよ。それじゃ、またね」
そう言うと猫は、何処かへと歩いて行った。


台所に戻ると、夕日がさして部屋じゅう蜂蜜色だった。
さっきまで猫とおしゃべりしていたテーブルも、いつも通りに戻っている。


きっと今もどこかで、猫はピカピカの道具たちを並べて、お飲み物を出しているのだろう。ちょっぴり寂しいような気もしつつ、優しいカフェラテの味を思い出して、なんだかとっても嬉しかった。

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