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父の書いた遺言

 生まれてこのかた父がいない正月を過ごしたのは結婚していた頃の一度だけだったのだが、2021年の正月は本当に父はいなくなっていた。毎年のように父の「あけましておめでとうございます」というかけ声と共に大福茶を家族で飲むのがお正月の決まりだった。我が家は下戸が多いのでお屠蘇はなしだ。上等の緑茶に梅干しを入れたものを大福茶といい、それがお屠蘇がわりだったのかもしれない。
 その父のかけ声を聞くことはもう二度とない。遺された母と娘の私、二人きりでいつもと同じような食事をして朝を済ませた。なんとなくボソリと「今年もよろしく」などと声をかけ合っただけで、昨日と何も変わらない。純白で四角い父の遺骨の箱と写真を眺めるでもなく、父の書斎を家探ししてどうしても回収しておきたい書類を探して埃だらけになり四苦八苦している。求めるものは見つからず、兄にメッセージを送ってその旨を伝え、ついでに新年の挨拶を交わす。埃が嫌で服をすべて着替え、午前中から洗濯機を回す。正月だろうと何も変わらない。
 父がいなくなって一ヶ月半、特に寂しいとは思わない。静かになったなとは感じることはあるが、寂しいとか悲しいとか、そのような心境にはなっていない。近く業者による遺品整理をして長く父が使ったマンションの一室を空にし、半年以内に売却する予定だが、それらが完了したら寂しくなるのだろうか。ならないような気がする。父はもうこの世のすべての苦しみ痛みから解放されて、なにひとつ心配する必要のない世界へ旅立ったのだ。そして我々も順にそこへ向かう。だから寂しく感じる必要もない。
 今朝の家探し中に、父が15年以上前に書いたと思われる直筆の遺言が出てきた。一昨年に公正証書遺言を作ってあったから、この直筆のものは効力がない。だが短く書かれた見慣れた筆跡の遺言を読むと、いま我々が父の遺志に沿わないことはしていないことがわかり、少しほっとした。粗末な一筆箋に家族一人ひとりに宛てて一言ずつ手紙が書かれていたが、私には『父の死を無駄にせず生き抜いてください』とあった。
 父の死を無駄にせず、とはどういうことだろうかとしばらく考えた。
 私の足りない頭で考えても、その深い意味はわからない。ただ父が今までの人生において、全力で弱い私を愛して守ってくれたことは間違いなかった。父の大きな愛を無駄にせず、生き抜くようにと言われているのかもしれない。父がどれほど私のために犠牲を払ってくれたか、私には想像もできない。ただただ、父に守られて病の中を生きてきた。感謝などという言葉では表現できないし、介護はしたが孝行はできなかった。結局のところ「いなくなって初めてその大切さがわかる」ということなのだろう。もっと大切にすればよかったなどという後悔はないが、どうすれば孝行できたのだろうという疑問は残る。親孝行というものは誰にとっても不可能なのではないか。
 正月明けにはマンションの鍵を不動産屋に渡し、クリーンアップに入る。父の築いた城が消えていく。片づけられる様子に立ち合いながら、私はいつまでも立ち止まるだろう。「父の死を無駄にせず生き抜いてください」という一言に。
 形は違えどすべての人が通る道。家族がこの世から消えていく。ほんの一息で、ほんの30分で、何日もかけて、そして何年も何十年もかけて。私の中に残っている父の姿はまだぼんやりとしている。死後約10分のこと切れた姿であったり、今の私よりも若い姿であったり、コーヒーを飲む姿であったり、煙草を吸っている姿であったりする。どれも私のたった一人の父だ。父が、この世から消えていく。あなたの家族も、いつかは。
 まだ、涙は、出ない。


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世界の片隅で、火を噴くようにものを書く。エッセイ、小説、書きます。当事者研究やってる。cakesクリエイターコンテスト2020、佳作いただきました。