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10年間の取りこぼし。

 ジーーーーコロコロ。
 ジーーーーコロコロコロ。
 深夜。テレビの足元で、ハードディスクがせっせと働いている。最近CSで『寺内貫太郎一家』の一挙放送をやっていて、全39話を1日2話ずつ、毎晩観ながら録画もしているのだ。最初、第1話が放送された夜はほんとうに迷った。初回から全部録画するべきか。でも私の性格からして、録画しちゃったら、それで安心して、たぶんもう、観ないのだ。これまでも、「未視聴」のマークがついた映画や舞台やドラマがたんまりと貯まっている。ここは心を鬼にして、オンエアだけを、目を皿にして観ようと心に決めたけれど、観すすめるうちに、あまりの素晴らしさに負けて、やっぱり録画することにしたわけである。

 いつ頃からか、「観つづける」とか「聞きつづける」とかがすっかり苦手になった。10代20代の頃は、それが大好きだった。素敵な音楽を見つけて、その人やバンドのCDを借りまくり、カセットテープにダビングして、毎日、繰り返し、繰り返し聞いた。曲順を覚えてしまうほどに。そんなミュージシャンがどんどん増えていって、その作品もどんどん増えていって、それは幸福な時間だったのだけれど、30代中頃だろうか、いわゆる飽和状態がやってきた。ちょっと、追いかけるのをお休みしよう。ちょっとだけ。ちょっとだけだから。

 音楽も映画も、そんなふうにして「お休み」をした。ハリー・ポッターもマーベル映画も、観「つづける」ことが必要そうなものは潔癖なまでに避けて通った。走っているものや、突き進んでいるものに、追走とか並走することがちょっともうしんどかった。でも、ちょっとだけ休んだら、その元気はまた戻ってくるのだと思っていた。そう思っていたのだ。

 この前、好きで聞いているラジオ番組に、山崎まさよしがゲスト出演していた。うわーー懐かしい。めっっっちゃ好きだった。久しぶりだなあ、どれくらい聞いてないだろう。今は実に便利な時代で、ちょちょいっと調べれば、聞き覚えのない作品がどれくらい前のものなのか、ちょちょいっと検索できてしまう。

 10年。

 ……10年!!?!?

 あわてた。あわてにあわてて、他のミュージシャンも調べてみた。ウルフルズ。奥田民生。真心ブラザーズ。あの頃、繰り返し繰り返し、曲順を覚えるほどに聞き倒した音楽たち。揃いも揃って、私のブランクは「10年」なのだった。最近のビッグニュースだと思っていたユニコーンの再結成が10年前と聞いて、仮説は確信となった。私は、10年間、眠りに眠っていたのだ。

「ていうかさ。30代中盤から後半って、人生、それどころじゃなくない?」

 友が言う。そうか、そうかもしれないね。コドモが一番手のかかる頃だよね……っておい! 独身だ私はずっと! いやあーみんなすごいなあ、自分の人生を遂行しながら、同時進行で「つづける」を「つづけて」いるんだなあ。私はねー、いっぱいいっぱい。自分の人生だけでそりゃあもういっぱいいっぱいなんです。自分には何ができるか。何をすべきか。何ならみんなに喜んでもらえるか。もう四十路を折り返したのに、ずっとそんなことを考えている。どうせ生きるなら喜ばれたい。今歩いているこの道は、誰かを喜ばせているだろうか。

 今日も私は派遣バイトに向かう。「人生インタビュアー」の活動の傍ら、コールセンターで電話を取っている。こんなふうに毎日、ひとつのところに通って暮らすのはほぼ初めてである。「通勤時間」という空き時間がぽっかりと生まれたので、じゃあここで10年間の取りこぼしを取り返すか!と思いきや、radikoでTBSラジオを聞いている(大好き)。

 こうして、また、取りこぼす。取りこぼしながら生きていく。たぶん、おばあちゃんになっても、こんなふうなんだろうなと思う。むしろ、こんなふうな私が、取りこぼさなかったものがあったら、これは相当のものである。2019年11月現在、私が取りこぼさずにコンプリートできているのは、『寺内貫太郎一家』と、『いだてん』なのだった。(2019/11/27)

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