衝動的であったから、カミングアウトはできたのか


こんにちは。Yukariです。
前回の自己紹介にスキを付けてくださってありがとうございます!とても励みになります。

そしてそして!同性同士の生活に興味をもってくださって嬉しいです。知りたいことなどあれば答えていきますので、気軽にコメントしてくださいね。


今回はタイトル通り、セクシュアルマイノリティであれば 「しても・しなくても 」避けては通れぬ問題であるだろうカミングアウトについて、わたしの場合をお話しようと思います。ちょっと長いですが、セクシュアリティの自認からお話させていただきますね。


わたしが自分のセクシュアリティを自認したのは、高校に入ってから。
中学の頃にはすでに気になる同性の子はいました。すごく活発で、頭もよく、みんなの輪の中心にいるような子に、ふわふわとした気持ちを抱いていました。でも同性を好きになるなんてないよな?と中学の頃は思っていました。

わたしは中学時代は不登校で、高校も寮制の高校に入るも退学。それから通信制の高校に入りました。
セクシュアリティの話から少し逸れますが、寮制の高校時代、通信制の高校時代、周りには本当にいろんな子がいました。みんな自分の生き方に悩み、様々な要因で苦しみつつ、頑張って生きている子ばかりでした。社会に出てから、寮制・通信制の高校に通っていたと言うと、嫌な顔をする方もいます。でもわたしは自分の通った学校を恥じたことなどないし、高校でいろんな子に出会えたおかげで、わたしも生き方に柔軟になれたと思っています。

その高校生活の中で仲良くなった子がバイセクシュアルで、その子から同性同士が出会える掲示板みたいなものを教えてもらいました。
高校生の頃にはもうガラケーがそれなりに発達していたので、セクシュアルマイノリティとの出会い方を知ってしまえば、仲間を探すのは難しくはない時代でした。
わたしはその頃恋愛に興味津々だったので、ネット上でいろんな人を見て、同性愛が実際にあるんだ、中学の頃の気持ちは思い違いではなかったんだ、と知ったことが自認のきっかけでした。


わたしが生まれてから30年のうちに出会った友人たちは、わたしが同性を好きになったことがあるよと言っても、それで嫌な想いをさせられたことはまるでなく、カミングアウトをしやすい友人関係だったように思います。


しかし家族となるとまた別で。
家族にカミングアウトをしたのは今のパートナーと遠距離恋愛をしていたときなので、4〜5年ほど前のことです。
パートナーと同棲する前、わたしは母と妹と住んでいたのですが、あまりにもわたしが東京に行くものだから、彼氏ができたと母は思ったようです。

その頃はわたしも25歳くらいで、周りの友人の第一次結婚ラッシュでした。母にも結婚は?と聞かれ出した頃です。
何気ない周りの恋愛話から、わたしの恋愛に話題はうつり、母は何の気なしに聞いたと思います。

「よく出掛けるけど、彼氏でもできたの?」
「・・・じつは彼女ができたんだよね!」

わたしのカミングアウトはそれくらい、フランクなものでした。
でも内心はドキドキで、苦しくて、もし母に受け入れてもらえなくても、パートナーと生きていくつもりではありました。
それにもし、そこで彼氏と偽り結婚だとかに話が進んでいくと、より大変なカミングアウトになりそうだったので・・・瞬間的に考えた、勢いのカミングアウトでした。

結果として、わたしのカミングアウトはうまくいきました。
母はわたしのいないところで悩み、わたしの妹にも相談したようです。
わたしが男になりたいのか?とも思ったようです。わたしには言わないですが、それ以上にいろいろ悩んだことと思います。

でも今はわたしのパートナーともよく会い、とても気に入って、なんならわたしのこと以上にパートナーを気に掛けているようにも感じます。
同時にパートナーも自分の家族にわたしのことをカミングアウトしてくれて、そしてわたしもパートナーの家族と良好な関係をつくれているというのは、奇跡的かもしれないと思うこともあります。


わたしは、親しい間柄の人たちへのカミングアウトがうまくいきました。
だからと言ってカミングアウトは良いものだ、みんながしろ、とは思いません。

わたし自身も一時期、恋愛の話をするとき彼女を"彼氏"と捏造するのも嫌で。後は映画の「ミルク」を観たりもしたので・・・カミングアウトはしなくちゃいけないものだと思って、今ではしない人にもカミングアウトをすることもありました。それで茶化されたりもしたので、疲れました。


今まで出会った友人の中には、絶対に家族には理解してもらえないから墓場までもっていくと言うゲイの子もいましたし、カミングアウトをしたら精神科に連れていかれたというレズビアンの子もいました。


それからわたしも日頃のやりとりなどから、個人のプライベートな話であるパートナーの有無だとかは、したくないと思った人にはしないようになりました。今でも職場ではほとんどの人に言っていません。

今の日本は、自分の環境を考慮しつつ、カミングアウトするしかないんだと窮屈さを感じています。わたしは比較的カミングアウトしやすい環境でしたが、きっとそれでも日々のやりとりのうちに、半分無意識で誰にカミングアウトするかをわたしは選んでいたと思います。カミングアウトはしたい人がすればいいし、それぞれの環境や立場があるのだから、カミングアウトを強制すると言うことは無責任だなとも思います。


わたしがカミングアウトをした「あの瞬間」、もし勢いが足りずカミングアウトができなかったら。きっと違う生き方になっていたのかな、と考えてしまう時もあります。

パートナーと長く付き合うほど、年齢が上がるほど、カミングアウトは壁として目の前に現れてきました。もしかしたら途中でカミングアウトをする気がなくなったかもしれません。

今後もっとセクシュアルマイノリティがいると言う認識が進み(認識が進むと言うのはみんながカミングアウトをしろと言うことではなく、それこそ同性婚ができるようになったりだとか、日本という国が変わっていけば、当事者でない人たちの認識も変わっていくとわたしは思っています)、カミングアウトと言う壁が早く無くなればいい。

そしてセクシュアリティで悩むなんてことが無くなればいい。

2020年の七夕はもう過ぎましたが、そう願って生きています。


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