「死にたいと思うくらい、ツラい」という人へ

毎年3月は、自殺対策強化月間です。この度、NPO法人ストップいじめ!ナビの無料コンテンツとして、「心理的危機対応プラン:PCOP(ピーコップ)」をリリースしました。

日本の自殺者数は、統計的には減少傾向とはいえ、未だに年間2万人超が自殺で亡くなっています。自殺対策の相談窓口などは増加していますが、まだまだ課題があるのも現状です。

「死にたい、と思うくらい辛い気持ち」のことを、私たちは「心理的危機状態」と呼びます。心理的危機状態に陥った時、自殺や攻撃以外の出口を、短時間で見つけることも重要となります。

自殺の試みを減らすためには、公的機関や医療機関を中心に、様々な取り組みがなされています。最近は、LINEなどを使ったアプローチも広がっていますし、電話の無料相談などもあります。

医療的アプローチとしては、投薬治療のほか、様々な療法がありますが、数あるセラピーの中でも「認知行動療法(CBT)」は、効果の高い、エビデンス(医学的根拠)が豊富なアプローチとして知られています。

認知行動療法は通常、複数回のセッションを重ねていくことで、その患者のストレス因子を特定し、ストレスに向き合う際の認知や行動のクセを掴み、より良い対処法(コーピング)を身につけていくものです。

臨床心理学者のCrayg J. Bryan氏は、米国軍人の自殺対策のため、短時間で実施可能な認知行動療法として、“危機対応プラン”と呼ばれる方法を作りました。“危機対応プラン”を用いた現役兵士は、標準治療を受けた現役兵士と比較して、介入後6ヶ月間における自殺企図が76%減少したと報告されています。

※CRPを受けた現役兵士は、標準治療を受けた現役兵士と比較して、介入後6ヶ月間における自殺企図が76%減少した(Bryan, C. J., Mintz, J., Clemans, T. A., Leeson, B., Burch, T. S., Williams, S. R., ... & Rudd, M. D. (2017b). Effect of crisis response planning vs. contracts for safety on suicide risk in US Army Soldiers: A randomized clinical trial. Journal of Affective Disorders, 212, 64-72.)。
※自殺を試みた兵士を、安全を保障する群とCRPを実施する群に分けて介入すると、CRPを実施した群で有意にネガティブな感情が減少し、ポジティブな感情が増加した(Bryan, C.J., Mintz, J., Clemans, T.A., Burch, T.S., Leeson, B., Williams, S.R., & Rudd, M.D. (2017a). The effect of crisis response planning on patient mood state and clinician decision-making: a randomized clinical trial with acutely suicidal U.S. soldiers. Psychiatric Services, 69, 108-111.)

今回、無償頒布するために作成した、心理的危機対応プラン「PCOP」(ピーコップ)は、この“危機対応プラン”を日本向けに作ったものになります。「PCOP」は、30分の所要時間で使えます。一人でもできますし、信頼のできる人と協力して使うこともできます。

「PCOP」には、当事者向けと、支援者向けの2つのバージョンがあります。心理的危機状態と向き合い、そこから脱するために有用です。「こころの心肺蘇生法」のような「PCOP」を、ぜひ活用してみてください。

さて、以下は個人的な雑感です。

僕も30代で鬱となり、自傷行為や自殺未遂を繰り返していました。その間、様々な相談機関を利用しました。電話相談、カウンセリング、医療機関などです。それぞれのメリットはありますが、課題もあります。主に、すぐにアクセスできるとは限らず、質もまばらだという点です。

認知行動療法が受けられる病院やカウンセリングルームは増えていますが、まだ十分とは言えません。人気なところでは、半年以上先の予約待ち電話さえ繋がらない、というところもあります。幸い僕は、近くの病院が、保険診療で認知行動療法を行ってくれているので、それを継続しています。

心理的危機状態を伴う重度のうつ状態の際は、本を読むことすらままなりませんでした。出かけることはおろか、食事をすることも、トイレに行くことも困難でした。

投薬治療を続け、ようやく本を読める状態になってから、本の虫が復活し、認知行動療法などの本を読み漁りました。心理教育の効果が得られる書籍を読み、他人の事例なども知り、症例を自己分析し、時には人と話したりする。こうした行いを「読書療法」と呼びますが、自分の場合は特にあっていたようです。

初心者向けから、医療関係者向けまで、色々読みました。特に臨床心理士の伊藤絵美さんの書籍は、全て購入して読みました。ロジカルで、事例も豊富で、スキーマ療法などの新しい知見も積極的に取り入れ、それでいて文章が驚くほど読みやすかったのです。


入門的なものに慣れたあとは、教科書的なもの、理論的な原典にも当たりました。ベーシックなのものとして、ベックのテキスト。ヤングのスキーマ療法の理論本は、重厚なものの、自分の自動思考(思考の癖)を掴むだけでなく、その根源となったストレス・トラウマ体験と向き合う大きな助けになりました。


こうした、心理関係の本を読む中で、Crayg J. Bryan氏の危機対応プランと出会いました。

私が代表を務めるNPO法人ストップいじめ!ナビの特任研究員となってくれた精神科医の増田史さんに、Crayg J. Bryan氏との連絡と、素案の作成をお願いしました。また、対談で知り合いになっていた伊藤絵美さんと、同じくラジオ番組などでご一緒することの多い精神科医の松本俊彦さんに、監修として関わっていただきました。


お二人とも、ストレスコーピングや自殺対策についての本を多数出されています。病院やカウンセリングルームに来れない人でも、読書療法を通じて、自分でケアできるような社会環境を作りたいからこそ、書籍でセルフケアについての情報発信をされているように見受けられるお二人は、力強いアドバイザーでした。

危機対応プランの原文は"Crisis Response Plan"、略称はCRPです。ただ、日本語圏だとやや言いにくいことと、新型コロナウィルス問題が議論する際にPCR検査という言葉が広がったため、混同されるかもしれないとの懸念がありました。

また、危機=Crisis という言葉はかなり広い。そこで、ターゲットを「心理的危機」(Psychological Crisis)と限定的に明示し、それに対する対処法(Coping Plan)であるということから、シンプルに「PCOP(ピーコップ)」と呼ぶことにしました。

「心理的危機」という言葉を使えば、「経済的危機」「身体的危機」などと分けて語ることができます。当然、心理的危機への対応だけでは、そのストレスを生んでいるような、暴力や貧困などのアプローチとして不十分なのです。だから、あくまで心理的危機が対象ですよ、と限定する意味もあります。その上で、「経済的危機なので、生活支援が必要」「身体的危機なので、医療支援が必要」というステップに進むことも重要です。

逆に、「死にたい」「どうにかなりそう」というような気持ちに対し、「心理的危機」という言葉を与えることで、客観視する狙いもあります。もちろん、PCOPはあくまで一つのツールでしかないので、然るべき医療機関にかかることがベストであることは言うまでもありません。心理的危機状態にある人向けにAEDや心肺蘇生法があるように、心理的危機状態にある人に、緊急対応あるいはセルフケアのオプションが一つ、加わったようなイメージです。

PCOPの元となったCRPは、米軍兵士が相手なので、そのまま日本の広い層にどれだけ使えるかはわかりません。また、米兵向けのアプローチなので、18歳以上を想定した内容になっており、分かりやすさ・使いやすさの点においても課題があります。始まりたてのアプローチなので、メタ分析などは行われていません。

他方、「短時間で・自分で・どこでも出来る」ような認知行動療法的アプローチの発展がは、今後の重要ニーズであることは間違いありません。PCOPを一つのきっかけとして、セルフケア、およびクィック・アプローチの研究が、さらに広がると幸いであると考えています。



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