拙書「考える脚」が、第9回 梅棹忠夫 山と探検文学賞を受賞

昨年出版しました拙書「考える脚」が、第9回 梅棹忠夫 山と探検文学賞を受賞することが決まった。

探検と科学の知の巨人とも呼ばれる梅棹さんの名前を冠した賞を頂けるというのは、大変に光栄なことだと感じ、これから益々精進せねばと気が引き締まる思いだ。

本書のタイトル「考える脚」であるが、説明するまでもなく、パスカルの「パンセ」にある有名な一節「人間は自然の中で最も弱い一本の葦に過ぎない。しかしそれは、考える葦である」を意識している。

北極を歩く一人の人間は、吹けば飛ぶようなとても弱い存在である。しかし、人は考え、困難を克服することで可能性を広げてきた、そんな思いを込めている。

本書には、北極点無補給単独徒歩、カナダ〜グリーンランド単独行、南極点無補給単独徒歩の三つの遠征を収めている。三篇の遠征は、それぞれに私にとって主眼が異なっている。それらを書き分けることを最初に考えていた。

最初の北極点は、とにかく過酷な極地遠征の実態だ。効率の最大化を図り、薄氷を踏みながら死の危険を感じつつ、ひたすら前進することに特化した遠征の全て。そして、撤退を決めるまでの心の動きを記録したかった。

次のカナダ〜グリーンランド単独行は、一転して北極圏の文化や野生動物、イヌイットとの交流など、土地の話を書こうと思った。

最後の南極点は、資金集めや装備開発などを中心に、準備や社会との接点に関して書き進めた。

つまり、最初は個人の遠征、次に自分自身を取り巻く環境としての北極、そして最後に極地遠征と社会との関係性という、極地冒険を基軸にして同心円状に広がりを持った一冊の記録としてまとめたつもりである。

そしてもう一つ意識したことは、本書が出版された2019年の極地冒険の最前線を書き留めておきたかった。冒険手法であるとか、社会状況、自然環境など、現場に足を運んでいる私でしか書き留めておけないことをまとめておく必要があると思っていた。それは、未来のためでもある。

私自身、これまでの極地冒険の中では、過去の探検家たちの記録を多く参考にしてきた。手法の変遷や、極地に赴く探検家それぞれの意思と動機に至るまで、彼らの著作の中から読み取り、大きな流れの末端に自分自身が存在していることを実感しながら自らの旅を行なってきた。いま、私が書き記しておく記録を、いつか誰かが参考にしてくれて、この潮流を絶やさずにいてくれたら最大の喜びである。

授賞式は6月。長野県で行われる予定だ。

みさんも、ぜひお手に取っていただけたら嬉しいです。読んでくださいね!

《授賞解説》
~第9回梅棹忠夫・山と探検文学賞選考委員会講評より~

『考える脚』には、北極点無補給単独徒歩(2014年)、カナダ~グリーンランド単独行(2016年)、南極点無補給単独徒歩(2017年~18年)の三篇が収められています。それぞれが1冊の作品になるほどの、冒険探検界の偉業です。本書を手にするまで、消化不良のままの、平板な冒険譚になっていないかとの危惧がありました。見事に裏切られました。本書は、20年間の極北での活動と体験に裏打ちされた確信を基底に、自然とは何か、自分とは何かを問いつづけた冒険者が到達した「思索」の集大成なのです。ソリを使った単独行、深く自然の中を旅しているときに感じる「自由」、努力でなく憧れの力が旅の原動力となる、危険とは、困難とは……、冒険を介した思索の深まりが、リアルな言葉で語られています。著者は犬ゾリを使わず、小型のソリを一人で曳いて、ローカルな支援者と密接につながり、可能な限り経費を切り詰めています。あの不世出の冒険家植村直己氏が追い求めたであろう冒険スタイルを創り上げ、新たな地平を切り開いたと言ってよいでしょう。明瞭で無駄のない文体、構成力も申し分なく、第9回梅棹賞に決定しました。

「梅棹忠夫・山と探検文学賞」とは
民族・文化人類学者の梅棹忠夫さん(1920~2010年)にちなみ創設された。同賞委員会が主催し、今回で9回目となる。

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