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なんで頭の悪そうな小説を書くんですか? と聞かれたら

amazonで発売中の、インディーズ同人誌「Witchenkare(ウィッチンケア)」に「南の島のカップル」という短い小説を寄稿しています。

Witchenkareは毎年4月に年1回だけ刊行されている雑誌。寄稿するのは今回で3回目で、これまでずっと小説を載せてもらっています。

私の本業はライター(兼編集者)で、日常的に文章を書くことがあり、記事を書くと、ときどき「この原稿いいね」と誉められたりします。でもこれまで、小説を書いて誉められたことは一度もありません。小説を読んでくれた人は、ある人は苦笑いし、ある人は「よくわからないけどこんなもんなんじゃない」と言い、ある人(※)からは「君はライターとして書く原稿はそこそこうまいけど、小説を書くと急に中2病みたいになるよね」と言われました。

こんなふうに言われるのに、なんで毎年毎年懲りずに小説を書くか。

理由の一つは、発行人の多田洋一さんが仏のように優しいからです。阿呆のような私に対しても、常に微笑みを絶やさず丁寧なメールを送ってくださいます。しかし仏の顔も三度までという言葉を私は恐れていて、そろそろあの多田さんもブチ切れるのではないかとハラハラしています。

ここ1カ月ほどで取材した方の何人かから異口同音に聞いたのが、「自分がなりたいと思っているものとか夢って、大体が環境や教育やメディアに惑わされてそう思い込んでいるもの。今の世の中、”自分らしくが何か”って本当に難しい」みたいな言葉。テーマも媒体も違う取材で、偶然にも何人かの方がこう仰ったんです。これがもう、私にとっては「そろそろ小説書きたいって夢やめた方がいいんじゃないの。それ誰からも求められてないでしょ」に聞こえて聞こえて。

実はこれまで、私は起承転結的なものを意識したことがあまりありませんでした。小説を読むのは昔から好きだったのですが、文章や些細なエピソードにばかり着目して、物語の流れにはそこまで興味がなかった。だから細かいエピソードは覚えていても、結末やあらすじを全く覚えていない小説が大半です。物語を読みたいから小説を読む人がいるということに気付いたのがここ最近。というか昨年。

これに気付いたとき、私はようやく自分の小説がクソつまらなかった理由に思い当たったと思い、目の前が開けた気がしました。そして今回こそは多田さんを喜ばすことができる(これまでの2回よりかは)!とウキウキしながら原稿を送りました(締切から3週間ほど過ぎて)。ドヤァァァ!と。

そうしたら多田さんから返ってきたメールは、たとえるなら「イクラはノリスケとタイコの子ども、という解釈で合っているでしょうか……?」みたいな感じだった。「千と千尋は、もしかして同一人物……ということでしょうか?」みたいな。それ聞かれるの一番恥ずかしいやつ。もちろん多田さんが悪いんじゃありません。千と千尋見て「千と千尋は同一人物ですか?」って聞いた人がいたら、そりゃその人がおかしいんですが、もし千と千尋が作画崩壊していたとしたら、そう言いだす人がいておかしくない。作画崩壊させる私が悪いんです。ゼロをイチにできないのに小説を書こうとする私の頭が悪いんです。(ちなみにその後、部分的に書き直しました)

これまで散々、あの漫画がつまらんとか、あの小説は取るに足らんとか、林〇理子の書くものは最悪だとか言ってきました。でももう言えない。全てのものを創り出す人は素晴らしい。ああ素晴らしい。「なんで頭の悪そうな小説を書くんですか?」と聞かれたら私はごめんなさいごめんなさいごめんなさいと言うしかありません。小説の神様ごめんなさい。

最後になりましたが、Witchenkare6号の、私以外の書き手の方はもうほんと素晴らしい方ばかり。武田砂鉄さん(現代のナンシー関)とか、後藤ひかりさん(天才というか、大人だけど神童みたいな感じがする人)とか、仲俣暁生さんみたいな大御所とか、中には野村佑香さんみたいな芸能人も。総勢37人の書下ろし新作が読めるのはWitchenkareだけ! 買ってね!

※夫



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ヤフーニュース個人:小川たまかのたまたま生きてる https://news.yahoo.co.jp/byline/ogawatamaka/

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