トレーニング図2

仮説力を強化する「バックフローシンキング」

このnoteはマーケティングを活用したい、または学びたい方すべてを対象に、マーケティングに必要な「仮説力」を鍛えるためのトレーニング法を共有するものです。自らが講師を務めるマーケター向け研修などで紹介していましたが、改めて無料noteで整理したいと思います。

自己紹介

(株)秤 代表の小川と申します。マーケティングにおけるデータ分析を軸にしたコンサルティング支援を軸に、戦略から戦術まで幅広く関わってきました。過去、電通グループに在籍した際に高度なリサーチに伴う多変量解析や数理モデルなど、「マーケティングサイエンス」を学ぶ必要性に駆られて学びはじめ、「Excelでできるデータドリブン・マーケティング」を出版しました。

マーケティングROIを定量化し予算配分の最適化を行うマーケティング・ミックス・モデリングを中心に、データ分析の演習をしながら統計や因果推論の基礎的な知識を知ることができる書籍です。

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転機となった「アカウントプランニング」との出会い

宣伝会議は昔は30万円を超えるようなものがたくさんありました。10年以上前、独立系の総合広告代理店の営業マンだった私は上司に無理行って「アカウントプランニング」講座に参加させてもらいました。外資系広告会社のCEOなど歴任されたマーケティング・コミュニケーション・コンサルタントの宮沢節夫氏と

クリエイティブ・ディレクターの狐塚康己氏によるものでした。(下記は氏の著書より)

アカウントプランニングとは

「消費者心理や行動を理解し、広告開発のすべてのステップに反映させること」(米国広告業界の定義) です。参照元:「アナログなWEBアカウントプランナー」http://blog.livedoor.jp/t_doumori/archives/52556521.html

「アカウントプランニング」でグーグル検索すると、「広告に消費者の価値観や心理を積極的に反映させる考え方」といったテキストが目に入りますが、若干違和感がありその紹介を避けました。アカウントプランニングはコミュニケーションを統括する具体的なノウハウであり、考え方ではないからです。「アカウントプランナー」という言葉を、広告代理店の営業職(アカウント(口座=クライアント)の窓口)の役職名として安易に使っていた広告代理店もいましたが、それも違和感でした。

「アカウントプランナー」はマーケティングコミュニケーション(広告開発のすべてのステップ)を統括する最高頭脳です。そう簡単に名乗れるものではありません。10年以上前にアカウントプラニング講座に参加し、アカウントプランナーになるという目標ができたことで、本noteで紹介するトレーニングを繰り返し、仮説力を鍛えながら、TVCMなどを含む億円単位の予算の緻密なメディアプランニングから、月間1億円近いWeb運用型広告のダイレクトマーケティングのPDCA、ユーザーエクスエクスペリエンスデザインによるWebサイト開発や新サービスデザイン、データサイエンスなど、マーケティングコミュニケーション領域における全般的なスキルを得て、今はマーケター向けに教える仕事もしています。

アカウントプランニングの歴史

博報堂出身のアカウントプラナー(※博報堂は「プラナー」)の磯部光毅氏のブログに書かれていたアカウントプランニングの歴史(まとめ)は以下です。

・60年代、イギリスで生まれた・考案したのはJ.W.トンプソンのステファン・キング氏とBMP(ボーズ・マッシーミ・ポリット)社のスタンリー・ポリット氏。多少、成り立ちが違う。 (ちなみにBMPは、いまのDDB)・ポリット氏は調査部の人。 営業(アカウントマン)+調査部的な役割をこなす役割として APを位置づけた。キング氏は調査+クリエイティブとして消費者リサーチから得られるインサイトを制作に生かすという役割としてAPを位置づけた。80年代、アメリカに移植されて、拡大。どこがはじめに取り入れたかは諸説あるが、chiat/dayが上手にAPを活用したことは知られる。・アメリカでの拡大の背景には、70年代にマーケティングリサーチが発達しその反動で、データに囚われすぎて、アメリカの広告が停滞していたいこと。そしてそれをブレイクスルーする必要があったこと。・つまり、データ中心主義から、人間中心主義へと広告開発が舵を切る、ターニングポイントをつくる役割をAPを果たした。だから、「コンシューマーインサイト」が重要な概念として使用されている。・日本にも90年代後半に紹介されるが、あまり定着しなかった。参照元:磯部光毅オフィシャルブログ”沖に向かって泳ぐ”「アカウントプランニングの歴史~それはイギリスから」

「日本にも90年代後半に紹介されるが、あまり定着しなかった。」とある通り、おそらく皆さんも「アカウントプランニング」という言葉を知っていた方は少ないのではないでしょうか?

90年代、日本の広告業界は「メディアプランニング」(いかに効率的にリーチするか?)とその中心となるTVCMを作るCMプランナーやクリエイティブディレクターが広告コミュニケーションのプランニングの主役でした。消費者のインサイトを深く洞察し、かつ定量的なデータも活用して、客観的な視点からブランドの背景と課題を整理してコミュニケーションを統括するようなアカウントプランニングは一般化せず、TVCMのクリエイティブが当たるか否かの博打的なプランニングも行われてきました。

宣伝広告が中心の時代からデジタルマーケティングが中心の時代となりつつあり、ようやく変化してきましたが、旧来の日本の広告業界のやり方や慣習がある時期から疑問を感じ、マーケティングの現場で必要なデータサイエンスの浸透によって、そうしたものを適正化していきたいと考えるようになり、今はマーケター向けの研修や執筆を行っています。

クリエイティブブリーフとは?

話しをアカウントプランニングに戻します。アカウントプランナーの仕事のうち、もっとも重要な役割がクリエイティブブリーフ作りです。広告コミュニケーションのキーとなるクリエイティブを作る優秀なクリエイティブディレクターに渡す広告の設計書です。優秀なクリエイターほど「このメッセージでこんなトーンで作って」といった曖昧な指示では動いてはくれません。ブランドが広告を行う目的や背景などをくみ取った上で本質的なコミュニケーションを考えるからです。

いわゆる「丸投げ」営業の対局となる存在が「アカウントプランナー」であり、より理想的な状態は宮澤氏のようなアカウントプランナーと狐塚氏のような優秀なクリエイティブディレクターが、ともに両者の領域に浸食しあい、高い次元で議論し、本質を見極めていき、最高のアイデアを創発することです。再び磯部氏の別の文献を参照します。

日本語でクリエイティブブリーフの要素をまとめてくれています。

アカウントプランニング

下記の(1)~(8)の8要素です。(以下参照部分)

(1)広告の目的
その広告を何の目的でつくるのかを記載します。重要なのは、目標がその広告によって達成できる目標であること。したがって「シェア25%の奪取」「売上1200億の達成」といったビジネス上の目標を書いてはいけません。「今10%のトライアル率を17%に引き上げる」「競合ブランドよりも○○の点で優れていると認識させる」「既存ユーザーとの絆を強め、離脱率を低下させる」など、達成することを明確化しましょう。
(2)ターゲット
その広告が話しかける相手は誰かを明確にします。ちなみに、実際のマーケティングターゲットではなく、このコミュニケーションによって認識の変化を起こしたい「理想顧客像」で書くべき。ブリーフを受け取った人が、その人物像をいきいきと思い浮かべられるように、属性、行動、意識を書きます。
(3)現状(どう思われているか)
ターゲットが、そのブランドをどのように認識しているか。定量、定性調査などで判明した、現状のブランドパーセプションを書きます。
(4)将来像(どう変えたいか)
現状のパーセプションどのように変えたいのか、そのゴールとなるブランドの姿を書く欄です。
(5)コンシューマーインサイト(人を動かす心のツボは?)
現状のパーセプションを、将来像=ゴールとなるブランド像に変えるためには、どんな深層心理をつけば心が動くか、欲しくなるかのツボを発見しなければなりません。生活者を主語として書くのがいいでしょう。
(6)プロポジション(何をメッセージするか)
上記のインサイトを持ったターゲットに対して何をメッセージするのか。ブランドからのpropose(提案)ですから、ブランドを主語として書かれるものです。
(7)信じられる理由(RTB:reason to believe)
そのプロポジションが納得できる理由です。主に商品の属性や性能が書かれることが多いですが、企業イメージや生産国/エリアのイメージなど、あるいは「一番売れているから」「○○のお店で取り扱っているから」といった商品外の特性でも構いません。
(8)トーン(tone of voice)
広告をつくるときには、何を伝えるのかも大切ですが、どういう語り口、雰囲気で伝えるのかも大切です。説得調なのか、エンターテインメントとして見せるのか、社会的なテーマとして共感させるのかなどなど。メッセージをより強く伝えるために、どの語り口がよいかを書く欄です。また、この欄にはブランドパーソナリティを書くこともあります。親近感がある、権威的、自然体、生真面目などなど。ただし、トーンは表現アイデアそのものであることも多いので、あえてブリーフで規定せずに、クリエイターに任せる場合も多くあります。

磯部氏の記事には、クリエイティブブリーフはいわば広告の設計書であり、どんなコミュニケーションをつくるのかその骨組みを示すものではあるが、フォーマットはエージェンシーごとに微妙に異なり、高級自動車なのかスナック菓子なのか、商品カテゴリーによっても適したフォーマットは異なり、クライアントが独自のものを持っていたこともあったと書かれています。

なお、私が教わったものにはブランドの背景という要素がありました。

ブリーフにある用語のうち専門的な2つのキーワードを先に補足します。

コンシューマーインサイト

J.W.トンプソンのステファン・キング氏は調査+クリエイティブとして消費者リサーチから得られるインサイトを制作に生かす役割としてアカウントプランナーを位置付けていました。インサイトとは「人を動かす隠れた心理」(デコム社解釈を参照)です。

デコム社はインサイトの洞察に強みを持つリサーチとコンサルティングの会社です。

クリエイティブブリーフでは、どんな深層心理をつけば生活者の心が動くか、欲しくなるかのツボを考えて記載します。生活者(ターゲット)を主語として書くとより分かり安いです。

インサイトについてきちんと学びたい方はデコム社の松本健太郎氏が執筆した書籍などを読むことをおすすめします。1冊目に読むのであれば下記の新書が読みやすいです。

なぜ「つい買ってしまう」のか? 「人を動かす隠れた心理」の見つけ方

プロポジション

ブリーフの中で最も重要な要素が(6)プロポジション(何をメッセージするか)です。

プロポジションとは何か?それを教えるために、狐塚氏がアカウントプランニング講義の中で見せてくれた広告ビジュアルが印象に残っており、今も忘れらせません。それが空母の絵柄が用いられていたCASIOのG-SHOCKの広告でした。下記画像は私の記憶に近いイメージとして参照したものです。

空母

Wikipedia:カール・ヴィンソン (空母)ページより参照引用 

実際の広告の画像を見つけることができなかったのでお手数ですが、どんな広告だったか想像してください。こうした堅牢な空母の写真がドーンと映っている写真があります。右下に下記のようなピンクのジーショックの商品が記載されています(小さく、商品が認識できる程度の配置です。)たとえば下記の商品としましょう。

そして、この空母自体が「甲板を除いて、ピンク色」になっています。広告に文字(コピー)は一切書かれていません。グレー(甲板)とピンク色の空母と、ピンクのG-SHOCKが強烈な印象で目に飛びこんできます。この広告で伝えたいプロポジション(何をメッセージするか?)は何でしょうか?

それは、

G-SHOCKは「かわいいけどタフ」。

です。
当時この「コピーが一切ない」シンプルな広告表現は衝撃的で格好良かったです。今、思いだしても心が動かされるクリエイティブです。

プロポジションとは、広告に書いてあるコピーではありません。その広告を見る人にブランドが伝えたい、集約されたメッセージです。ブランドを主語として一息で話せる程度の1文にまとめます。

「バックフローシンキング」とは?

この言葉は筆者が作った造語です。広告などのマーケティングコミュニケーション施策の内容を見て逆流(バックフロー)して、「なぜその施策を行っているのか?(WHY)」を分解して考えます。アカウントプランニングのクリエイティブブリーフなど、フレームに沿って仮説思考する(シンキング)トレーニングです。

「アカウントプランナー」の道具となるクリエイティブブリーフの要素だけでなく、ほかのフレームワークにあてはめてトレーニングすることもできると思います。私は41歳ですが、私と同世代またはそれより上の広告マーケティング関連職経験者は、広告を見て逆流して考えるこうしたトレーニングを行なってきた方も多いと思います。

アカウントプランニング講座の中でも広告を見て、クリエイティブブリーフを逆算するのが良いトレーニングになると教わりました。当時教わったG-SHOCKの空母の広告を例にバックフローシンキングのやり方をくわしく説明します。

G-SHOCKでバックフローシンキング

高校生から20歳前後がG-SHOCKブームだった気がします。私も当時は愛用していました。結婚してからは物欲も減り、時計にも興味がなくなっていたので、今調べて知りましたが、男性向けの5万円位のG-SHOCKやメタル系の商品(16万円のものも)が売れているんですね。こういう記事を見てると欲しくなります笑。

カシオ計算機の2019年3月決算について言及されている下記の記事によると、 G-SHOCKは国内ではフルメタルがヒットし、今後はスマートウォッチに注力するとあります。

Appleウォッチなどのスマートウォッチの市場が今後拡大し、腕時計は「時間を見るだけのもの」ではないものが主流になるかもしれません。とはいえ、記事にあった4象限の右上の「憧れ(ブランド)ファッション×アクティブアウトドア」はG-SHOCKのブランドの原点だと思います。

画像2

そこをもう少し頑張れないか?と思いました。先程紹介したメンズのピンクのG-SHOCKはゴツさの中にも可愛いさがあります。もしかしたら女性にも売れるのでは?と仮説のタネが浮かびます。たとえば以下の記事には、女性でもメンズ時計をつける方がいるようで盤面が大きい時計をすることで腕が細く見えるといった理由などが書かれていました。女性向けのおすすめメンズ時計いくつかが紹介されており、G-SHOCKの5600シリーズも入っていました。

以下の発言小町でメンズウォッチをしている女性に対する問いに対するコメントを見ると、手首が太いので女性向けの時計が合わない、盤面が小さくて女性向けの時計は見づらくて嫌いなど様々な興味深い意見がありました。

こうした材料から、アカウントプランナー目線でコミュニケーションプランを考え、ビジュアルインパクトやメッセージ整理が強い広告を渋谷や銀座に大きな屋外広告を掲出することを考えました。(あくまで仮の話です)それに伴い、クリエイティブディレクターにアイデア開発を依頼するためのクリエイティブブリーフを作りました。みなさんはピンクの空母のG-SHOCKの屋外広告を渋谷や銀座で目にしたとして、その広告に興味を持ってバックフローシンキングする気持ちでご覧になってみてください。

※クリエイティブブリーフの要素は磯部氏の記事にあった要素を少しアレンジしました。

クリエイティブブリーフ(ピンクのG-SHOCKの屋外広告)

①ブランドを取り巻く背景
メタルのヒットの次はスマートウォッチへ。堅牢かつファッション性の高いスポーツウォッチとしての元来のG-SHOCKのブランド価値(憧れ(ブランド)ファッション×アクティブアウトドア)以外の新たな価値を模索して成功してきた。テクノロジーの進歩からスマートウォッチが今後の主流になる可能性がある。

②施策の目的
日本国内でのブランドの存在感を再び強化する。スマートウォッチなど新たな価値による販売数の拡大を強化するための下支えとするため、元来のG-SHOCKのブランド価値を訴求する。

①ブランドを取り巻く背景を追加しました。競合や市場などの外的要因などを踏まえてブランドが置かれている状況(背景)から、解決すべき課題に向けて施策を行う意義(目的)を整理します。広告以外にもフレームを適用できるように広告→施策としました。

③コミュニケーションターゲット
ファッションや流行に敏感な女性

④クリエイティブターゲット(理想の顧客像またはペルソナ)
エステやジムなど自分磨きの意識も高く、トレンドも咀嚼しながら、自分のスタイルを持ち、タフさもある、またはタフでありたいと考えている。

以下の「レッドブル女子」のペルソナ(※「クラウド型消費者分析ツール『ぺるそね』」よりレッドブルを飲んでいる女性を抽出して作成)が近いと考えました。

レッドブル女子

画像出典:オルタナティブ・ブログ > 消費者理解コトハジメ https://note.com/ogataka/n/n6ff67e522fc3/edit   

③コミュニケーションターゲットは、その施策によってコミュニケーションしたい相手を示します。(アカウントプランニング講座ではメディアターゲットと教わりました。④クリエイティブターゲットのうち、「理想の顧客像」です。最も重要なターゲットのペルソナと解釈するとわかりやすいと思います。

例えば、離島でお店がなくて買えない、高額過ぎて買えないといった販売対象外のかたを除く最も広いターゲットの考え方が販売ターゲットです。マーケティングにおけるターゲットは誤解や認識の違いを生みやすいため、様々な考え方がありますが、私は下記の3つの整理をオススメします。

販売ターゲット: 当該製品またはサービスを購買可能な生活者
コミュニケーションターゲット:その施策で態度変容を狙う生活者
クリエイティブターゲット: 理想の顧客像、ペルソナ

ターゲット図

クリエイティブディレクターがクリエイティブターゲットをより具体的に想像できると良いアイデアが生まれやすくなります。

⑤現状(コミュニケーションターゲットにどう思われているか)
 G-SHOCKは男性のもので自分には関係ない

⑥変化(どのように態度変容させたいか)
(インスタグラムなどSNSや評判など)メンズのG-SHOCKについて調べたくなる&屋外広告をシェアしたくなる

⑦インサイト(人を動かす心のツボは?)
女性がゴツイ時計をすると、腕が細く見える。

⑧プロポジション(何をメッセージするか)
(G-SHOCKは)「かわいいけどタフ」

⑨信じられる理由(RTB:reason to believe)
(様々な理由で)メンズものの時計を選ぶ女性がいる。

⑩トーン(tone of voice)
可愛さとタフさの混在による違和感。(でも強く印象として残すべきは「かわいさ」)いわばスイカの甘さ(かわいさ)を引き立たせるための塩(タフさ)

 アカウントプランナーの視点

ブランドを取り巻く背景を調べるために少し調べると、5万円や16万円のオトナの男性むけG-SHOCKが好調で、今後はスマートウォッチに注力するとのことでした。元来のG-SHOCKのブランドの価値の「憧れ(ブランド)ファッション×アクティブアウトドア」の象限がまだ伸ばせるのではないのか?その視点を持ちました。プロポジションの説明用にAmazonから参照したピンクのG-SHOCKはメンズ(しかも8万円以上)でした。

女性がメンズの「ゴツイ時計をすると腕が細く見える。」ことと、「かわいいけどタフ」というプロポジションつなげると良いのではないか?これがクリエイティブ開発の着想です。

クリエイティブディレクターの視点

このブリーフを見たクリエイティブディレクターはどんな案を出すでしょうか?今度はクリエイティブディレクター側の目線で思考してみます。空母以外の表現を想像した時、前クールドラマで一番ハマっていた「グランメゾン東京」に出演しており、Tarzanの表紙になってたのを見たことがある中村アンさんが浮かびました。彼女がハードなトレーニングをしているようなビジュアルで、ゴツくてかわいいメンズのピンクのG-SHOCKを左腕につけていたら、女性にササる格好良い広告クリエイティブになるのではないかと考えました。

上記画像は中村アンさん(cocoannne)Instagramの投稿の埋め込み参照引用

美人でかわいらしさもありタフさもあるイメージです。(女性からの人気もありそうです)ターゲット&プロポジションと合致します。

メンズの時計を女性タレントが着けて訴求して影響力が強かった広告は今までにあったでしょうか?(しっかり裏を取って調べてはいませんが)そうした広告が目新しく映るのであれば、それもうまく活用したいと考えます。「かわいいけどタフ」というプロポジションを社会性のある「ソーシャルグッド」なメッセージを加え、インパクトの強いクリエイティブで表現したいと考えました。

ソーシャルグッドなメッセージとして「メンズウォッチを女性が着けることはなんらおかしくないし、あくまで自由」という女性やLGBTを意識したメッセージにもできそうですし、タフだけど可愛さもある、そんな男性に着けてもらいたい。と男性が、そう受けとることもできるクリエイティブが開発できそうです。

屋外広告が渋谷や銀座に掲出され、家内(私同年代)と娘(大学生)と出かけている時に、その広告を見たら、おそらく彼女たちは「何これーーー!?」と、ツイッターやインスタでその広告をシェアするかもしれません。商品のことを調べてくれるかもしれません。コンテンツマーケティング施策も実行して、インパクトのある屋外広告の話題が拡散する時に「ゴツイ時計をすると腕が細く見える」という情報もCGMで流通する構造を作ることができれば、両方を見た女性の購買動機形成まで態度変容させることができるのではないか?と考えました。コミュニケーションターゲットへのリーチは渋谷や銀座で屋外広告の実物を見る人数ではなく、ツイッターやインスタグラムで二次情報としてそれを見る方の人数を増やすことを狙った施策です。メッセージ性の強いクリエイティブの新聞広告や屋外広告をCGMでバズらせて、その影響により態度変容を起こすデジタルPR施策を設計します。
 最近の成功例だと、Oisixのクレヨンしんちゃんの交通広告が有名です。

これは春日部駅に掲載した交通広告のクリエイティブが共感を生み、約1週間で20万リツイート以上の反響があり、Twitterのトレンド入りやWebメディアで紹介された記事がヤフトピに掲載されテレビ取材にもつながるなど、デジタルPRとして有意義に機能し、売上も上がった事例です。
 これは、社会課題に対してブランドができることを考えメッセージを発信する「ソーシャルグッド」な企画であり、以下の気づきから生まれたそうです。(以下は記事より引用)

夏休み期間は、子どもたちが家にいる時間が増えて給食がないために、お母さんは毎日3食の食事を用意する必要があり、家事の負担が増える、という事実です。当社調べのアンケートによると、「子どもが夏休みの時期は、普段の生活より『大変』『疲れる』『憂鬱』と感じますか?」という問いに対して、75.2%が「はい」と回答しています。食材宅配やミールキットなど、家事の時短につなげるサービスを展開しているOisixだからこそ、そんなお母さんを応援したいと考えました。それと同時に、この広告には、次のようなボディコピーを掲載して、家事・育児が母親の役割として捉えられている現状へのOisixからの挑戦という意思も込めています。「子どもにとっては、楽しい楽しい夏休み。けれども、お母さんにとっては…ちょっと大変な夏休みでもあります」「家族で旅行に出かけたり、子どもと過ごす時間が増えたりする。それは、とても喜ばしいことだけど、夏休みの家事や育児の大変さは、令和になってもなかなか変わりません」Oisixは、ご利用いただいている23万人のお客さまに対して、共通の商品やサービスを提供しているではなく、お客さま一人ひとりの課題を解決するために23万通りの商品やサービスを提供しているという考え方をしています。そういう点で「夏休みのお母さんは、大変」という課題は、私たちが解決するべき社会課題のひとつだと捉えて、この広告を企画したのです。

ほかの「ソーシャルグッド」な企画としては、今年の正月にTwitterなどで話題になった西武・そごうのCMが記憶に新しいと思います。

なんの説明もなく、「ソーシャルグッド」を連呼しました。簡単に言うと、社会課題を解決することを目指した取り組みです。世界の広告マーケティングでは、これを取り入れることが、数年前からトレンドになっています。日本でも最近、注目されることが増えてきました。これについてくわしく知りたい方は下記のnoteをご覧ください。

また、私は数理モデルを用いた効果検証も専門にしています。Oisixや西武・そごうのようなソーシャルグッドなデジタルPR施策によって売上がどれだけ増えたか?を分析し定量化する方法について、以下のnoteで紹介しています。


(クリエイティブブリーフで)「バックフローシンキング」の具体的なトレーニング方法について

バックフローシンキングが癖づくと、気になる広告を見るとアカウントプランナーの目線でクリエイティブブリーフを整理したり、クリエイティブディレクターの目線で、クリエイティブアイデアを考え、またアカウントプランナーの目線でブリーフを直したり、一人で思考を行ったり決たりして仮説を繰り返します。そうすることで仮説力を強化できます。

ここまでお話してきたトレーニング法を整理して図にまとめます。

トレーニング図2

①~⑩までを常にMECEに埋めるようなトレーニングは大変です。きっと長続きしません。だからステップ1.2.3の優先度をつけたトレーニング法をオススメします。
 もっとも重要なトレーニングはステップ1です。その施策を見て、まずはプロポジションを考えます。ブランドが伝えたい、集約されたメッセージは何か?です。その思考過程で、コミュニケーションターゲットはどういった人達なのか?も考えます。スキマ時間にこれをやるだけでも十分良いトレーニングになります。
 もう少し余力があれば、ステップ2のその施策でどんな態度変容を達成しようとしているか?を読み解くことまで行いましょう。こうしたことは習慣化してしまうとより効果的で、努力であるという意識はなくなり、ついついやってしまう習慣や趣味になっていきます。私が10年以上習慣として続けているのは主にステップ2までです。

ステップ3からは、急に重くなります。
 ググってその施策が訴求する商品やサービス、または企業のニュースなど調べたりしないと仮説できない内容になります。だからこれにも優先順位をつけました。
 上方向の「A:目的の整理」は戦略コンサルタントやストラテジストを目指す方、戦略策定における仮説思考を鍛えたい人にオススメです。そういう方はこちらから先に思考しましょう。余力があれば以下のBまで考えましょう。
 下方向の「B:インサイト仮説」は実際に消費者を動かす役割を担うクリエイティブディレクターやコミュニケーションプランナーやリサーチを軸にしたコンサルタントなど、インサイト仮説思考を鍛えたい方にお勧めです。余力があればAまで考えましょう。

①~⑩までの全てを埋めて、整合性のとれたブリーフにまとめるのはかなり大変ですが、そごでやればかなり力がつきます。

「何(どんな広告や施策)を題材とするか?」

これも重要です。練られていない広告からバックフローシンキングしても、あまり学びがないからです。

1.熟考された施策(例 TVCMなど、億円単位以上の投資を伴う施策)
極論、インターネットのバナー広告であれば、作ろうとおもえば、パワポで編集してバナー画像を作って入稿してグーグルやツイッター広告で数円の広告配信もできます。「とりあえずやってみる」ことができる施策です。女性にしか売れないとほぼ分かっている製品があるが、ダメモトでネット広告で男性向けにテスト広告をしてみるといった施策もあるわけです。そうした広告を見て逆流してその企業の戦略のWHY(クリエイティブブリーフなどのフレーム)を仮説しても、学びになりません。

反対に、全国または関東を中心に仕掛けられるTVCMは億円単位の投資が伴っているものがほとんどです。「とりあえずやってみる」費用感ではありません。熟考された施策であることは間違えありませんので、そうした施策を題材にすると良いでしょう。

【補足】年間数億円、または数10億円のコミュニケーション投資をしているにも関わらず、体系立てたマーケティングができていない企業は未だ多いです。投資規模が大きければ成功しているというわけでもありません。曖昧な定義ですが、マーケティング先進企業と世間で言われている企業や同様に成功経験が多いと知られているマーケターの方が手掛けた事例を見るほうが、良い学びとなる確率は上がります。


2.成功したか失敗したかが分かっている商品やサービスの施策
その企業や商品やサービスの業績が好調なのか?不調なのか?ニュース記事などでは、時にある施策のおかげで成功したといった内容にまで言及されているものもあります。それぞれ「なぜ成功したか?なぜ失敗したか?」バックフローシンキングした内容から仮説でき、良い題材となります。なぜ成功したのか?を知るだけでなく、なぜ失敗したのか?を知ることは有益です。
 失敗した施策の題材を探す場合、「この施策によって大失敗となった」という表現を赤裸々に書かれた記事は少ないので、「明らかに業績が下がっている時期に行われていた施策(≒もしかしたら施策のせいで業績が下がったのかもしれない)」という視点で探してもよいでしょう。
 例えば、あるブランドが長年続けていたCMタレントとキービジュアルを変えて、タレントを含めた大幅なクリエイティブリニューアルをしたが、短い期間で元の方向に戻る、といったケースも良い題材です。リニューアル時点での迷走と、結局戻した理由(おそらく失敗)などをそれぞれバックフローシンキングして課題を読み解くことができます。

3.大規模な投資をして行われる新商品や新サービスの施策
最高の題材です。自らの仮説力が確からしいものかを「テスト」できるからです。
 戦略策定やコンサルティング志向の方は、ステップ①②と③の「A:目的の整理」までは少なくとも仮説し、果たして売れるか?売れないか?を予測しましょう。
 クリエイティブやプランニング志向の方はステップ①②と③の「B:インサイト仮説」まで仮説して、果たしてウケるか?ウケないか?を予測しましょう。

それぞれの結果をすり合わせるだけでも、自分の仮説力のうち、何が未熟だったか?何が得意かを知る良い機会になります。もちろん余力があれば①から⑩まで仮説するに越したことはありません。さらに戦略志向の方は売上規模など、定量化して予測し、そのブランドの将来の成果の記事と照合したいところです。

私はマーケティング戦略コンサルティング支援を検討頂ける企業には、ブランドの本質的な課題をクライアントに聞く前に仮説するトレーニングをしています。数字や他社の実績などを第三者として客観的に判断できるのがコンサルタントの強みです。クライアントが課題としている内容が本質的ではなければ、本質的な課題を見つけるのも役割です。

マーケティング戦略のフレームワークに基づくトレーニングは黒澤友貴氏のマーケティングトレースが有名です。2月20日は書籍が出版される予定でMarketing Nativeで4章まで全文公開されています。ハッシュタグ「#マーケティングトレース」はツイッター、noteで盛り上がっています。

バックフローシンキングに使えそうなフレームワーク

アカウントプランニングのクリエイティブブリーフ以外にも、適用できるフレームはたくさんあると思います。尊敬するマーケターのみなさんの文献とともに、いくつかのフレームについて概略のみ紹介します。

■USJを劇的に変えた、たった1つの考え方 成功を引き寄せるマーケティング入門
元P&G出身で、数学を用いた独自の確率統計ノウハウなどを駆使し、低迷していたユニバーサル・スタジオ・ジャパンを再建した森岡毅氏の著書では、本質的な課題(ビジネスドライバー)を見出すための戦況分析によって、「目的」→「WHO」「WHAT」「HOW」を整理する方法が紹介されています。「HOW(施策)」を見て、「WHO」「WHAT」「目的」を仮説するトレーニングに活かせるはずです。20万部以上販売されている書籍なので、読まれたかたも多いと思います。改めて読み直してみてはいかがでしょうか?

世界的優良企業の実例に学ぶ 「あなたの知らない」マーケティング大原則元P&G出身で、戦略コンサルタントや、シュワルツコフヘンケル代表取締役社長、同社取締役会長等を歴任された後、日本マクドナルドCMOとして、業績急落の中で売上を復活させ、現在は、ナイアンティックアジアパシフィック プロダクトマーケティング シニアディレクターなどを務める足立光氏らが執筆した最新の書籍には、

以下の5つの要素(ABCDE)からなる「戦略的コンセプト」というフレームが紹介されています。

A:Audience(ターゲット)
B:Benefit(消費者利益)
C:Category(カテゴリー)
D:Point of Difference (差別点)
E:Emotional Character(トーン&マナー)

カテゴリーと差別点というのがアカウントプランニングにはなかった視点です。ここでは差別点について言及します。

同書で紹介されていた1990年代の日本の紙おむつの事例が紹介されています。当時マーケットリーダーだった「P&G」のパンパースは「(尿が)漏れない」という便益を訴求し続けていたそうですが、各社の製品の機能が上がり、その機能は大きく差別化できない要因となっていたそうですが、パンパースはその便益でトップシェアとなっていたため、それを変えることができなかったそうです。そこで業界2位のムーニーは漏れないに加え、「コンパクト(場所をとらない」という訴求を行い、3位のメリーズは漏れないという訴求を取りやめ、「肌にやさしい」というそれまでのおむつ市場にない便益を打ち出したそうです。

漏れないという基本機能をほとんどの商品が満たす中、「コンパクト(ママ目線)」とか「肌にやさしい」が訴求された結果、パンパースは大きくシェアを奪われたそうです。アカウントプランニングにはない視点で、便益の打ち出し方で市場での戦い方自体をゲームチェンジする戦略設計です。
 差別化の戦い方については、「Point of X」というフレームワークもあり、前述のデコム社の松本健太郎氏のnoteで紹介されています。

「手書きの戦略論」

アカウントプランニングの文献を参照させて頂いた磯部光毅氏は広告代理店の先輩の同級生でした。氏が開催していたプランナーのイベントに先輩と参加して以降、何回かイベントに参加させて頂きました。後進の育成や交流が目的となる有意義なイベントでした。当時私は、データサイエンスを学びはじめたばかりで「データサイエンティストへの道!『オガタカ』が行く」という対談企画を行っていたことから、「オガタカ君」などとイベント中にイジって頂いたりしました。氏が手掛けられた仕事はスケールが大きく、コミュニケーションの統制が取れており、まさしくアカウントプランナーの仕事だと憧れました。遺作となってしまった「手書きの戦略論」はアカウントプランニングを含む7つのコミュニケーション戦略のメソッドを示した名著です。私も真の「アカウントプランナー」となることを目指し今後も精進しつつ、氏のように後進を育成する活動も続けていきたいと思います。


追加情報(2023年12月23日更新)

マーケティング・アナリストとして、どんな価値を提供しているのか?紹介しております。