島の思い出−2 おじさんは知っていた

奄美大島とその属島を旅したときに出会った民宿のおじさんは、今だったらネットで晒される可能性のあるキワキワのところにいる人だった。
(この話は、今から15年ぐらい前にやっていたブログにも書いたことがあります。もし『この話知ってる!』という人がいたら、超レアな当時の読者だと思います。こんにちは。)

○いろいろ、ギリギリなおじさん
竹槍少女一行と出会った奄美大島の南にある島、そこの民宿のおじさんは、いろいろギリギリだった。
竹槍少女のところにも書いたけど、部屋に私がいて、昼寝しようとか着替えようとか、荷物を整理しようとかなにかアクションを起こすと必ず、部屋の窓の外をおじさんが通るのである。
いやいや、気のせいだろうと思うが、朝などは特にひんぱんに窓の外を行ったり来たり、おちおち起き上がれないほどだった。

そして、今だったらネット上の口コミで「ここはやばい」と書かれてしまうだろう行動その1は、女の客には(多分サービス心から)
「いい人、おらんのかい」
「1人でこんなところに来て、いい人は待ってないんか」
「いい人作らんと、つまらんやろ、1人でこんな遠くまで来て」
という、現在で言うところのセクハラトークだ。
それをコミュニケーションと信じているのは、邪気無く(?)純粋な笑顔で言ってきていることからわかる。

しかし、竹槍少女一行が、奄美大島でキャンプ以外に一泊したという民宿でも、強烈なおじさんがいたと聞いていた。
彼女たちが風呂に入るために脱衣所で着替えたりしていると
「湯加減はどうかね」とか言いながら扉を開けてきたり、
御飯のあと食堂でくつろいでいるといつのまにかおばさん(奥さん)はいなくなって、その場に残ったおじさんにずっとエッチ話を聞かされて(ボディタッチつき)困ったという話を聞いていたので、よくあることといえば言えなくもないようにも、当時は思っていた。
女子力が高くうまくかわせる人なら
「やぁねえ、おじさんたら!」とでも言えるのだろうけど、変に生真面目だった私は「ははは」と笑うしかなく、だんだん
「いいかげんにしろこのオヤジ」と、腹の中に怒りが溜まっていくのだった。

例えて言うなら田舎の親戚みたいなもんで、独身で気ままに旅している女を見たら一言(善意で)言っておこう、みたいなものだったんだろう、基本的に人は良くて、2日めだかに

「あんた、退屈だろうから近くの無人島に行かないかね。そりゃあきれいで、うみうさぎってしってるかね、きれーいな白い宝貝、あんなのゴロゴロおるよ。海もきれいで、よく泊まってる女の子連れて行ってやるけど、みんなよろこぶよーー。おじさん、漁で船を出すから、途中で落として、夕方迎えに来てやるから」

と、楽しそうなお誘いをくれた。おじさんと二人で船に乗るのは面倒だなと思ったけど、その無人島のことは奄美大島の人にも聞いたことがあったので、話にのっかることにした。

よく晴れた翌日、ひらったい和船に乗って、おじさんと海へ。
会話はもちろん! 私への「いい人おらんのかね」トーク全開!
「あんた、いくつかね」
『30です(ぐらいだったかな?)」
「ほー、もうそんなかね。それで、独りもんかね」
(昨日も一昨日も聞いてたじゃね−か!)
「そうですよー」
「そんな年で、ひとりでさみしいじゃろ、早くいい人見つけんといかんよ」

もう、壊れたレコードかってぐらい、ネバーエンディングストーリー。
いい加減、腹が立ってきた。そこで、ふっとナナメ下を向いて、悲しそうに言ってみた。
「でもね、私……。本当はもう少ししたら結婚するんですよ、実は……」
おじさんは心底びっくりしたように目を見開いて
「ほんとかね!じゃあ、なんでひとりで来たんかね」
「だって、結婚したらひとりで旅行なんて出来ないじゃないですか。これが最後なんですよ。口にすると、悲しいでしょ、私、旅するの好きなんですよ。でも、もう結婚するって決めたから」

「……そうだったんかね。それは、それは……」
さすがのおじさんも無口になってきた。小さくうん、うん、と頷きながら、何も喋らなくなった。
ていうか、それ以外に話題がないのかってぐらい静かだ。

到着した島は、とても小さかった。足の立つところまで和船を寄せて私を落とすと、
「この辺どこでも全部、サンゴだらけでそれはきれいだから。うみうさぎもたくさんおるからね」
と言い残して、エンジンを掛けて去っていった。
海岸に荷物をおいてスノーケル、フィン、マスクを付けてスノーケリングしてみると、おじさんが言う通り本当に素晴らしい世界がそこにあった。
テーブルのように広がるミドリイシの仲間の造礁サンゴがバー−−と広がり、その合間合間にツノダシやらチョウチョウウオやらの南の海っぽい魚がゆら〜ゆら〜と漂っている。砂地にひらひらと触手を伸ばすイソギンチャクを覗き込んでクマノミを探したり、ときどきひゅーっと目の前を通り過ぎるベラの仲間を追いかけてみたり、サンゴの間に隠れるサンゴハゼを探してみたり、おじさんがなんども言っていたうみうさぎを探してみたり……。
ただただ、水中で回転して、くるっとひっくり返ったときに目の前に広がる水面を眺めて楽しんだり、

「あーーー! 楽しすぎる!きれいすぎる!この水中で暮らしたい。来てよかった」 

と、おじさんに感謝した。
3時ぐらいまで飽きること無く遊んでいると、遠くからバババババというエンジン音がして、船がやってくるのが見えた。

「どうかね、面白かったかね!」
「はい、もう最高ですよ!ありがとう!」
素直にお礼を言って船に乗った。帰り道、おじさんはセクハラトークしなかった。
(よかった! もうこれで何も言われない!)

明日帰るまで、もう「いい人おらんかね」は聞かないですむだろう。
その日の夜は、窓の外の足音を聞くこともなく、この島での最後の眠りを存分に味わった。

次の日。
「ほれ、そろそろ定期船が来るから荷物車に載せなさい」
「ありがとうございます」
おじさんは、港まで送ってくれた。定期船がもう近くまで来ている。
車から降りて荷物を背負い、おじさんに向き合って心からお礼を言った。いろいろあったが襲われたわけじゃなし、基本的にはいい人なのだ。
「おせわになりました。」
おじさんはにっこり笑って、一歩私に近づいた。そして、私の方をぽんと叩いた。

「元気でなぁ。いい人おらんかったら、また来ればいいがね

そう言って、車に乗り込んで去っていいた。

私の嘘など、おじさんにはお見通しだったのだ。

遠ざかる車を見ながら、
「やられた……」 と思う私だった。

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