鳥と、闇と共に生きる

 ブータンのポブジカという村は、標高2800メートルに位置しているという。ここで、近代化政策の一環で電線を取り付けることになったそうだ。しかしこの地はオグロヅルの世界最大の越冬地だった。村の人たちは「電気を取るか、ツルを取るか」という選択を余儀なくされた。

 彼らが選んだ結論は「ツル」。ちなみに、この村での「電気を取るか」というのは文字通り、電気が来るか来ないかということで、今よりもアンペアが拡大できるとかそういうことではなく、電気自体が来ていない場所で電気という文明の利器を得るか、それとも年1回飛来するオグロヅルを取るかという2択なのである。

 この話は、本林泰久さんという宗教人類学者であり、僧侶で、ブータンの研究を続けている方が月刊「望星」(東海教育研究所)という雑誌に2012年に寄稿した記事に書かれていたのを読んで知った。記事によると
「輪廻転生を信じる彼らにとって、ツルは親や兄弟、妻や夫の生まれ変わりかもしれないと考える。私たちが『親と電気』『友人と電気』と分けて考えたテーマも、彼らにしてみたら、ツルは親であり友人でもある。犠牲にしていいものではないのです。環境保護の視点からだけではなく、宗教観からも「電気よりツル」となるのでしょう」
ということなのだという。

 もちろん、電気を望む人もいるので、政府からの補助で各戸に照明用の太陽発電が取り付けられ、それぞれの家ではひと部屋の明かりを灯すほどの電灯の中で暮らしているという。

 この話に、久しぶりに心が動く感じがした。単純に感動したとかではなくて、そういう考え方、あったよなという、忘れてたことを思い出したような気持ち。
 宗教的背景がなく、都会生活が長い私でも「ツルは友人や親の生まれ変わり」という概念それ自体には共感できる。でも実際に、今生きている横浜で、電気か? 電気なしでもツルか? という選択を迫られたときに「死んだ父母の生まれ変わりだからツルのほうが大事です」と、迷いなくいえるかどうか?

 ところで、つい先日だが、2050年の世界はどうなっているかという記事を書くために、いろいろな資料を見ていた。多くの予測では、これから先、人口が増加し、経済的な成長が飛躍するのは開発途上国だという。特にアフリカ。

 2017年に開催されたアフリカ銀行による投資セミナーの資料を見ると、「サブサハラの6億4500万人が未だに電力にアクセスできていない、電力不足によりアフリカは年間約2%のGDP創出の機会を失っている」とあり、「電力消費と経済成長には相関性があり。経済成長には電力が不可欠」「サブサハラの電力消費量は2040年には2010年の4倍になると見込まれる」(出典はhttps://ab-network.jp/wp-content/uploads/2017/11/AfdbBrief2017121115seminar.pdf)のだという。経済成長と電力消費に相関性がある。言われてみれば当然かも知れないが、思ってもいなかったことを言われた感もあった。
 この2つの話を引き合いに出して、じゃあブータンは経済成長しない国なんだねと言いたいわけではない。

 闇からは経済成長は生まれないのか。
 でも、闇からは文化は生まれるのではないだろうか。
 電気よりツルを取るという考え方は、文化だと思う。闇を受け入れてこそのような気がする。

 そっちの考え方や文化のほうが、大事であり、なんだか世界が豊かなんじゃないかなと、思うのである。


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