その愛犬は赤い布を見たか
少し足を延ばして近所の川まで行くことにした。
ここは小さな川だが河川敷もある、都会の貴重な自然だ。
ところどころ渡されている橋から眺める景色が好きで、私はときどきこの川へ無性に行きたくなるのだ。
なにしろ川沿いは犬の散歩にはもってこいのロケーション。
犬をたくさん見ることは心の健康にも良い。
さて、川に着いた。
春には桜並木で華やかになるこの川沿いも、冬の準備を始めるべく葉を落として、全体的に少し寂しい装いになっていた。
しかし寂しい景観でも犬を見ることができればオールハッピーなのである。
さあその姿、見せておくれ。
ゆっくり歩いていると、寒さにも負けずみんなしっぽを振り回しゴキゲンな様子で前から後ろから、次々と通り過ぎていく。
私も散歩を続ける。気分はとても良好だ。
前回も言っていたが、散歩をするだけでゴキゲンになれるのなら、こんなにお得なことはない。私も犬も。
トイプードル、チワワ、ダックス、柴犬と続き、秋田犬、ボルゾイ、イタリアングレーハウンドの二匹連れにまでも出会える。川は最高。
川の淵でたむろしている鴨でも眺めようと、コンクリートの遊歩道の途中から階段を降り、川に近づいてみる。
毛づくろいをしたり、ただプカプカ浮かんでいたり、水面に顔を突っ込んでひっくり返っていたりで、鴨も眺めているだけでとてもほのぼのとする。
しばらく見ていると、ふいに背後から「すごい勢い」を感じた。
私は振り向いた。
「すごい勢い」の正体。
目線の先にいたのは筋骨隆々としたシェパードだった。
ドドドドドドドドドドドドドドド
それはまるで推理小説の、ブレーキが利かなくなった蒸気機関車のように爆速でこちらに向かってくる。
「やばい」と思って身構えたが、シェパードは右へ左への急旋回。階段を無視して坂をガンガン上っていったと思ったらガンガン降りてきたりしている。
もう、これは機関車というより怒り狂った闘牛のような迫力だった。
その闘牛シェパードのリードをかろうじて握りしめているのは、なんとも小柄な少年闘牛士だった。
おそらく10歳そこらだろうか、シェパードのがっしりとした体型とはうらはらにほっそりとしており、今見ている状況はこれまさに「犬に振り回されている飼い主」そのものだった。
そんな状況を恐る恐る遠巻きに見守っていたが、少年は闘牛にからめとられるごとく、荒々しくその場を走り去っていった。
調べてみるとシェパードの毎日の必要な運動量はとても多く、散歩も朝晩の2回、それものんびり歩くより、走ったりフリスビーなどで遊んだり、のびのび運動するのが理想的らしい。
警察犬としても活躍している犬種なのか。なるほど。
犬の散歩、大変だ。
想像するに、あの少年の体力では無理もない。
しかしこのままいくと愛犬同様、少年も筋骨隆々としてくるであろう。
今日もあのシェパードはゴウゴウと風を切って、赤い布を見たがごとく我が道を突き進んでいるのだろうか。
そしてあの少年はリードを必死に握りしめ、また振り回されているのだろうか。
そんなことを思いながら、私は今日も路上の犬を眺めている。
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