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作る人と同じくらい、伝える人だって大事

僕はずっと、作る人こそ一番重要であると思っていた。つまり、作り手ファースト。本来評価されるべき一次生産者や現場労働者が搾取されまくっている昨今の業界構造に違和感を感じているのもあるし、中間マージンの中抜きと原価叩きが横行して、結果的に作り手が下請け扱いされてしまう現状に怒りすら覚える。

で、そんな感じなので料理であれば生産者さんがまずすごいと思っているし、ワインであればエステートもの(葡萄の栽培から醸造まで一貫して行っているもの)がやっぱりいいよなぁ・・・と思っていた。

僕の業界の店舗設計や建築業界であれば、世界的建築家=大先生が一番で現場の職人さんの名前はほぼ出てこない。店舗だってそう、スターデザイナーがトップで最前線でメディアにも出るけど、その現場を作って納めた職人さんはほぼ露出してこない。

実際に現場に立って、作り方やこう作って欲しい、こう見せたい、こういう理由でこうしたいetc...を職人さんたちに伝えるのが僕の仕事。でも、実際に木材を切ったり貼ったり、電気配線を通したりスイッチをつけたり、そういった本当の意味でのものづくりは現場の職人さんの手先で行われている。

最終的に仕上げる人がいなければ、僕の図面はただの絵空事。自分でフルDIYをやることもあるからこそ、職人さんの凄さや大切さが身にしみてよくわかる。

だからずっと、作り手ファーストの感覚で世の中を見てきた。

ところが最近、ちょっとこの考えを改めようかと思っている。


作り手と使い手だけの輪っかには伸び代がない

なんでこの考えを改めようと思ったのかというと、作り手ファーストで作り手が優先して評価されていった結果、タコツボ化して消滅に向かってしまう技術や文化があることに気が付いたからだ。

技術や文化のつなぎになる人材がいないことで、そもそもその技術や文化の存在自体が一部の価値のわかる人だけにしか知られないものになる。要するに玄人、マニアの先端にしか届かなくなる。

それでも、高い評価を得ていればその作り手の代は安泰なのかもしれない。しかし、まず技術の継承者が育たないという問題と、ニッチな市場であれば少数の評価者=玄人やマニアが引退してしまうと自然と消滅に向かってしまう。

要するに、作り手と使い手だけの輪っかには伸び代がないのだ。

多くの廃れたり荒れたりした文化には、ちゃんと伝える人が減ったのも大きいんじゃないだろうか??


文化の継承には伝え手が必要

使って、それを伝える人。今まではそれが広義のジャーナリズムとして報道・伝達・解説の役割をメディアが担ってきた。

したがって、メディアに載らないものは存在しないものとほぼ同義であり、それを攻略するためにPR戦略なんかが練られてきた。

そして、お金を払ってメディアに載る広告手法がより大きな富を産むシステムが生まれて、広告業界は一大産業に成り上がった。

さらに時代は進み、個人での情報発信が容易になり、建前や広告主とのしがらみのあるメディアの情報よりも個人間の情報の方がよりフィットするようになってきた。そして情報発信が容易になった結果、ある意味で全員が一億総クリエーターになろうとしつつあるようにも感じる。

でもちょっと待てよ。全員がクリエーターになってしまうとジャーナル不足になるんじゃないか?


いいものをいいと言い、なぜそれが良いのかを文化・歴史・同時代性などの文脈を整理して解説できる人材=伝え手は実は花と花の受粉を媒介するミツバチのように重要な存在なんじゃないだろうか?

そして、誰もがみんなクリエーターを目指してしまう社会よりも、作らないけれど伝えることで社会や文化を耕すような人がいる社会の方が豊かに思える。

誰もがみんなクリエーターを目指す必要なんてない。美意識や価値観を育み、伝えることにもきっと大きな価値がある。

作る人と同じくらい、伝える人だって大事だ。

自分のクリエイションの情報発信に躍起になるのもいいけれど、いいものを褒めたり広めたりすることで深まる文化もある。

そんなことを書きながら、これを読んで自分で作って自分の情報を発信するだけでなく、埋れかけたいいものを掘り起こして良さを叫べる人が増えたらいいなと思うのだ。

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