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人としての尊厳が脅かされた話@会津若松

年をとるにつれて、長距離移動が憂鬱になってきた。
若いころはニューヨーク→成田→シンガポール→フランクフルト
というようなルートでも耐えられたのだが。

飛行機だけでなく、電車やバスも長距離長時間がつらい。
座りっぱなしで腰や尻が痛くなるだけでなく、
好きなタイミングでトイレに行けないというのが
何気にストレスになっているのかもしれない。

幸い日本国内においては全国各地にコンビニエンスストアがあり
いざというときに24時間いつでもトイレに駆け込めるという
セーフティーネットが心強い。
はずなのだが。

2022年12月のクリスマス前に、日本列島は強い寒波に覆われた。
特に日本海側は暴風雪となり、車が道路で立ち往生して膠着状態。
一部停電が発生とか、高速道路や主要国道が一部通行止めとか
列車は運転見合わせ、飛行機は欠航等々なかなかのカオスだった。

そのほとぼりがさめたころ、私は新潟から福島県郡山市に
移動する必要があった。
先日の天気大荒れをニュースで見た身としては、
とてもじゃないけど自分で車を運転する気になれなかった。

磐越西線というJRで新潟から郡山まで行けるのだが、
あいにく夏の大雨で途中の橋が崩落してしまったため、
その区間はバスでの代替輸送となっていた。
そのため列車の接続時間が非常に悪くなってしまい
JRは使い勝手が信じられないくらい悪かった。

1日2往復と本数は少ないものの、
新潟-郡山間は高速バスでの移動もできる。
JRよりも断然早く移動できる。もうこれしかない。

しかし私は地方の公共交通機関を甘く見ていた。
どうせ空気を運ぶバスだろうと。スカスカだろうと。

とんでもない。満席でちっとも予約できない。
希望日の前後に日付をずらしても満席。
飛行機は当日キャンセルを見越して、実際の席数より
多めのチケットを売ってしまうのだが、
高速バスは手堅い。キャンセル待ちすら受け付けない。

しかしまだ希望はあった。
新潟から郡山までのバスは満席で予約不可だが、
途中の会津若松までのバスは予約なしで乗車可能だ。
これも1日2往復。残された道はこれしかない。

郡山着後のスケジュールの関係で、
私は新潟発朝7:10に乗ることに決めた。
泊まっていたホテルの朝食は6時開始だったので
6時きっかりに朝食会場に向かった。

バイキング形式の朝食をとりながら思った。
もし途中から雪がガンガン降ってバスが立ち往生したら?
とりあえず餓死しないように今ここで腹いっぱい食べよう。
打倒ギャル曽根の勢いでモリモリ食べ、ホテルをチェックアウト。

やはり郡山便を予約できなかった人が流れたのだろうか、
会津行きのバスもかなりの搭乗率だった。
トイレが車内ない大型バスなので45人乗りだとすると、
多分42人ぐらいは乗った感じがする。ほぼ満席。

バスは新潟から会津若松までを2時間ほどで結ぶ。
その中間地点の上川パーキングエリアで
バスはリクエストベースで臨時停車をし
トイレ休憩タイムとなる。

42人もバスに乗れば、誰かはトイレに行きたくなるものだ。
バスは上川PAで止まった。
私は大丈夫そうだったので、トイレに行かなかったのだが。

間違いだった。
なぜかバスが出発してしばらくすると、
急に便意を感じるようになったからだ。

そういえば今朝はフードファイターのごとく食べた。
噂にたがわず新潟のコメは美味だった。
しかしまさか胃腸が今頃になって
「やっぱりこの量は消化吸収できないYO」と
悲鳴を上げて蠕動運動をしまくってるのだろうか。

終点の会津若松駅まで残り1時間。
私はそっと目を閉じ、瞑想することにした。
悟りを開くのだ。

20分後、バスは西会津のバス停に止まった。
バス停の横にはトイレの入り口が見えた。
高速バス利用者用のトイレだろう。

行きたい。バスを降りてトイレに行きたい。
でもここで降りたら次のバスは12時間後だ。
それは無理な話だ。

西会津では1人の乗客が下車した。
私の大学での先生に外見が似ているから、勝手に高橋と命名。
大学の高橋先生は博識でギャグが寒かったが
こっちの高橋はバス賃の支払いがスローで手際が悪かった。

わざわざカバンを床に置いて、そこからガサゴソ探して財布を取り出す。
その後は5000円しかないからと、運転手に両替を依頼
(バスは普通1000円札しか両替できない)。
その1000円をさらに両替機で両替し、小銭をゆっくり数え・・・

私は瞑想して悟りを開くどころか、高橋の一連のスローな支払いっぷりに
迷走して怒りと便意が爆発しそうであった。
こっちは一刻も早くトイレに行きたいのだ。
新潟交通さん、高橋のために交通系ICカード払いを早く導入してください。

西会津を出てから会津若松駅まで残り30分。
腹痛を伴う便意はどんどん高まってくる。
出産時には陣痛とともに子宮口が開いてくるらしいが
今は腹痛とともに肛門が開こうとしている。今じゃない。

バスは高速道路を順調に走行。
が、まだまだ会津若松にはたどり着かない。
ここで運転手に路肩に緊急停車してもらい、
私は下車してその辺でしゃがみ尻を丸出しにして用を足す。
そんなことはできるのだろうか?いや、できない。

では着衣のままバス座席で盛大にぶりぶりやってしまおう。
音はごまかせても立ち込める悪臭はごまかせないだろう。
満席のバスでの悪臭。そして始まる無言での犯人捜し。
そんなことに耐えられるのだろうか?いや、耐えられない。

バスは会津若松市内に入り、高速道路を下りた。
私はかなりの極限状態であった。
会津若松駅までは待てないしもたないのは確実。
今ここで社会的に死ぬわけにはいかない。
私の人としての尊厳。

駅まで行くのをあきらめ、「アピオ入口」という
高速を下りてすぐのバス停で私は下車した。
付近にコンビニはないがバス停の反対側にはTSUTAYAが見える。
きっとトイレがあるに違いない。駆け込め。

駆け込んだTSUTAYAは朝10時開店ということで
ドアが固く閉ざされていた。詰んだ。
いや、諦めたらそこで試合終了だ。

TSUTAYAの隣にはスーパーマーケットが絶賛営業中。
しかもスーパーの入口のすぐ横にはトイレが絶賛開放中。
F1のピットボックスでのタイヤ交換並みの速さで便座に座り
私は人としての尊厳を守ることに成功した。

リオンドール。
そのスーパーマーケットの名前を私は忘れない。


ま、トイレは尿意便意を感じる前に行っとけ、という話です。
特に長距離移動の際には死活問題になるわけで。

2022年末、私はこの記事をアップすることによって
多くの人々に生きる希望を与えることができたことを誇りに思う。
よいお年をお迎えください。

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