地域密着30年、地元に愛されるお店です

某県にスポーツで有名なK高校というがある。
K高に限らず、中学、高校のそばには決まって駄菓子屋、もしくは弁当屋、パン屋、定食屋がある。需要があるからだ。

さて、私が査定に訪れたのはK高の正門からすぐの定食屋だった。
山田さん(仮名)はこの地で30年近くお店をやってきたらしい。

高校というものはそのほとんどが駅から遠い場所にある。駅から近い学校なんてものは都心だけの話だ。山田さんの自宅件定食屋も駅から遠かった。どうしようもない駅から35分くらいかかる立地。周辺は住宅街だけど、新築戸建は3,000万円前後。そんなエリアだった。

「峰さん見てください、ほらこれ○○で代表になった選手。こっちはオリンピックで、こっちの子は○○で優勝。すごいでしょう」

我が子の活躍を語るように写真や色紙を紹介してくれる山田さん。
店内にはいろんな選手の写真や手形、色紙が飾られていた。
山田さん曰く「卒業してからもこうして遊びにきてくれる子たちがいたんです。本当に嬉しい限りですよ」
手紙の中には「山田さんの大盛り定食のおかげで今の僕があります」などの言葉が並ぶ。

でも、そんな色紙や写真は査定額に影響を与えない。
山田さんの土地には700万円抵当権が設定されていた。住宅ローンではなく、事業用の借入資金だ。
今回私が呼ばれたのはそろそろ歳だし、お店を閉めて土地を売ったお金でマンションでも買ってゆっくりしたい、という山田さんの老後を考えるための第一歩だった。
薄暗い店内はお世辞にも綺麗とは言えない。石油ストーブの重たい臭いが漂っている。

「山田さん、今日は査定書をお持ちしたんですが私は嘘が苦手な人間なので率直にお伝えします。たぶん売れても1,000万円です。買取なら500万円。先ほどおっしゃられたこちらの土地を売却してマンションを買う、というお話はおそらく不可能だと思います」

シュンシュンシュンシュンと、やかんが蒸気を吹き出している。山田さんはぼけっとした顔で私の査定書を眺めている。
「峰さん、どうにかならないですか。見てくださいよ。こんなにたくさんの子供達の成長を見てきたんです」そう言いながらじっと私の目を覗き込んでくる。
「査定書っていうのはその土地周辺エリアの取引事例で作っているものなので2,000万円で売り出したいっていうのでしたらそのとおりお手伝いできますけど、その金額で売れるとは言えません」
どうにか出来るのであればとっくにしてあげているのだけれど、成約単価のまえに私たちは無力なのである。

山田さんのお店にはたくさんの有名人の写真があった。たくさんの手紙があった。たくさんの色紙があった。私でも知っている人が何人かいた。年収数千万みたいな人もいた。みんな山田さんへ感謝の言葉を残していた。
でも、誰も山田さんの老後にお金は出してくれないのである。

お金を貯めていなかったのも悪いし、売り上げが悪いときに延命でお金を借りたのも良くなかった。遡るとバブル期に高いお金でK高の前に土地を買ってお店を始めたのものよくなかったのかもしれない。
山田さんは土地とお店を手放せば事業の借金は消せるだろう。
でも、そのあとはどこに住むのだろう。その後の収入はどうするのだろう。

たくさんの人が山田さんに感謝をしている。けれども誰も今の彼の生活心配する人はいない。みんなの思い出の中ではご飯を大盛りにしてくれる、唐揚げを一個サービスしてくれる、たまに部活の相談にも乗ってくれる、恰幅の良い山田さんなのだ。
背中を丸めて石油ストーブに向かい、私の査定書をぼんやりと眺める山田さんのことは誰も知らないのだ。

「ご売却されるのであれば精一杯お手伝いいたします。ご家族とよく相談をされてみてください」

私はそう言い残して山田さんのお店をあとにした。
後日、売却することはやめますと電話が入った。あれからしばらくK高の近くには足を運んでいない。山田さんはいまもお店をやっているのだろうか。生徒たちの相談に乗っているのだろうか。卒業生たちは母校へ寄ったついでに山田さんのところへ色紙を届けるのだろうか。

彼らはきっとすごい年俸をもらっているんだろう。

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