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スーパードライは好きじゃない

しかし、スーパードライは瓶に限る。

監査も終え、休みなく本日も働き、明日も会社に行くことになるだろう。

神戸は花火大会だけど、僕には関係なく。

「ごめん、まだ仕事かかるから、先に店に入っていて」

今日は仕事終わりに寿司を食べに行く予定だ。

(寿司屋で先につまむか…)

と思いながら、立ち飲み屋に吸い込まれるように入る。

何度かきたことがある店だ。

いつものテーブル席が空いている。ここはカウンターは禁煙だ。

店員のおばちゃんが僕の顔を見て

「何人?一人?」

というので、僕は人差し指を立てて頷く。

「ここいい?」

「タバコ吸う?」

僕が頷くとおばちゃんも頷く。

「何しましょう?」

「瓶ビール」

運ばれてきたのはスーパードライだ。

やはり、大阪はスーパードライが強い。

返す刀でメニューで目に留まったそら豆を注文する。

枝豆を選ばなかったことに満足したように、おばちゃんは奥に消え、そしてすぐにそら豆を持って来てくれた。

アサヒのスーパードライは好きではない。

単純に味の好みだが、こういう店ではというわけではないが、基本瓶ビールを飲むことにしている。

生ビールは信頼している店で好きな銘柄ではないと個人的に飲まないことにしている。

一見の店ならまずは瓶ビールを頼むことにしている。


このグラスが好きだ。

大衆酒場や町中華にふさわしい、と僕は思う。

スーパードライは辛くて苦い。

僕は酒を嗜む方だが、これは父型の血を受け継いでいる。

大学に入り、父型の祖母の家が通学途中になった。僕は大学の入学式が終わるとスーツのまま祖母の家に電話をかけ、祖母の家に寄った。

「今日入学しだったのね。いらっしゃい、何にもないけど」

電話をとった伯母はそっけなくそう言った。

僕は慣れないスーツに慣らそうといきがりながら祖母の家に向かった。

ガラリ戸を開ける。

玄関左側のキッチンでは伯母が料理をしていた。

「いらっしゃい」そっけなく伯母は言った。

僕は奥の居間の祖母に挨拶をすると黙って仏壇に向かい手を合わせた。

向き直り祖母と話を始めると伯母が瓶ビールとグラスを持ってやってきた。

時間は15時だ。

「スーツにあってるね。ハンガーにかけなさい」

そういうとビールをおいてハンガーを持って来てくれた。

「うん。ばあちゃんにみてもらいたくてね」

祖母は嬉しそうに笑った。

スーパードライを当たり前のように手酌で飲み始めると、

「こんなものしかないの」

と冷奴、枝豆

「もっと、早く言いなさい」そう笑って伯母は忙しそうにキッチンに戻っていった。

忙しいことが嬉しいみたいだ。

僕は伯母とポツリポツリと話をしながらビールを飲んだ。

「啓くん、ビールある?」

「もうなくなる」

「冷凍庫に冷やしてあるからとって」

僕は冷凍庫を開ける。

瓶ビールが4本冷やしてある。

「足りるかな?ヨシハルには1本て言ってあるから、いつも一本しか冷やしてないの。けいくんくるのわかってたらもっと冷やしてたのに…」そう笑いながら調理に向かった。


ぼくは栓抜きで勝手に線を抜き、それからも祖母と伯母と話しながらビールをあけつづけた。

18時。叔父が帰ってくる。頭はペンキまみれだ。

「おお、啓くん来てたんか。とりあえず飲もう。ビールだな」

そういうと、ペンキがついた眼鏡を拭う。冷えたグラスにぼくはスーパードライを注いだ。

髭を泡まみれにしてうまそうに叔父は飲む。

「最近、厳しくてな。1本だけやねん。でも、啓くんきたら飲めるからうれしいわ」そう笑って、ぼくのグラスにビールを注ぎ、自分の空のグラスに並々と注いだ。祖母は変わらずニコニコとしている。

テーブルには鳥の唐揚げ、筑前煮。

「啓くんご飯は後でいいね」

伯母はいう。

僕はお腹がいっぱいだ。

「食べれないよ」

僕がそういうと、

「じゃあ、紅生姜つけたのあるし、梅干しもつけてるのあるからそれで食べなさい。勧め上手でしょ??」そう、伯母は笑った。

伯母の目は優しく微笑んだ。僕ば頷いてしまっていた。

叔父はビールを1本空け、

「次焼酎やな。啓くんも焼酎いくやろ?」

そう言ってきた。僕ば黙って頷く。

水と氷と吉四六が運ばれてくる。言い忘れたが、我が祖先は熊本だ。

叔父がグラスに氷を並々といれ、焼酎をグラスの8割方注ぎいれた。

「え?比率おかしくない?」

僕が言うと、

「うちはこんなもんやで。みんなそうや。坂井田の、家はこんなもんやで。」

そう言うと残りの1割弱に水を注いで、ステアする。

僕ば首を傾げながら一口焼酎をすすり、やはり首をかしげる。

「ばぁさん、飲むかい?」

今まで起きてるのか寝てるかわからない祖母に叔父は言った。

「ほなら、もらおういかいね〜」

祖母は変わらない口調で言う。

叔父がつくる水割りは同じ比率だ。

祖母は黙って、グラスを口に運ぶと

「おいしいっちゃね」といった。

「ばぁさんは一番の酒飲みやからね。けいくんもまだまだやで」

叔父は楽しそうにいった。




祖母は死んで、僕が家に行くことも少ない。

叔父は今でも鮎を釣っているであろうし、伯母は今も叔父のビールを、1本しか冷やしていないのであろう。

僕はけして、味覚に絶対な自信があるわけではない。それでも記憶はたしかにある。

僕ば瓶ビールが好きだ。

そして、アサヒのスーパードライの瓶ビールは特別苦手だ。

とても、苦い。そして、とても辛い。

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