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【#1】脳死国家日本――死からの再生①

千種有宗

はじめに


 最早、我が国は脳死したと言わざるを得ない。なぜかと言って、国家の頭脳たる執政府を構成すべき指導者層に知性と道徳が払底したからである。そして不随となった身体、つまり国民も経済的利益の為に道徳を放擲し、歴史の汲古という知性の研磨を止め、戦後民主主義という子供部屋に閉じ籠るアンファン・テリブル(enfant terrible)な大衆に成り下がった。この際、華々しく自裁したいところだが、脳死状態では身体を動かすこともできない。米国の世界覇権という生命維持装置が除去されようとしている今、我が国は醜く腐朽してゆくのを待つだけとなっている。而して、我々にできることは、祖国の死を哀しみ、子孫に伝え、忘れないでいることである。つまり、我が文明を守り抜くのだ。然すれば、この美しい国土に、文明から自生するところの国家が再び現出しよう。「石走る垂水の上の早蕨の萌え出づる春になりにけるかも」(万葉集・1418)。厳しい冬の寒さに堪えて根を張り、来る春に芽を出すことができるように備えるのである。



もう希望はない


 文明とは、ある集団において学習・共有された慣習が、次世代に継承されてゆく間に度重なる批判解釈を経て、確からしい価値規範として承認された、自生的な伝統の総体である。ハイエク(Friedrich Hayek)の言葉を借りれば「学習された行動ルールの伝統」の総体である。

文化は自然的なものでも人為的なものでもなく、また遺伝的に伝えられたものでも、合理的に設計されたものでもない。それは学習された行動ルールの伝統である。

F.ハイエク、西山千明・矢島鈞次監修・渡部茂訳『法と立法と自由Ⅲ』春秋社、2008年、212頁


 我々は文明の中で生まれ、文明を学習し、文明を批判解釈して、試行錯誤しながら生きていく存在である。文明は我々がどのように生き、行動すべきなのか、という世界観や人生観を涵養する。したがって、国家の執政府を構成する指導者層が人間である以上、国家がどのように生き、行動すべきかという国家観は、指導者層の世界観や人生観と近似することになる。私が冒頭で「指導者層に知性と道徳が払底した」と言ったのは、指導者層に国家観を持った者が絶えたということの言い換えであった。なぜなら、様々な行動ルール(慣習)を学習し批判解釈する知性と、それらを価値判断してより優れた行動ルール(伝統)を導き承認する道徳とがあって初めて、世界観や人生観を涵養することができるのであり、それらなくして国家観を導くことはできないからである。

 特に、我が文明は伊邪那岐・伊邪那美両神が国を生みまして以来の、我が国は神武御即位以来の旧い歴史と伝統がある。この歴史と伝統を引き受けて日本国の国家観を示し、国民を導くのが我が国の指導者であるべきところ、そうした者が輩出する層(class)まで絶えてしまったのが現在の我が国である。それを私は「脳死」と表現したのだ。岸田総理大臣を始めとする政治家は国家の戦略や政策を語っているが、それらは本来国家観から敷衍されるべきものであって、彼らの国家観なき戦略や政策は容易く浮動して信頼に値しない。


 歴史を顧みれば、時の執政府が機能不全に陥ったとしても、それを打倒して政を執る指導者層が絶えたことがないのが、我が文明であった。称徳天皇に替わられた光仁・桓武両天皇、鎌倉幕府に替わられた後醍醐天皇、室町幕府に替わった織田信長・豊臣秀吉、徳川幕府に替わられた明治天皇など、知性と道徳を備えた指導者――つまり国家観のある指導者――と、彼等を生み出し支える層が絶望的状況の中で正しく絶望して希望を見出し、国家を継続させて来たのである。

 しかし、その指導者層が遂に我が国に絶えた。政を執るべき国家観を持った指導者が生み出されない国になったのである。今まで私は、機能不全に陥った現代日本の執政府を打倒する術があるのだという希望を持っていた。民主政の手続によって独裁者が輩出するとか天皇親政が復古するとか、色々手段はあるだろうと。が、たとえ独裁や親政が行われようが、それが我が文明の歴史と伝統を引き受けたものにならない以上、意味は無いのだと考えるに至っている。いや、そもそも独裁や親政を行う気力さえ失っているのかもしれない。我が国は、自力で機能不全に陥った脳機能を回復させる術を失った、脳死国家なのである。

 自力に期待できない以上、脳機能を回復させようとすれば、他力に頼るほかない。外科的手術によって死んだ脳を新しい脳に入れ替えようというわけだ。ポルトガルやスペインのコンキスタドーレス(conquistadores)が南米の指導者層を駆逐したように、天皇を廃位し、支那人を新たな皇帝・指導者層と戴いて我が民族がこれに隷屬する、新たな国家を作り上げるのだ。しかし、それは我が文明に自生するところの国家ではない。身体は同じでも我が文明の歴史と伝統を一切引き受けない、別人格の国家が我が国土に人造されるに過ぎないのである。


 自力にも他力にも期待できないとすると、もう諦めるしかないのだろうか。

 一つだけ希望への手がかりがあるとすれば、それは我が国に絶望する者が増えることである。パンドーラーが開いたピトス(甕)に最後残ったのは、希望であった。この故事に倣って、絶望の果てに考えもしなかった希望が見出される可能性を信じるのだ。太宰治も次のように語っている。


 それはもう大昔からきまっているのだ。人間には絶望という事はあり得ない。人間は、しばしば希望にあざむかれるが、しかし、また「絶望」という観念にも同様にあざむかれる事がある。正直に言う事にしよう。人間は不幸のどん底につき落され、ころげ廻りながらも、いつかしら一縷の希望の糸を手さぐりで捜し当てているものだ。それはもうパンドラの匣以来、オリムポスの神々に依っても規定せられている事実だ。

太宰治「パンドラの匣」『太宰治全集第8巻』所収、筑摩書房、1989年


 絶望の果てにこそ希望が見出されることを喝破したのは、太宰だけではない。例えば魯迅は1925年1月1日の日記に、ペテーフィ(Petőfi Sándor)の詩を引用しつつ「絶望の虚妄なることは、まさに希望とあい同じい」と書き残している。

  希望とはなに?――娼婦さ。
  だれにでも媚び、すべてを捧げさせ、
  おまえが多くの宝物――おまえの青春を失ったとき、
  おまえを棄てるのだ。

 この偉大な叙情詩人、ハンガリーの愛国者、が祖国のためにコザック兵の槍の穂先に死んでから、すでに七十五年になる。悲しきかな、死よ。だが、さらに悲しきは、かれの詩がいまなお死なないことなのだ。 しかし、痛ましき人生よ。傲岸不屈のペテーフィのごときさえも、ついに暗夜に向かって歩を止め、茫々たる東方を顧みているのだ。かれはいう。
  絶望の虚妄なることは、まさに希望とあい同じい。

片山智行『魯迅「野草」全釈』平凡社、1991年、152頁


 ペテーフィの詩を読まずとも、希望が虚妄でしかないことは誰しも理解できよう。

 では絶望はどうか。絶望も虚妄である。なぜかと言って、ペテーフィの瞳が顧みている「茫々たる東方」には、夜明けが待っているからである。どんなに暗い夜もいずれは明ける。したがって絶望もまた虚妄なのである。しかし、魯迅は続けて語る。

 私は自分でこの空虚のなかの暗夜に肉薄するしかない。たとえ身外の青春をたずね当てることができなくとも、みずからわが身中の遅暮を投げうたねばならない。だが、暗夜はいったいどこにあるのか。いまは星なく、月光および笑いの渺茫と愛の翔舞もない。青年たちはとても平安だ。そして、わたしのまえにはついに真の暗夜さえないのだ。

 絶望の虚妄なることは、まさに希望とあい同じい

同上


 魯迅が絶望しているのは、本来「暗夜に肉薄」して絶望すべき「青年たち」が、「とても平安」に生きて暗夜に至っていないからである。夜明けは暗夜の後にこそやってくる。不死鳥が灰の中からこそ蘇り、生焼けでは蘇ることが能わないように、絶望の果てにまで堕落しなければ希望を見出すことはできないのだ。祖国とその文明に絶望できない同胞にこそ、魯迅は絶望したのであった。そうして祖国と同胞に裏切られ続けた魯迅は、絶望の果てにも希望を見出せず、結局絶望の奈落に落ちて死んだ。

 我が国の大衆も「とても平安」に生きている。大衆は絶望を感じ取るべき祖国に絶望を感じ取り得ず、脳死した国家を生きていると思い込んで、戦後民主主義という子供部屋の中で生きている。国家が国の家であるとすれば、廃墟と化した家でままごとをやっているようなものだ。大衆は居心地の良い仮想空間(Matrix)としての子供部屋に逃避して、絶望すべき現実を直視しようとせず、したがって希望を見出せないでいる。再建しなければならない家を再建できないでいるどころか、再建しなければならないことさえ、知らないのだ。

 絶望を感じ取ることのできない大衆に絶望した絶望者は、魯迅のように独り絶望の奈落に落ちてゆくしかないのである。太宰治も結局は「濁りににごった池水」に溺れて死んだのだった(太宰は「池水は濁りににごり藤波の影もうつらず雨降りしきる」と書いた色紙を伊馬春部に残して自裁した)。絶望の果てに希望を見出す可能性さえ、我が国にはない。


(続く)
【#2】脳死国家日本――死からの再生②

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千種有宗
個人事業主。元予備校講師。和歌を詠じブラームスを聴く。自ら雅号を「宗治」と称すも「おぱんつ男」と渾名される。断じて怪しい者ではない。 ブログ→https://officearimune.hatenablog.com/