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アートは道しるべになる



アートは遠い存在なのか?

どうも、こんばんは、hanaです。今日はアートについての記事を書こうと思います。アートを日常の中で身近に感じている人は決して多くはないです。美術館で触れるような...何か特別なものだと感じている人が多いと思う。でも、アートは特別難しく理解するようなものではないんですね。例えるならば、鑑賞した人をそのままうつす鏡...そう、すごくシンプルなんです。もっと身近なアート作品の具体例を出すとするなら、例えば音楽。それから写真や映画。本なんかもそうですね。表現者たちが魂を削って生み出した作品に触れたとき、鑑賞者の持つ心は反射し、揺れるときがある。出逢うべくして出逢ったそれは、唯一無二の存在になると思う。


アートは常に問いかけている

例えばもし、アート作品を見たときに「ギュッ」とした気持ちになったのだとしたら、それが現時点で「その作品を通して鑑賞者が気づいたヒント、答えにつながる何か」。そのヒントを紐解いていき、自分と対話することで、これまで気づかなかった、あるいは...無意識の中に隠していた自分の本質を発見する。ちなみに、なぜ現時点かというと、鑑賞者は生きていて、人は常に変化し続けるからです。同じ作品だったとしても何年後かに見たなら、別の思想を生むかもしれない。だから鑑賞者が見つけた答えは、現時点の答え。見た人が「いま、どう考え、どう見るか」つまり、自分がどういう人生を生きたいのか。どういう人間として生きていきたいのか。自分が生きている社会や人と、どうかかわりたいのか。...ということを、アートという存在は静かにただ、問いかけて続けている。



作品の作り手としての想い

作品を生み出す側も、それは同じだ。私はデザイナーと名乗る前、アーティストとして活動していた。この世界で、自分が何をどう考え、どう生きたいのか。最大限の問いを、何度も何度も何度も何度も自問自答し、考え続け、
作品という目に見えるカタチにアウトプットしていた。作品を作って誰かに何かを伝えたいとは微塵も思っていなかったし、完成し生み出した後も考え、自分に問い続けた。あるいは、他のアーティストが生み出した作品に触れ、違う角度から自問自答するときもあった。これが本当に、私の出す答えがカタチになった作品なのだろうかと。探し、迷い、確かめるすべはなく、答え合わせはできない。それはすごく孤独で、どこまでも自分と自分だけのふたりっきりの作業でした。




だからアートは道しるべになる


作品を作ること、あるいは見ることによって生まれ気づいた、自分の想いや考え...。それがまさに、アートを通して見つけた、その人だけのひとつの答えなんです。その答えは、正しいとか正しくないとかそんな物差しでは決して測れない。この世界には全てが正しい人も、あるいは間違った人もいないのだから。誰にも◯と × をつける権利はない、アートには正解も不正解もないんだ。いま、こんな時代だからこそ求められているのは、自分が主役となって人生を歩むこと、自分自身を見つめる力なのかもしれない。つまり、自由な自分を認める一種の覚悟のようなもの。そのとき、アートは必ず私たちを支えてくれる。ものが溢れ多様化は更に加速し、価値も未来も不透明な混沌とした世界で、道しるべのような存在になってくれる。



Office ioとアート


見る人に問いかけ、心を揺さぶり、唯一無二の価値を持つアート。今はこのアートが持つ性質をデザインの設計能力と掛け合わせてオフィスイオのコンセプトとしています。ふたつを掛け合わせることで、人の心を揺さぶるデザインを作ることができました。アートとデザインはそれぞれ別物としてカテゴライズされてきたけれど、双方の境界線に立つことはできると思っています。例えば、何千人もが目にする広告が「アート×デザイン」で作られたものだったらどうだろう。フレームは広告という媒体だけれど、何千人もの心を揺さぶる瞬間があるかもしれない。もちろん、広告だけに限った話じゃない。デザインが使用される媒体全てに言えると思います。そんなものを作り、広め続けることで、世界に道しるべのような光を増やしたいと。「今日まで忘れていた世界に気づかせる」これは、Office ioが掲げるmissionです。そしてそのさきにある、一人一人が主人公となって自分らしい人生を歩む世界に。今はたとえ小さな声でも発信し続けていこうと、そう思います。




文:hana
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私たちは不完全な生き物だ。 不完全で、足りない何かを抱えている。
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