事業形態によってはBCPは不要?
今年の春にNTTデータ経営研究所から、ある調査報告が公表されています
内容は、介護事業者を主体とした感染症対策や業務継続に向けた取り組み状況の調査です
参考資料:感染症対策や業務継続に向けた事業者の取組等に係る調査研究事業
その調査結果に興味深いものが多々ありました
その中でも、訪問介護、訪問看護と居宅介護支援の事業者のBCPの策定状況が低迷であることが目立ちました(調査報告書の44、71頁)
現時点では策定中の事業所等が多く、今後、時間をかけて・時間を作って整備されることであろうと推察されます
もしかすると、訪問系や居宅系の事業所が本部事業所の傘下にある場合は、策定の必要性を感じていないのかもしれません
さて、事業形態によって策定状況が異なるのは、BCPの必要性についての温度差があるのかもしれません
ただ単に、”普段は使うことがない” ということで、策定を後回しにしている事業所等もあることでしょう
今回は、事業形態によっては、本当にBCPが必要なのかについてお話します
■ 策定と運用は必要
結論ですが、”必要” です
むしろ、策定・運用しなければならないものです
その理由を以下に説明します
■ しなければならない理由
いかなる場合にも、介護事業・障害福祉事業が社会ニーズに応え得るようにするためには、業務継続力の強化が必要不可欠と考えられています
そのため、昨年、厚生労働省から令和3年度介護報酬改定が出され、省令や各種通知でもって指針が示されました
令和6年度からは ”全ての介護事業・障害福祉事業” は、感染防止と自然災害対処に関するBCPの策定と運用が義務となります
これに伴い、厚労省から各自治体に対して、介護事業所に対する自治体による実地指導の基準も示されました
参考サイト:厚生労働省
参考資料:1 運営指導マニュアル
2 確認項目及び確認文書
その基準には、介護施設・事業所に対する運営指導の基準と要領のほか、確認する文書が示されています
BCPに関する記述は次のとおりです
なお、厚労省から出ている文書に記載される ”業務継続計画” という用語は、”事業継続計画” と同じです
確認項目
感染症、非常災害発生時のサービスの継続実施及び早期の業務再開の計画の策定及び必要な措置を講じているか
従業員に対する計画の周知、研修及び訓練を実施しているか
計画の見直しを行っているか
確認文書
業務継続計画 ← 事業継続計画(BCP)のことです
研修及び訓練計画、実施記録
つまり、事業形態にかかわらず、BCPを策定し、研修や訓練の計画と実施、実施した記録を文書または電子データとして保管しなければならないのです
現時点で、義務化とともに罰則や報酬額の加算・減算などの規定は示されてはいませんが、今後の動向を注視する必要はあります
■ 事業運営上の理由
そもそもですが、感染症や自然災害などの事業に影響を与える事態に ”備える・構える” ことは事業運営上の命題です
防災や防火なども同じであり、それなりの対策を進めてきたはずです
特に、介護事業や障害福祉事業は、平素から社会ニーズが高く、それに応えることを求められています
そして、災害等の事態発生時には、そのニーズが拡大・増加することは明らかです
人命や財産を災害等から救えても、事業が成り立たない状態であると、その事業の命はそこで終わりです
被害を復旧させて業務を再開させれば、何の問題はないと思われるかもしれません
しかし、サービス利用者はいつまでも待っていてくれるでしょうか
利用者が離れてしまった事業で従業員の生活が守れるでしょうか
社会ニーズに応えていると言えるでしょうか
近江商人の経営哲学に ”三方良し” という考え方があります
「売り手良し、買い手良し、周り良し」
事業者も、利用者にも利益があり、その結果として社会全体の利益になることが理想の経営とされ、長続きすると説かれています
どんな状況に事業が置かれても、継続し続けるということが ”三方” のために絶対必要なのです
■ 策定が進まない
さて、先ほどの調査報告書には、BCPの策定が進まない原因と思われる調査結果も出ています
なお、この調査は全国5000事業者に対して調査依頼し、有効回答数約1800事業者のデータに基づいています
BCPの策定はどの程度難しいと感じているか(調査報告書の58、87ページ)
約7割以上が「難しい」「どちらかと言えば難しい」と回答難しいと感じている理由(調査報告書の62、89ページ)
・検討時間がないから:約5割以上
・策定に関わる職員が不足しているから:約5割以上
・策定の進め方が分からないから:約5割弱
結果を見るに ”ごもっとも” です
日頃の業務が多忙で、多種多様な業務を優先度に応じて行っているのですから、時間とマンパワーが枯渇するはずです
そんな状態なのに、専門知識もなければ、事業が被災した経験もないのならイメージすら湧かないことでしょう
さらに、ネット上や書籍に書かれている内容は複雑で多岐にわたっているのですから、やる気もなくなることでしょう
ところが!
そんな事業者方々も、しっかりと実践していることが多くあります
それは、防災やBCPだからという理由ではなく、事業や業務に必要だから行っているのです
例えば・・・
職員名簿やサービス利用者の名簿、関係する機関や業者の連絡先リストの整備
提供するサービスに必要な資器材の保管と在庫管理
財務データの整理と保存
感染防止などのための手順決めと従業員への周知
事業所内でのサービス利用者の状態・状況に関する情報共有
業務日誌や業務申送りノートなどへの記録
どの業務も、わずらわしく・難しいと思っているかもしれませんが、必要だから行っているはずです
BCPを一から始めるのは、非常に大変な作業です
しかし、今ある業務をベースとして活用・流用することでもBCPを作ることができます
そういう視点で考えると、被災の経験はなくても、起こっては困るようなことはイメージしやすいはずです
また、考えのまとめ方を災害や非常事態という始まりではなく、〇〇が無くなったら、△△が止まったらというところから始める方が容易いと思います
例:もしも電気が止まったら・・・
パソコンが使えない、電話回線は生きていても電話機が使えないよ~
名簿やリスト、財務データなどは、ノートパソコンに保存しておき、モバイルバッテリーも常時充電しておこう
事務所で契約している携帯電話を災害時優先通話契約に変えておこう
今ある業務手順や取り決めを文書や図表にしておこう
その存在と活用を皆に教えておこう
このような感じで、今ある業務をベースに細かなことを寄せ集めるだけで、BCP中で策定しなければならない手順書やマニュアルが完成します
その他にも、想定する状況から考えることもできるでしょう
例:訪問介護事業のサービス利用者が自宅以外の場所から支援を求めてきたら・・・
”いつもの自宅ではないから、求めに応じられない” とは絶対に言えないよね
支援の内容と場所を再確認して
必要な資器材を揃え、車に積み込み・・・いつも同じ物なら折り畳みコンテナでパッケージ化しておくと便利かも
行き先までのルートを確認して・・・車のナビだけでなく、地図も必要かもね
今までの利用者さんの情報が欲しい・・・申送りノートを見てみよう
このような連想ゲームで整理するやり方もあります
また、そのまま災害等発生時のサービス提供の手順・要領にもなり得るかと思われます
BCPの策定が難しいのは、日ごろの業務と切り離して考え、最終的に計画書を完成させなければならないと考えるからです
確かに、厚労省や中小企業庁などから ”ひな形” がネットで入手できますが、そのとおりに策定する必要はありません
まずは、”できていること” から始め、その蓄積で完成度を上げることができます
■ 策定よりも大切なのは
BCPの策定についてのお話をしましたが、BCPの策定が最終的な目的ではありません
最終的な目的は、利用者のため・自分らのために事業を存続させることにあります
目的達成のためのツールとしてBCPを作っておくというだけのことです
最も大切なのは、事業を運営・経営し続けるための活動を止めないということです
日頃からの業務も非常時の業務も、事業を取り巻く状況や環境に違いや変化があるだけで、継続させることに違いはありません
災害等の非常時でも、日頃の業務の延長線上で被災下の業務が続けられるくらいの事業体力をつけておくのが理想です
そのためには、必要な備えだけでなく、非常時にも耐え得る日頃の業務の態勢づくりが必要となります
その態勢づくりも継続した活動が重要になります
今ある色々な業務は、非常時にどうなるのか
絶対に止めてはならない業務はどれか
形骸化していると思われる業務は、本当のところどうなのか
従業員がいつも迷っている・困っていることは何か
このような視点で事業全体を俯瞰して見たり、従業員から聴取するなどで日頃の業務を確認し続けます
その結果、改善しなければならないことが見えてきて、改善の方向も見つかります
事業に取り巻く状況や環境の変化、職員の意見などを整理して
事業全体、各種業務の実情を把握して
改善(変更・統合・分割・廃止)の方策を考えて
改善に着手し、実行してみて
その結果を確認し、さらに他の業務も把握して
次の方策や次の課題を考えて・・・
グルグル回し続けることで、事業の体力を強くさせることができます
これは、事業主や経営陣が主導を取って従業員とともに進める必要があります
そのための従業員に対する啓発や現場の声を聴く機会を設けることも必要です
ちなみに・・・
このような一連の活動のことを ”事業継続管理” と言い、英語で ”BCM(Business Continuity Management)” と言います
BCPは、BCMという活動の中で、一定の取り決め事を誰もが分かるように文書として可視化させたものに過ぎません
BCPの策定だけを重視してはいけません
事業を継続させるための管理業務が最も重要なことであり、日頃の業務とともに行うべきものなのです
■ まとめ
事業形態によってはBCPは必要ないのかの答えは ”絶対に必要” です
その理由は・・・
社会全体に必要だから義務化される
事業・利用者・社会全体のために必要だから
・・・です
また、BCPの策定は難しいところから始めないということです
日頃の色々な業務を活用して・流用して積み重ねる
身近なところの迷うこと・困ることから考えて積み重ねる
積み重ねを整理した結果として、BCPとして完成される
このような活動は、日頃の業務と並行してグルグル回し続けることが大切です
BCPというツールにだけとらわれず、BCMを行い続けることが事業にとって必要なことだと思っていただきたいです
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