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オーケストラ・アンサンブル金沢第459回定期公演マイスター・シリーズ

2022年10月1日(土)14:00~石川県立音楽堂コンサートホール

  1. ハイドン/交響曲第59番イ長調, Hob.I:59「火事」

  2. 細川俊夫/セレモニー:フルートとオーケストラのための(OEKとチューリヒ・トーンハレ管弦楽団による共同委嘱作品,日本初演)

  3. ストラヴィンスキー/バレエ組曲「プルチネルラ」

  4. (アンコール)レスピーギ/リュートのための古代舞曲とアリア第3組曲~シチリアーナ

●演奏
沖澤のどか指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:アビゲイル・ヤング),エマニュエル・パユ(フルート*2),アビゲイル・ヤング,ヴォーン・ヒューズ(ヴァイオリン3),ダニイル・グリシン(ヴィオラ3),藤原秀章(チェロ3),ダニエリス・ルビナス(コントラバス3)
プレトーク:細川俊夫,池辺晋一郎

Review

絶好の秋晴れの中,沖澤のどか指揮によるオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK) 定期公演マイスター・シリーズを石川県立音楽堂コンサートホールで聴いてきました。

沖澤さんは,2019年ブザンソン国際指揮者コンクールに優勝後,ベルリンのカラヤン・アカデミーの奨学生としてキリル・ペトレンコのアシスタントを務め,今年の3月にはベルリン・フィルを指揮するなど,近年急速に活躍の場を広げている注目の若手指揮者です。国内でも,今年のセイジ・オザワ松本フェスティバルで「フィガロの結婚」を指揮。2023年4月からは,京都市交響楽団の常任指揮者に就任することが決まっています。

この沖澤さんですが,実はその指揮活動の原点といっても良いのが,OEKの指揮研究員としての活動です。私を含め,OEKファンの中には,沖澤さんが大きく成長して,今回OEK定期公演に初登場すること(初登場というよりは,戻って来たという感覚ですね)を心から喜んでいる人も多いのではないかと思います。

この日のプログラムは,「本物の古典」であるハイドンと「古典を真似た」ストラヴィンスキーの間に,ベルリン・フィルの首席フルート奏者,エマニュエル・パユさんのフルート独奏による細川俊夫さんの新曲(日本初演)が入る,というOEKらしい構成でした。沖澤さんは,このプログラムを自然体かつ表情豊かに聞かせてくれました。

最初に演奏された,ハイドンの交響曲59番は「火事」という謎のニックネーム付き。同名の演劇の付随音楽として作曲されたことに由来するようですが,正確なところは分からないようです。

まず,沖澤さんの登場の仕方が独特でした。通常はコンサートマスターが入ってきた後,「おもむろに指揮者が入場」というのがパターンですが,今回,沖澤さんは,アビゲイル・ヤングさんと一緒に入って来ました。小澤征爾さんがサイトウ・キネン・オーケストラを指揮するときもメンバーと一緒に入ってきていたと思いますが,この辺も「沖澤さんらしさ」でしょうか。個々の奏者の力が際立つ室内オーケストラを指揮するような場合,特にメンバーと一緒に音楽を作っていこうという意識が強いのかもしれません。

第1楽章は,キレ良くスパッと始まった後,自然にスーッと音楽が流れていきました。この無理のない流動感が瑞々しかったですね。この日は通奏低音のチェンバロ奏者として曽根麻矢子さんが参加していました。オーケストラの音量がす~っと弱くなると,チェンバロの音が心地よく浮き上がって聞こえてくる感じも爽やかでした。

第2楽章はもの悲しさの中に,清潔感の漂うような音楽。後半,ホルンやオーボエが加わってくると,ハイドンの交響曲「告別」の最終楽章とちょっと似た感じになるのが面白いと思いました。第3楽章のメヌエットも大げさすぎない音楽。トリオの部分では,ヴァイオリンのパートの奏法が独特で,繊細なエコーがかかっているように聞こえたのが面白かったですね。さすがハイドンという「技」でした。

第4楽章はホルンの高音で開始。ヤングさんのリードの下,ノンストップで一気に音楽が流れていくのが爽快でした。沖澤さんの作る音楽は,新鮮でしなやか。その中に,ビシッとした芯のあるような音楽で,古典派音楽にぴったりでした。

2曲目は,2021-22シーズンのOEKのコンポーザー・オブ・ザ・イヤー,細川俊夫さんによる新曲「セレモニー」が演奏されました。この曲は,OEKとチューリヒ・トーンハレ管弦楽団による共同委嘱作品で,約2週間前にスイスで初演済なので,今回は日本初演ということになります。

この日の公演前,作曲者の細川さんに池辺晋一郎さんがインタビューするような形のプレトークがありました。現代曲の場合,こういった予備知識があると,楽しむポイントが増えると思います。次のようなことを語っていました。

チューリヒでの初演の時は,弦楽器の編成はもっと大きかった(コントラバスは4人。OEKでは2人)。今回のリハーサルを聴いて,違う曲のように聞こえる面白さがあった。

細川さんが協奏曲を作る場合,ソリストは「シャーマン」,オーケストラが「自然,世界,宇宙」などを象徴させている。その相互作用や反発などが鑑賞のポイント(と私は解釈しました)

過去,OEKのためには1995年に「庭の歌」を作曲している。その時はコンポーザー・イン・レジデンスとしてではなく,CD録音のために作曲した

武生音楽際の監督として北陸には縁がある。その後,北陸新幹線の敦賀延伸に関連して,「これはまだ非公開」というお話も紹介されました。

というわけで,今回はフルート協奏曲的な作品でした。細川さんのお話と重ねると,独奏のパユさんが「シャーマン」役,OEKが「世界,宇宙,自然」ということになります。曲の最初の部分,パユさんの吹く「フーッ」という感じの息の音の後,大太鼓が静かに答える...という不思議な雰囲気になりました。そういうスタンスで聴くと,何か,ステージ上に風が吹いて景色が見えてくるという感じに思えるから不思議なものです。

今回,OEKのフルート奏者の松木さんとパユさんが掛け合うような部分があったのも特徴的でした。OEKの弦楽器以外の編成は,それほど大きくなかったのですが,ハープ,チェレスタ,打楽器各種などが入っており,多彩な音色を作っていました。いわゆる歌うようなメロディが皆無の作品で,難解さはありましたが,色々な楽器が絡み合う,音のテクスチュアの変化自体が面白いと思いました。例えば,パユさんのフルートの音が豊かさを増し,くっきりとした表情になって来ると,OEKの音の方も精彩を増してくる…といった相互作業を楽しめました。

この日,パユさんは楽器を複数持ち替えてしました。アルトフルートだけかと思ったら,譜面台の上にピッコロも置いてありましたので,3種類吹いていたことになります。尺八を思わせるような奏法を使ったり,特殊奏法も満載。強烈な音から深い音まで,フルートの音色のグラデーションも楽しむことができました。

曲の最後の方は,段々と静かになり,カデンツァのような形でフルートの独奏が続く部分になりました。この部分での雄弁で美しいフルートの音にすっかり魅せられました。曲の最後の方では,多少不安さを残しながらも,平和で落ち着いた感じになりましたが,「パンデミックの収束」的な感じを表現したのかなと勝手に想像して聴いていました。

この曲は20分以上あるような曲で,アンコールはありませんでしたが,その代わり(?)に...パユさんが休憩時間にカフェ・コンチェルトに登場するというファン・サービスがありました。

よく写っていませんが左奥あたりにパユさんが登場。junichi cafeのエプロンを持ちあげていました。さすがの大人気でした。

出番が終わり,パユさんもリラックスしていたのではと思いました。9月18日の定期公演では,OEKアーティティック・リーダーの広上淳一さんが休憩時間にカフェに出没していましたが,その「広上リーダー」らしらは本日も継承されている感じでした。

後半はストラヴィンスキー「プルチネルラ」組曲が演奏されました。この曲については,ヤングさんをはじめとした弦楽器の首席奏者をソリスト群とする合奏協奏曲のような感じで演奏していました(ステージに登場する際も,沖澤さんと一緒に5名が登場。第2ヴァイオリンはプログラムでは江原千絵さんとなっていましたが,何らか事情でヴォーン・ヒューズさんに交替になっていました)。その重層的な絡み合いが面白かったですね。

曲の最初は,力むことなく,しなやかに開始。じっくりと演奏していたので,ソログループとオーケストラ全体によるトゥッティとの対比がくっきりと出ていました。その後,オーボエの加納さんによる落ち着きのあるソロに。この曲では,木管楽器の各パートも大活躍でした。この曲では,コントラバスが3名だったこともあり,そのピチカートの音も迫力がありましたね。

その後も,緩急自在にテンポを変えながら,各楽器が対話するような感じで短い曲が次々と続きました。生き生きとしたビート感の効いた4曲目タランテラから第5曲のトッカータに移っていくあたりの流れの良さ。第6曲のガヴォットは木管楽器中心の変奏曲。ユーモアと優雅さが合わさった感じは,名手揃いのOEKならではかもしれません。第7曲ヴィーヴォは,トロンボーンとコントラバスを中心とした行進曲風の曲。トロンボーンの若々しさと,ちょっと老練な感じのするコントラバスの対比が面白かったですね。色々な楽想が次から次へと湧き上がってくるような「楽興の時」といった時間が続きました。

最後は,落ち着いた感じのメヌエットの後,テンポがぐっと上がって,喜びにあふれたフィナーレに。楽しかった時間をみんなで回想しつつ,仲間うちのパーティが終了したような喜ばしい気分が炸裂。大変楽しい演奏でした。

今回はやや短かめのプログラムだったので,アンコールがありました。曲は...レスピーギのリュートのための古代舞曲とアリア第3組曲から「シチリアーナ」。これしかない!というピタリとはまった選曲。表情豊かでありながら,しっとりとした自然な美しさにあふれた素晴らしい演奏でした(少々意外なのですが,OEKはこの組曲をCD録音は行っていないですね。沖澤さんの指揮でのレコーディングを期待したいところです)

終演後は団員が引っ込んだ後,沖澤さんだけ呼び出されていました。沖澤さんへの賛辞と期待があふれるシーンでした。「沖澤さん,これからもよろしく」という感じの素晴らしい公演でした。

音楽堂前にもキッチンカーが出ていました。
翌日は小松市で公演。こちらも聞いてみたかったですね。

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