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自然の価値って何?生態系サービスとその価値の多様性 /八木信行 教授 [農学部リレーインタビュー vol. 4]

自然の恵みである魚や野菜。私たちはその自然の恵みにお金を払って購入しています。では、漁業資源や農業資源の価値はどのように決まるものなのでしょうか?今回、中嶋康博 先生からタスキを受け取ったのは水産資源と社会科学を研究している農学国際専攻の八木信行 先生。自然の価値の考え方や地域振興に関する取り組みなど、興味深いお話を語ってくれました。

プロフィール  |  八木 信行
東京大学大学院農学生命科学研究科 農学国際専攻
国際動物生産学講座 国際水産開発学研究室 教授。博士(農学)、経営学修士(MBA)。
専門分野は水産学一般。研究テーマは「食料政策・マーケティング」。
日本水産学会理事、日本学術会議連携会員、国連食糧農業機関(FAO)世界農業遺産(GIAHS)プログラムの科学アドバイザリー会合委員(2019-2020年)なども務める。2019年カンボジア王国友好勲章(Royal Order of Sahametrei, Commander class)受賞。主な著書に『食卓に迫る危機 グローバル社会における漁業資源の未来』(講談社)、『水産改革と魚食の未来』(恒星社厚生閣)など。

需要と供給で決まらない自然の価値の複雑さ

地域振興に貢献するために農水産物のマーケティング論を中心に研究をしています。具体的には、人間が感じる食品の価値にどのような要素が存在するのか?といった内容です。食品を選ぶ際、消費者は、鮮度や栄養など自分が受ける価値だけでなく、産地の応援買いなど他者を助ける価値なども重視する人がいます。その中に、環境を保全する価値が入っているのかどうか(エコマークに価値があるのか)なども研究対象です。私は東京大学の水産学科を卒業後に農林水産省に就職し、その後2008年に大学に戻ってきました。農林水産省時代は留学制度を使ってアメリカの大学でMBA(経営学修士)を取得しました。その際マーケティングやファイナンスの知識をたたき込まれ、その経験が現在の興味に繋がっています。特に、工業製品を想定した経済学を、天然の産品である水産物などに当てはめることができるのか、などが興味のポイントです。

例えば経済の教科書では、物の値段は需要と供給で決まるとされます。これは均一な規格がそろう工業製品を想定した話になっています。けれども、漁業や農業資源は自然の産物ですから色合いやサイズなど様々で、単一の規格にはなりません。また、天候によって、沢山獲れる日もあれば、台風などでゼロになることもあります。その上、自給率の低い日本では輸入品のプレゼンスも大きいので、国内産地の事情だけで価格は決まりません。それらのことが複雑に絡み合って値段が決まります。その中で、食品のどのような価値をアピールすれば消費者に受け入れられ、日本の農村漁村の振興に役立つのかを追求しています。また、伝統的な農業を守るための世界農業遺産という仕組みが国連食糧農業機関(FAO)に存在しますが、この認定地域になることで産品のマーケティング上どう役立つのかなどにも取り組んでいます。

生態系の価値は交換できない

人間は環境に価値を感じるから保全するとの議論があります。ここでの価値とは道具的価値(instrumental value)や関係性価値(relational value)を指します。ここで問題になるのが自然や生態系の価値をどうやって計るのか?ということです。生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム(IPBES)という国際組織があり、そこで私は、生態系の価値は何かについて議論していました。価値を計ることに抵抗を感じる人がいますが、それは価値が明確になると、その次に交換が起こると考えるためです。「エコロジカル・オフセッティング」という言葉があります。これは、どこかの生態系を破壊しても、別の生態系を守っていれば良いという考え方です。例えば、鳥の保護区のあるところに工場を建てたいから、隣の森に別の保護区を作ります。それで良いでしょ、という話ですね。けれども、その土地自体が別々である以上、別々の価値があるので、それじゃあ交換関係にはならないという議論が出てきます。この考え方は「カーボン・オフセット(ある場所で二酸化炭素を排出する代わりに別の場所で排出削減や吸収を行うことで帳消しにする発想)」から出てきたと思われますが、二酸化炭素は単一規格である一方、生態系は多様なものですから、両者を同じ扱いにはできないでしょう。むしろ、生態系は交換ができないからこそ、保全が大切だと考えるべきです。

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開発途上国の水産発展を目指して

このほかにも開発途上国の水産や地域発展をどのように進めるか?という課題にも取り組んでいます。例えば、小規模な漁業者が大小様々な魚を採ってきても品質が安定しないので、輸出産業としては成り立たちません。逆に輸出産業に特化し、大きな漁船を使って同じ品質のものを大量に揃えると、今度は小規模な漁業者の仕事がなくなってしまいます。このバランスを保つことは途上国の政策を考える上で大切で、合意形成問題や価格分析などについての論文も書いています。私が好きなフィールドはカンボジアで、マイクロファイナンスの研究もしています。これはアメリカのチャリティー団体と一緒に行なっていることで、現地の漁業者に生活などに必要なお金を貸し出し、利子に当たる分は返さなくて良いからそのコミュニティで使って良いという取り組みをしています。つまり元本は返済してもらいますが、本来払うべき利子は回収しないので、コミュニティ内で用途を相談することで彼らの結束や連絡関係が良くなると期待されます。実際に現地に行きインタビューをするなどして、そのことを調査しています。現地での個人的な価値と集団内の協力の価値という両方のデータを分析することで、客観的な評価になるので、我々にとっても、チャリティー団体にとっても貴重な情報が得られるのです。

学生は自分の頭で考えて国際的な活躍を

東京大学に来る前はアメリカの日本大使館で農林水産担当の仕事をしていたこともあります。1980〜90年代の日本は経済も環境対策も海外に比べてとても進んでいたのですが、2000年代ぐらいからその勢いがなくなってしまったように思えます。海外へ留学する学生も減り、国際的な物の見方を身につける機会も少なくなりました。その中で気になる点は、日本の学生が先生の言うことを聞きすぎる傾向があることです。相手の話を鵜呑みにするのではなく、自分独自のポジションを持って批判的精神を持つことも国際社会では大切です。学生の皆さんには、色々な情報をまず自分の頭の中で批判的に咀嚼し、自分独自に再構築して、その上で研究を進めて欲しいと思います。そうしていければ日本の研究プレゼンスも世界で更に上がると思っています。

〜 インタビュー後記 〜
農林水産省時代に日米間の経済交渉の仕事にも携わっていたという八木先生。ニュースなどでもなかなか聞けない政府間の国際交渉のテクニックやこぼれ話など、貴重なエピソードが満載でした。

(インタビュー実施日 2018.08.08)
インタビュー・編集/東京大学大学院農学生命科学研究科 One Earth Guardians育成機構 深尾 友美, 中西 もも
構成・文/東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 青塚 圭一

[東京大学農学部リレーインタビュー]
東京大学 One Earth Guardians育成プログラムでは、東京大学大学院農学生命科学研究科の教員たちに順次インタビューをしています。研究の内容だけでなく、取り組むきっかけ、そして研究を通して見つめたいこと、問いかけたいことまでざっくばらんに語っていただいています。時には、農学生命科学研究科の外にも飛び出してお話を伺っています。
お話を聞かせていただいた先生に、次の走者=インタビューを受ける方を紹介いただく「リレー形式」でタスキをつないでいきます。
個性豊かな研究者たちの人となりも垣間見ていただければ幸いです。

東京大学農学部リレーインタビュー(タスキ)_210630 紺_水色【使用版】

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