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オンライン配信のスタジオを組んだ話

ここ1年で急激にオンライン配信が注目されるようになった。1つ目の要因としては、それまでプロの放送用機材でしか実現できなかった生放送の画面切替・Picture in Picture・テロップ挿入などが、Blackmagick ATEM mini(約4万円~)の登場により民主化したことが挙げられる。

もう1つの要因として、コロナ禍によって対面の仕事が継続できなくなり、オンラインへの移行を余儀なくされ、需要が高まったことが挙げられる。こういった背景から、専門外なのにオンライン配信の担当者に抜擢された人は多いだろう。私もその一人で、Zoomの配信システムを組んで運用を軌道に乗せ、社内でもチラホラと問い合わせを受けるようになった。

年度末の儀式として、自分の仕事を書き残したポートフォリオのような資料を作っていて、社内サーバーに入って埋もれるよりはnoteに書き残して誰かの目に触れる方が生産的に思えたので書き記す。機密情報は書いていないけど、怒られたら消すかもしれない。身近で配信まわりで困っている方がいらっしゃったら、メシおごってくれたら相談に乗りますのでお気軽にどうぞ。

VIDEO SALON 2021年2月号「ライブ配信入門」を読むべし

もし、配信担当になって検索でこの記事に辿り着いた人がいたら、まずはVIDEO SALONのバックナンバーを取り寄せることをオススメしたい。音楽ライヴ・パネルセッション・汎用的なスタジオなど、様々な配信ジャンルごとに配線図や機材について記されている。

私は2020年秋頃からライヴ配信の試行錯誤を始め、VIDEO SALONが出た2021年時点では配信スタジオの運用もそこそこ軌道に乗っていたので、「自分達はあながち間違っていなかった」という答え合わせができた意味で良かった。これから始める人は、雑誌を読めば試行錯誤の苦労をしなくて済むかもしれない。

VIDEO SALONは動画制作者のための雑誌で、カメラ・照明・マイクなどの機材面では、動画制作スキルとの親和性が高い。動画編集では編集ソフトのタイムライン上で納得ゆくまで作り込むのに対して、ライヴ配信では実時間の一瞬に集中する点で、別のスキルが必要となる。

機材リストと配線図が手に入れば本当に充分なのか?

配信スタジオ構築に関する問い合わせを受ける際に、「どんな機材を使っているのか教えて」というものが多い。回答しつつ「果たしてその情報で十分なのだろうか?」と心配になる。その心は以下の通り。

1.運用を続けながら改善を繰り返していて、予算が許せば次は違う機材を選定するものは、そっくり真似ない方が良い。
2.配信ジャンル特有の事情で選んでいるものは過不足になるので、参考にはしても真似しない方が良い。

先に紹介した雑誌でも、配信スタジオの機材リストと配線図は手に入るけれど「なぜその機材を選定したのか?」の勘所までは紙面の都合で書ききれていないんじゃないかと思う。自分が組んだ配信スタジオに関して、個別事例として試行錯誤の跡を書き残そうと思った。

Before:トライアル開始時の配信スタジオ

去年の秋くらいにトライアルとして料理教室のオンライン配信の始めた際のシステム構成図は以下の通りだった。一応、「これでも配信できなくはない」という構成になっている。

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スイッチャーを使えば高度な配信が出来ることは知識として知っていたけれど、自分が立ち会わないと配信できなくなってしまうのは望ましくないので、手順書を書けば移管できる程度のシンプルな構成で乗り切ろうとしていた。

2端末をそれぞれZoomに接続して「マルチスポットライト機能」で両方を見ていただけば、実用に耐えるのではないかと期待していた。ところが、アンケートの反応をいただくうちに、不十分だと結論づけることになった。自分たちの工夫や指摘対応について列挙する。

改善①:カメラワークを良くする

マルチスポットライトで「講師の顔」+「手元」を見せれば十分と想定していたのが、間違いであった。最新バージョンのZoomでパソコンから参加している人にとっては良くても、Zoomのバージョンやスマホ参加ではマルチスポットライト機能が有効に働かず、意図しない画面が表示されて「カメラワークが悪い」と評価された。

視聴者が自分で表示画面を切り替えるZoomの機能はあっても、初めてオンライン教室を受講する人も多く、運用で抑えるにはハードルが高かったため、明示的に1つの画面を作り込んで見せるのが良いと判断して、スイッチャーATEM mini Proの導入に踏み切った。

これ以来、どんな端末を使って参加しているのか?を配慮する必要を感じて、参加者アンケートに設問として入れた。

改善②:物音を拾わないようにする

パネルセッションのオンライン配信では、グースネックマイクや指向性マイクが適している。料理教室だと立ち位置が常に変わることや、広く録ると調理の物音が入ってしまうことから、口元にマイクを装備するという判断をした。在り物の有線ヘッドセットでトライアルすると、料理の邪魔になったのでワイヤレスは必須。

講師1人だけが話すうちは、USB接続のワイヤレスのヘッドセットを選定すれば事足りた。複数人の掛け合いが発生する場合は、構成を工夫しなければならなくなった。
・【作戦1】:講師がメインで話す時はZoom側のマイク設定でヘッドセットを選び、複数人が話す時は物音に注意しながら指向性マイク(ATEM経由)を選ぶ。
・【作戦2】:常に掛け合いで話す場合は「複数USBヘッドセット→OBS Studio→モニター出力→VB-Audio CABLE→Zoom」の構成でソフトウェアで音声をミキシングする。

かなり複雑な運用になるので、USBヘッドセットではなく、ワイヤレスのピンマイクをATEMに接続しても良かった。さらに拡張するのであれば、ミキサーが必要になってくる。

改善③:参加者の声を配信スタジオ内で聞こえるようにする

オンライン教室の配信は、講師だけではなく配信スタッフや料理のアシスタントの協力で実現できる。講師がヘッドセットで音を聞くと、配信スタジオ内には音が鳴らない。つまり、参加者からの声がアシスタントに届かないので、質疑に反応できず「連携が悪い」と評価された。

配信スタジオ内で、複数端末からマイク入力・スピーカー出力をするとハウリングがおきてしまうが、同一端末であえば問題ない。そこで、入力は講師ヘッドセット、出力は同一端末に付けたスピーカーとした。つまり、講師はヘッドセットを装備しているけれど音は出さず、周囲に聞かせるスピーカーで会話している。この意味でもピンマイクを選んどけば良かった。

以前の構成であれば、注意事項のナレーションは別端末のZoomから話せば良かったが、スピーカーがあるせいでナレーションが話した声が若干遅れて場に流れるので、気持ち悪くて話しにくいし、ハウリングの恐れもある。ナレーションも講師と同一の端末で切り替えて話す構成とした。

改善④:講師が参加者を見ながら話す

参加者を映すモニターを横に置いていたら、講師が参加者を見ているつもりでモニターを見ると、カメラからは目線が外れてしまう。そこで、大型のモニターを設置してZoomのギャラリービューを表示し、カメラとモニターの位置を同じ方向に設置することで目線が合うようにした。

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細かい工夫として、目線が欲しい位置に人形を置いている。子供向けのフォトスタジオで視線をもらうための技ながら、大人にも効いている。

無料で見られる動画配信と差別化するために、「参加感」を出すことを大事にしている。アイスブレイクで挙手や反応をもらったり、講師から名前をよびかけたり、質問を促しつつ時間をコントロールしたり。機材面だけでなく運用と組み合わせたところにノウハウがある。

After:現状の配信スタジオ

スイッチャーを導入すると、欲が出てPicture in Pictureや逆ブルーバック(普通はグリーンで抜くけれど料理だとサラダが透明になる)がやりたくなってきて、現在の構成はおおむね以下の通りになっている。

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機材選定に関して相談を受けると、以下のように答えている。

【カメラ】:たまたま持っていたネットワークカメラを活かすためにSDI→HDMI変換をかけているが、最初からHDMI出力対応のカメラを選ぶとよい。HDMI出力先にメニュー非表示にできて、遅延が少ないものを選ぶ。カメラ側がHDMI-microであれば、ケーブルも忘れず手配する。

【スイッチャー】:ATEM mini proを導入したが、既に過不足が出てきた。具体的には、ZoomにUSB-Cで接続すると、せっかくの録画機能が使用できない問題。HDMI出力からのキャプチャー録画を試みると、せっかくのマルチビューが使えない問題。映像を合成する回路が1つしかないので、Picture in Pictureとクロマキーは1方しか使用できない問題など。物足りなくなるのが成長の証かもしれない。

【ネットワーク】:外部との接続に関しては、安定した配信のために有線が必要。それとは別に、スイッチャーやネットワークカメラを制御する目的でローカルのネットワークを組んで、スイッチングハブにぶら下げている。IPアドレスを明示的に割り振るので、アドレスが衝突しないように注意。

配信スタジオと共に人も成長する

けっこう料理教室の配信は、そこそこ難易度が高い課題を解決している自負がある。大手企業でも新企画・新事業などは手弁当で運営しているのが実情のところ、アンケートで「流石は大手だけあって配信がちゃんとしている」と評価いただくと嬉しかったり、背筋が伸びる気持ちだったりする。

最初は「移管できないんじゃないか?」と心配していたけれど、スタジオが軌道に乗って、私がいなくてもオペレーションできるようになってきた。ノウハウが自分でなくチームに溜まっているのは嬉しい。

巷でも知見が共有されていて(もっと凄い人は山ほどいる)、これから新たに始める人もスタート時点で既に完成形が手に入る。一方で、配信スタジオと共に人も成長すべきことは意識している。最初から現状の構成は扱いきれなかったと思うし、やりたい事が増えると現状でも不満に感じる。成長期にワンサイズ大きい靴を買い替えていくように、配信スタジオも成長するのが当然だろう。

機材リストと配線図に現れないノウハウは山ほどある。情報収集にはFacebookのコミニュティなんかも役立ったし、身近な人であれば私でも力になれるかもしれない。

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